第27話 生徒会参謀部
龍二達学生室は、その名称を「生徒会」とすることとした。
本来、国防大学校では「生徒」ではなく「学生」と呼称されている。
これまでも各大隊の学生トップは「学生隊長」と呼ばれてきた。
そこであえて、少し柔らかい印象である「生徒会」という語彙を使うことで、その厳しい風潮を交わす狙いも含まれていた。
まるで高校のようなその「生徒会」とのネーミングに、学校側からは異論もあったが、自衛隊の国防軍化で世論がその国際情勢に不安を感じる中、優しい印象のこの名称をあえて(仮)という形で認めることとなった。
それは龍二にとって、上級生である学生隊長級の先輩方への配慮もあった。
結局、この段階で4学年の先輩より、階級上位者となった龍二を、決して快く思うはずもないと考えていたからである。
しかし、当の4学年を含む諸先輩達は、何故かこの三枝龍二なら特別、という暗黙の了解があったように感じられた。
それはまた、学校側も早期に感づいていることでもあり、この当初龍二が提唱していた「力のある、学校側と対等に交渉できる組織作り」という一見無謀な発案は、逆に学校側からの提案、制度化という形で、あっさりと幕引きとなった。
このこと自体が、この18歳の才覚溢れる一人の学生に対し、その強烈な求心力を、学校側によりコントロールするという目的が隠されていたのである。
この時点で、それら仕組みを理解している者は、龍二を含めて学生側には皆無であり、更にこのことは学校と軍の上層部のみが知り得る極秘事項ですらあったのである。
そんなこととは全く知らない龍二達生徒会メンバーは、1学年を率いて戦闘艦「しなの」の研修準備を進めていた。
これは1学年の恒例行事である、陸海空研修の一つ、海軍研修行事である。
防衛大学校時代から、1学年はまだ陸海空軍の「軍種」を定めておらず、希望はとるものの、個々の能力や性質によって、2学年となった時点で軍種が決定される。
1学年では全員が陸海空の各軍種を研修し、自分の進路決定に資するのである。
本来であれば、学生側は研修をする側であるが、龍二は既にこの企画統制する訓練部の一員であり、室長でもある。
今年度から急遽、この企画に参加し、訓練運用、計画作成まで実施することとなった。
当初、中立の為に特定部活動の禁止が指示されていたのかと考えていたが、これは実業務の多さに起因することであることが周囲には容易に理解できた。
龍二の日常は、既に陸軍将校としての多忙さの、それに極めて近いものであった。
それに加えて、本来の学業、課題などを考えれば、到底両立は困難なものであった。
しかし、そこがまた、この三枝龍二という人物の、底知れぬ能力の高さである。
これらの業務を悠々とこなし、休日はあらゆる校友会活動、部活動の助っ人を引き受け、さらには同期達と休日の外出まで平然と楽しんでしまうのである。
近しい友人以外なら、案外生徒会長と学業の両立は容易いなもの、と勘違いしてしまうレベルであった。
そんな非凡な能力を否応なしに認める立場にあるのは、当然いつものメンバー、城島、徳川、如月であった。
この3名は、全く自然な形で、龍二の「力を貸してほしい」の一言で、生徒会執行部へと編入され、同時に訓練部学生課学生室要員としても扱われた。
この3名は、龍二のように軍人としてではなく、一般学生の活動の一部として扱われた。
しかしこの3人は、それぞれ三枝会長の3幕僚として「生徒会参謀」とあだ名された。
当初は冷やかしもあったところであるが、これが意外とバランスの良い取り合わせであった。
強い意志と低学年ながら遠慮なく物言う城島。
女性らしさの中に、高校時代生徒会長で鳴らした手腕から、龍二のサポートをこなし、時には女性らしさと、よそ行きの顔を活かし、スポークスマン(ウーマン?)として表の顔としての幸。
大人しいものの、サッカー部時代の選手管理能力が活かされ、先行的に業務を処理することができ、さらには表計算が得意な優。
