第6話ルー・マリーニナ
《コンソール・リング》に、回復装置を挿し込むと、『キュイーン』という機械的な音とともに体から痛みが取れていく。
試しに袖を捲くってみると、アザがなくなっていた。
「ほんとに治った…」
疲労までは回復しないみたいだけど、十分動けるから問題ないね。
とりあえず、この少女をどこか隠せる場所に連れて行かないと。
「一階に連れて行って」
「え?」
寝転がっているこの少女が、藪から棒に一階に連れて行ってほしいなんて言ってきた。
一階?どうしてそんな所に行きたいんだろう?
とりあえず、私はこの少女を背負う。
「一階のフロントに、生きてさえいればどんな傷でも治せる回復装置がある。そこに連れて行って」
「分かった。…携帯用の回復装置はないの?」
「あの回復装置は、一個しか持ってない。それも、誰かの使った後の使い古し。更に、私が何回か使ってるから、もう使えないと思う」
この回復装置、そんなに何度も使われてるものだったのか…
というか、よく誰が使ってたのか分からない物を使おうと思ったね。
まあ、私でもヤバくなったら使うけどさ。
この人は私以上に『使えるものは何でも使う』主義なのかな?
だとしたら、私の使い古しの服とか渡したら喜びそう。
……流石に『喧嘩売ってんのか?』って怒られるか。
そう言えば、ここってエレベーターあるよね?
無かったら二十階以上をコレを背負いながら降りないといけないんだけど…あるよね?
流石に高層ビルなんだからエレベーターくらいはあるはず。
あってください、お願いします。
「どうしたの?深刻な顔して」
「エレベーターあるよね?」
「あるよ?流石に無かったら不便極まりないよ」
だよね。普通あるよね。
良かったぁ〜、エレベーターあって。
…さて、エレベーターは何処だ?
「ねぇ、エレベーターって何処?」
「はあ?今向かってる方向に進めばあるよ。…知らずに歩いてたの?」
「うん…」
凄い偶然。
適当に歩いてた方向が、たまたまエレベーターがある方向だった。
いやはや、さっきこの少女と出会ったのもそうだけど、私って運がいいね。
…悪運も強いけど。
それより、『この少女』ってなんか言いにくいね。
「ねえ」
「今度は何?」
「貴女、名前は?」
これから仲間になるなら、名前は聞いておきたい。
見た目的にヨーロッパ系らしいけど…
「『ルー・マリーニナ』」
「オッケー、ルーちゃんね?」
「ちゃん呼び止めろ。それで?貴女の名前は?」
名前を聞いたなら、こっちも名前を教えるのが万国共通の礼儀。
まあ、別に知られて困ることもないし、言わない理由が無いんだけどね。
「私の名前は『小宮翠』よ。あっ、エレベーター!」
「エレベーターなんて、そんなに珍しいものじゃないでしょうに…」
何を言うか。
ずっと戦地に居た私からすれば、まともに動くエレベーターなんて、ツチノコみたいなものだと思ってしまう。
それも、こんなにキレイなエレベーターを見るのは何年ぶりだろう。
エレベーターの横にあるボタンを押すと、すぐそこにあったのか押すのと同時にドアが開いた。
すぐにエレベーターの中に入った私は、一階のボタンを押して扉を締めるボタンを押す。
すると、一瞬体がフワッとなる。
なんだろう、この感覚気持ち悪い。
あれかな?エレベーターごと落下してるから、重力がどうのこうの…うん、よく分からん。
「ミドリって言ったよね?」
「そうよ。私の名前は翠だよ?」
「ふ〜ん?やっぱり日本人の名前は変わってるね」
「外国人の名前なんて、大体変に感じるよ。名前がルーだけっていうのも、私からすれば変だよ?」
欧米圏の名前なら大体似てる場合もあるけど、言語が大きく変わると名前も変わる。
外国人の名前が変に感じるのは当たり前のことだ。
「ルーちゃんは何処出身なの?」
「だからちゃん呼び止めろって!私はソビエト社会主義共和国連邦出身だよ」
「ふ〜ん……は?」
ソビエト社会主義共和国連邦だって?
ソビエトってソ連のことだよね?
ソ連ってずっと昔に崩壊したんじゃ…
「それ、本気で言ってるの?ソ連って、もうずっと昔に崩壊したはずだよね?」
「はあ?貴女こそ何言ってるの?偉大なる我が祖国が滅びるわけないでしょ?それに、ずっと昔ってどういうこと?」
「いや、ソ連って1991年に崩壊したはず。今はロシア連邦になってるよ?」
「…なにそれ?なんの冗談?」
…意味が分からん。
表情とか口調的に、嘘をついているようには見えない。
それに、本気で怒ってるみたいだ。
もしかして、ソ連の生き残りが作った組織に洗脳教育を受けて育ったとか?
