第24話 叫 ぶ

 龍二の決意表明から一ヶ月が過ぎた。


 この時点でまだ、春木沢の謹慎処分は延長され続け、処分保留状態となっていた。

 その間に、学友会の会長と面談を取り付け、各部の部長級との懇談により、じわじわと龍二の思いは伝わりつつあった。

 口数の少ない龍二であったが、不思議とこの三枝龍二には、人を束ねてゆくような求心力があった。

 それは兄啓一も同様であったが、方式はやはり真逆で、龍二のそれは、人々の心にじわじわと染み込んでくるような効果があった。

 特に、校友会長や各部の部長達の心に響いたのが、あの決闘を繰り広げた当人が、ここまでして4学年の先輩の為にリスクを犯そうとしていることにであった。

 それはやはり、龍二との会話が終了し、自室に戻り、就寝する頃に、じわりと心に響くのである。

 あんな後輩が自分の部にいてくれたら、この4年間は本望であると思える、そんな1学年であった。


 決意表明から丁度50日目、校友会は緊急総会の名目で、全学生を大講堂に集合させた。

 議題はもちろん春木沢の処分に関する件である。


「みなさん、本日集まって頂いたのは先日発生した4学年の春木沢学生と1学年三枝学生との決闘騒ぎによる、処分に関することです。今回の件は私の口からお話するより、発起人である三枝学生から話してもらった方がよいでしょう」


 そう言うと、校友会長はステージの脇に下がり、1学年である三枝龍二がステージの中央演台に立った。


「春木沢先輩は、これからの日本国防軍、陸軍将校として必要な男だ。現在行われているS条約同盟軍内における理不尽な行為、人道を無視した卑劣な行為に対し、自信を持って抗議出来る者が、この中に一人でもいるだろうか。春木沢先輩なら、大きな声で抗議するだろう。理不尽な侵略に対し、徹底抗戦するだろう。自らの幸福より、人の不幸を憂うだろう。ここで我々が声を挙げねば、この得難い一人の軍人を我々は失うことになる。それでも我が身が可愛い学生は、学年を問わずこの抗議に参加する資格はない。速やかに去れ。」


 一体誰と話をしているのか、不思議な演説であった。

 最下級学生でありながら、その大半が先輩という立場でありながら、この三枝龍二という男は、正面からそれを全学生にぶつけてくるのである。

 大半の学生達は圧倒され、ただ静まりかえっていた。

 ただ、一部の学生は、この生意気な1学年の発言に反発した。


「おい1年、ちょっと成績がいいからって調子に乗るなよ!」


「何様だと思っているんだ」


 早速野次が飛び始める。

 すると賛成派の先輩達も龍二を支援しようと発言する。


「おい、彼の話も聞いてやれ、俺たち4学年の為に、ここまで一生懸命な後輩なんだぞ!、リスクだって半端じゃないだろ!」


 こうなると、怒号の行き交う討議の場と化した。

 龍二も、もちろんこうなることは予想していた。

 従って、龍二は準備していた最後の言葉を告げに、再び演台へ向かった。

 城島がそれを遮るように、前に出て龍二を止めようとしていた。


 城島には解っていたのだ。


 この混乱の収集を図るべく、龍二は自分の「退学」を条件に、抗議の烽火を挙げようとしている。

 恐らくそのくらいの自己犠牲は、平気でやってのけてしまう男だと。

 更には、自らの命さえ交渉の材料にしかねない。

 そんな男であることを。

 そんな混乱の最中、それは稲妻のような衝撃として大講堂に轟いたのである。


「ゴチャゴチャうるせーって言ってんだろ、このクソガキどもが!」


 その声と共に、大講堂の広い空間を、スローモーションのようにゆっくりとパイプ椅子が一脚、弧を描いて飛んで行く。

 そして、ステージの手前で椅子は激しい金属音を挙げながら、それは床に叩きつけられた。

 椅子と会場の一部を破壊しながら。

 

 あれだけ騒がしかった会場が一瞬で凍り付く、何か柄の悪いヤクザにでも絡まれたような雰囲気であった。

 その大声を発した男は、ゆっくりと足を引きずりながらステージへ向かって来る。

 戦闘服を着ているが、恐らく負傷兵だろう。

 男は、真っ赤な顔をしながら、少し涙目で声を震わせながらマイクをつかみこう話した。


「生き恥曝して帰ってみれば、一体何の茶番だ、こいつが今言ったこと聞こえなかったのか?、ゴチャゴチャ言ってねえで、不満のある奴は会場を去れ。」


 そんなことを話す男正体が全く不明なまま、この男がただ者では無いことだけが理解できた。

 そんな時、乱入したこの男を諭すように呼ぶ声が聞こえた。


「北条曹長、まだ学校長への申告も済んでないのに、何やってるんですか」


 そう叫ぶと、学生の一人が小さく呟いた。


「北条曹長・・・ってドグミス帰還兵の、北条元2等陸曹?」


 突然会場がざわめいた。

 無理もない。

 時間は経過していたが、あの捕虜交換の第一陣に、この北条曹長が含まれていたのである。

 戦闘服の襟には、まだ陸上自衛隊時代の「2等陸曹」の階級章はついたままになっていた。

 怪我はしているものの、この頃にはドグミス日本隊の扱いは反逆者から、すっかり英雄的扱いへと変貌していた。

 そして帰国するや北条2曹は、旧陸上自衛隊の階級で言う所の、二階級特進の特別昇任により、陸曹長へ、そしてそのまま現行の陸軍曹長の階級が付与されていた。


 北条が目を覚ましたのは、条約軍の病院船の船内だった。

 そして、運命を共にしようとしていた三枝1尉は戦死し、自分だけ生き残ってしまった事を、同時に知ることとなるのである。

 帰国が決まったその瞬間、北条は直ぐに三枝の弟である龍二に、最後の言葉を伝えねばと考え、諸行事も後回しにしての来校であった。

 

 北条は、憤慨したその勢いのまま龍二を見ると、最大限の大きな声を震わせ、涙交じりでこう叫んだ。


「三枝龍二、ドグミスの生き残りとして、お前の兄の最後の言葉を伝える。心して聞け! 」


北条はそう言うと、一度大きく深呼吸をし、啓一の言葉を述べた。


「「大人の言うことを全て正しいと思うな、自ら考えて、行動しろ。俺はお前の直ぐ側にいる。お前に立ちはだかる全ての障害を、全力で排除してやる。だから自信をもって前へ進め。日本の国を、どうか、よろしく頼む。」以上だ!伝えたからな!」


 あの放送の、それには続きがあったのだ。

 そしてこの時、北条は、そのメッセージの全てが、龍二本人に伝わっていないものと考えていたのだ。

 全て言い切ると、胸の仕えが取れたように少し穏やかな表情を浮かべながら、龍二に対しこう続けた。


「本日付けで、国防大学校指導助教を命ぜられた。しごいてやるから覚悟しろよ、お前等」


 会場から小さく拍手が起こると、それはやがて大きな唸りとなってステージに押し寄せた。

 北条の乱入により、この烏合の集は、奇しくも一つとなり、もはや龍二の意見に異を唱えるものはいなくなっていた。

 城島は、少し出番を取られたような気がしていたが、このサプライズに不思議な感動を覚えていた。

 自分たちより更に破天荒な男、北条の存在が頼もしいと感じられていた。




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