入学当初からのデコボコチームは、奇しくもここで生徒会活動という異様なステージにおいて、その能力を存分に発揮するのである。
学生室には、あと一席空いたままになっていたが、ここは空席のままであった。
もしかしたら春木沢が、という噂もあったが、さすがに国防大学校の卒業と、士官候補生学校への入校を控え、それは実現しなかった。
龍二の中には、卒業のギリギリまで、もしかしたら、という期待があったのかもしれない。
そうしているうちに、戦闘艦「しなの」への事前調整の日が訪れるのである。
この日は公務として、生徒会のメンバーが官用車で、海軍横須賀鎮守府へ赴いた。
運転は専ら免許を持つ北条曹長が行ったが、運転手と言うよりは、気さくな兄貴分の車に乗せてもらっているような格好であった。
本来この「しなの」は、横須賀が母港ではないが、近く行われる観艦式に参加するため、かつての母港であるこの横須賀の港に停泊中であった。
「しなの」は、老朽にして小型ながら、軽空母と戦闘艦艇の両方の機能を持つ珍しい艦艇で、単艦での作戦行動を行うことが出来、大型空母全盛のこの時代には骨董品の扱いであった。
そのため、空母とも、護衛艦とも呼ばれず、「戦闘艦」という珍しい分類となっていた。
「しなの」が建造された頃は、同型艦も数隻存在したが、先の大戦までに、そのほとんどの艦艇は海底に沈んだ。
生き残った艦艇も、現在では除籍処分とされ、姉妹艦の中で最後から二番目に建造された「しなの」だけが、現在は生き残っている。
しかし、幾たびの海上戦闘と、世界大戦を乗り越え、一時期は日本水上艦隊「旗艦」として活躍した記念艦としての意味合いが大きい。
何度も傷つきながら、それでも帰還し、再び戦果を挙げる、そんな縁起の良い船でもあった。
そんなことから話題性も豊富な「しなの」を、国防大学校では海軍を説明する上で最も効果的な場として学生達に紹介してきた経緯があった。
そして、昨年のドグミス日本隊との最後を過ごした艦として、戦歴は更に重ねられたのである。
「オレは海軍基地は初めてだからな、少し手間取るかもしれないぞ」
北条がそう言うと、ゲートはすぐそこまで見えていた。
どこか懐かしい古い岸壁と、近代的な艦艇のアンバランスさが印象的な基地であった。
かつては在日米海軍基地が、そのほとんどを占めていた場所であるが、海外駐留米軍縮小により、ここも現在では日本海軍と共同で使用する基地となっていた。
そんな基地の中に、あの「しなの」が停泊しているのが見えてきた。
「小型と聞いてましたけど、現物は大きいですね。」
如月優がそう言った。
横須賀育ちで、艦艇には慣れ親しんでいたものの、間近で見るのは初めてである。
艦の前では、1等海曹が車両を誘導してくれていた。海軍は、陸軍・空軍とは異なり、将校以下の階級を、海上自衛隊時代のままにしていた。
陸軍で言うところの軍曹相当である。
「お待ちしておりました、ようこそ「しなの」へ」
そう言うと、丁寧に龍二達生徒会メンバーを艦内に案内してくれた。
「本日、皆さんをご案内しますのは、この艦の水雷長をしております、清水大尉となります。この部屋でしばらくお待ちください。」
1等海曹がそう言って立ち去ると、艦の中にあるブリーフィングルームに5人は残された。
「艦内は映画に出てきそうな雰囲気で迫力あるね」
幸がそういって、目をキラキラさせていた。
「あれ、お前、海軍志望だっけ?」
城島がそう聞くと、幸は少し迷ったように、
「ん~、やっぱりどこも魅力あるからなあ、戦闘機パイロットもいいけど、多分身長で引っかかるし、でも実際女性の活躍しているところを見てみないとな~」
そんな時、タイミング良く、その女性将校は姿を表した、あの妖美な姿で。
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