それで、工作員とは名ばかりに、ただのテロ組織だったり。
「と、とりあえず、話はルーちゃんの傷を治してから聞く、イテテテテッ!?」
ルーをちゃん呼びしたせいで、怒ったルーが頬をつねってきた。
ルーは仮にも工作員。
訓練を受けているため、握力はかなりある。
「何回言ったら分かるのかな?このおバカさんは」
「すいません!!調子乗ってました!!許してください!!」
「二度とちゃん呼びするなよ?緑色の女」
み、緑色の女…
凄い呼び方するなぁ。
というか、怪我と疲労で動けない割にはかなり強くつねってきたね。
ん?もう着いたのか。
エレベーターの上の方から到着を知らせる音が鳴る。
扉が開き、外へ出ると明らかにそれらしき装置があった。
「あれだよね?」
「そうそう。コールドスリープの装置みたいなあれが、大型の回復装置。名前は確か…『ヒュギエイア』だったはず」
「ヒュギエイアか…確か、ギリシャ神話の女神の名前だったかな?」
部下の一人に神話オタクが居て、様々な神話の知識を吹き込まれた。
アイツは、敵兵が立て籠もってるアパートに特攻して死んだ。
アイツのおかげでそのアパートにいた敵兵は皆殺しに出来たが、味方が何人も犠牲になった。
ルーを回復装置『ヒュギエイア』に入れた後、煙草を取り出して一服する。
嫌なことを思い出した。
「ふぅ…私が死んで、あいつらは今頃どうしてるんだろうな」
仲間の死について考えたせいか、自分が死んだことをハッと思い出した。
そして、生き残った仲間達がどうなったか気になってきた。
戦場では恐ろしいほど簡単に人が死ぬ。
何百人の敵兵を殺し、何十人の民間人を手に掛け、何十人もの仲間の死を目の当たりにした私が言うんだ。
きっと間違ってはいないはず。
おそらく、あの戦争を生き残れるのは半分も居ないだろう。
あいつらだって訓練を受け、実戦で鍛え上げられた傭兵だ。
それでも、簡単に死んでしまう。
カウンターにもたれ掛かり、ゆっくりしていると視界の端に光るものが見えた。
「これは…マグナムか?」
形状が、昔マグナム好き先輩に見せてもらったマグナムに似ている。
それに、9mm弾を使う拳銃にしては大き過ぎる。
リングの解析機能で調べてみるか
解析機能を起動し、超小型カメラで手元のマグナムを写す。
すると、いつものようにゲーム画面のような青白いアレが出てきた。
『デザートイーグル(改造)
第一世界で設計されたマグナム。設計された第一世界において世界最強のマグナムであり、相当な破壊力を秘めている。本来、デザートイーグルには国際法の規制をすり抜ける為にライフリング構造が施されていないが、この世界に国際法は存在しないのでこのデザートイーグルにはライフリング構造が施されている』
なるほどね。
第一世界っていうのが気になるけど、世界最強のマグナムか…やっぱり、第一世界のほうが気になる。
まず、第一世界って何?
ここが異世界なら、世界が複数存在するのは分かる。だとしても第一世界って何?
世界にも番号が振られてるの?
じゃあ、私の居た世界って第何世界なんだろう?
…これも、ライブラリーに行けば分かるのかな?
そんな事を考えていると、ヒュギエイアの方から治療が完了したということを伝える為と思われる電子音が流れた。
「ふぅ〜。さっぱりして気持ちいい」
腕を伸ばし、首を鳴らしながらヒュギエイアの中からルーが出てきた。
「ん?どうしたの?深刻そうな顔して」
「いや、色々と考えてちょっと疲れたの」
「ふ〜ん?」
すると、ルーが私の側まで来て急にデザートイーグルをひったくる。
そして、銃口をこちらに向けてきた。
「お疲れ様、じゃあ死んでいいよ」
…冗談を言っているようには見えない。
本気で私を殺そうとしてるわけか。
まあ、当然だよね。
「言い遺す事はある?」
「…特にないかな」
私がそう言うと、ルーはフッと鼻で笑った。
「せっかく最期にカッコつけられる機会をあげたのに…まあいいや、じゃあサヨウナラ」
そう言って、ルーは引き金を引いた。
………ん?
銃弾は、私の頬を掠めることすらなく明後日の方向に飛んでいった。
「なーんて。私は一度負けてるし、貴女の言うことを聞くって約束もしてる。その約束を違えるほど、私は人として落ちぶれてないよ」
「…良かった。仲間に誘ったのが割とまともな人で」
今信用出来るかは別として、少なくとも約束が有効な範囲なら信じてもよさそうだ。
信頼関係はこれから築いていけばいいし、とりあえず仲間を見つけるという目標は達成かな?
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