第23話 退学処分
後日、校内の掲示板に張り出されたのは、春木沢の営内謹慎処分に関する内容であった。
あの日、教官室に呼ばれた龍二は、教官からこんな事を聞かされていた。
「三枝、お前も災難だったな。しかし気をつけろよ、お前も世間では目立つ存在だからな。こんなことがまたあれば、お前も退学処分だぞ。」
教官の言葉の、最後の部分が気になって、思わず聞き返した。
「退学?春木沢先輩は退学になるんですか?」
「決定ではないが、まあ、あいつはこれまでも色々あったからな。学校側としてもいい機会だと感じているよ。陸軍に進んでもあれでは良い士官にはなれんだろう。」
龍二にとっても意外な展開であった。
元々、この学校は部活動というものにかなり大きな重点を置いている。
それは将来士官となった時、必要な要素が部活動(校友会活動)の中に多く含まれていることから奨励されてきたのである。
特に運動部は、軍隊の組織作りと良く似ている。
今回の件も、やや大騒ぎになったとは言え、結局部活動上の話であり、よもや退学の話まで出るとは考えていなかった。
この事案には、怪我人も無く、結局のところ何も問題は無いはずである。
「退学処分は、いくら何でもやりすぎではありませんか?」
「お前はこの学校の校風として、あのように風紀を乱す者が相応しいと思うか?お前だって兄の優秀さや、入学当初の成績から優遇されているが、それがなければ簡単に退学処分になるんだぞ」
自分の成績が抜群であることは当初から解っていた。
この学校が、入学当初の成績により、その後の出世速度やポジションを密かに決定付けていることも、噂で知ってはいた。 しかし、自分の立場が教官の中でまで、兄の影響をまるで「七光り」のように引きずり続けていることに興醒めしてしまうのである。
「お話は以上でしょうか、これ以上何もお話する内容もありませんので失礼したいのですが。」
「三枝、誰に付いて、誰に力があるか、よーく考えて行動しろ。解るだろ?利口な選択というものを。」
「春木沢先輩を見捨てろと?」
「見捨てるのではない。関わらないという話だ。沈む太陽に何の得がある?同じ付くなら上る太陽だろ。」
政治の臭いのする会話に気分の悪さを感じながら、教官の言わんとしていることも理解は出来た。
しかしそれは理屈上であって、「魂」の部分では納得が出来ないのである。
「教官、私は自由意志で春木沢先輩と勝負したのです。強制されて行ったのではありませんし、後悔もしていません。私にとって春木沢先輩は、得難く尊敬出来る先輩だと感じています。」
そう言うと龍二は教官室を退室した。
あの決闘の内容が、清々しいものであったことから、最後に何か汚点がついたようで、不快な気分であった。
春木沢の処分内容が告知された掲示板の前で、いつもと同じく無表情で立っている龍二を見て、優と幸の二人は、いつも以上に不機嫌であることを悟っていた。
「三枝、春木沢先輩はちょっと災難だったな。」
幸が話しかけると、龍二は直ぐに答えなかった。
しかし、その直後、龍二はこんな事を依頼するのである。
「徳川、如月、頼みがある。当たれる先輩方全員に書簡を渡してくれないだろうか。」
書簡、聞き慣れないその言葉に一瞬動揺しながらも、龍二がいつになく真剣に何かを検討していることを察した二人は、この件を快諾、その後、城島を含む同期生を通じ、各部活動の先輩方への伝手を聞いて回ったのである。
そして、各部活の1学年が自習室に集められ、龍二の口から一つの提案がなされるのである。
「忙しいところ集まってもらいありがとう。結論から話すと、今回の春木沢先輩の処分に対し、俺は学校側へ反対の意思表明をする。」
まあ、大体そんなことだろうと、いつものメンバーは感じていたものの、それ以外の同期生たちは、三枝の持つ真面目な印象から外れたその内容に、意外性をもって受け止めた。
ただ、これまでの経緯、先日の決闘といい、サッカーの試合といい、ただの真面目学生ではないということも理解できていた。
「具体的にどんな抗議内容にする?」
「現在、この学校には校友会が存在するが、もっと強力な、学校側と学生が対等に渡り合えるような組織を作る。そして正式なものとして、今回の処分に抗議を表明する。」
つまり、高校などでいう生徒会の、とても強力な自立会といえば理解しやすいだろう。
「学友会を通じてではだめなのか?、十分力もあると思うけど。」
「それではだめだ、足りない。」
「でも春木沢先輩の処分は営内謹慎処分だろ、そこまでしなくても、時間が解決してくれるんじゃないか?」
「いや、それでは多分遅い。学校側の本心は、春木沢先輩の退学処分だ。」
「え、退学?」
一同に動揺が広がった。
退学処分にするほどの過ちには思えなかったからである。
城島が切り出す
「しかし、学校の判断にその都度反抗していたんでは、三枝もいつかは同じ目に遭うんじゃないか?」
城島の言うことはもっともであった。
しかし龍二はこの時、一つの信念のように大切にしているものがあったのである。
「それでは聞くが、君たちは春木沢先輩が、学校側が主張する通り、将来の陸軍に仇なす存在だと思うか?この国と周りの現状を見てみろ、本当に苦しい戦いの時、敵を前に逃げ出す者と、果敢に挑んでゆく者と、どちらが侍としての精神を持った者だろうか、どちらが国家を守ってゆけるだろうか。・・・大人の言うことを何でも聞いてはならない、自ら判断し動け、なんだよ。」
皆、あの日の事を思い出していた。
それは龍二の兄、啓一が最後の通信で龍二に向けた言葉であった。
もちろんそれは、全員がリアルタイムで聞いていて、よく知っている言葉であった。
あの日、兄啓一が何を言わんとしているかを龍二は理解していた。
そして今後もそれを実践してゆく覚悟であることを、この場の沈黙はそれらを理解させるのに十分な時間であったろう。
それが学校側であろうと、たとえどんな大きな勢力であったとしても、間違いに対しては毅然と正す。
この思いから、その場に居合わせた全員の賛同は得られ、この小さな改革は始動するのである。
龍二達、学生の会議が進んでいる丁度その頃、一つのニュースが世間を騒がせていた。
S条約同盟軍と新国連軍との、捕虜交換の話が急浮上していたのである。
そしてそこには、ドグミス派遣日本隊の生存者の存在も確認されていたのである。
ほぼ絶望とされていたあの戦いにおいて、それはよもやのニュースであった。
・・・旧陸上自衛隊 2等陸曹 北条 重光(29歳)
名簿にあったその名は、あの元54連隊6中隊で、啓一と共に北富士第2堡塁を陥落させた、北条2曹であった。
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