第5話激闘

「そろそろ出てもいいかな?」


あのスナイパーから距離を取ってから二時間。

たまたま見つけた資料室のような場所で、色々と調べながら時間を潰していた。

彼女が一流のスナイパーなら、二時間程度では警戒心を解いたりはしないだろう。

でも、多少は薄れているはずだ。

とにかく、一度外に出て様子を確認してみよう。

私はドアノブを捻って、外に出る。


「あっ」

「え?」


部屋の外に出た瞬間、横から女のものと思われる声が聞こえて、私は声の聞こえた方を見る。

そこには、ライフルを抱えたさっきの少女が居た。

…数秒見つめ合ったあと、私はそっと後退りしてドアを閉める。

…いやいやいや!!そんな事ある!?

漫画みたいな展開だったよ?

そんなピンポイントに出会うなんて、もはや運命でしょ。

やっぱり、私は彼女と組むべきなんだ。

天が彼女とタッグを組めと言っている!!


……さて、冷静になろう。

あそこで彼女が取る選択肢は二つ。

一つは逃げる。

もう一つは、私が出てくるのをライフルを構えながら待っている。

多分、後者だと思うんだよね〜

だって、自分の顔を知ってる奴が居るんだよ?

面倒な事になる前に殺してしまったほうがいいに決まってる。

とりあえず、手鏡を使って居るかどうか確認してみよう。

少しだけドアを開けて…ここで覗いたりはしない。

鏡を使って見ないと、頭を撃ち抜かれる可能性がある。

鏡には…誰も映ってない。

逃げたか、死角に隠れてるか…試しに少し高い所を撃ってみるか。

私は、ドアを更に開いて、拳銃を鏡で見ることの出来なかった方を撃つ。

すると、銃声に混じって微かに息を呑む音が聞こえた。


ビンゴ!

私は部屋から飛び出して、銃を避けるためにしゃがんでいた少女のライフルを蹴り上げる。

すると、ライフルは明後日の方向に飛んでいき、少女が丸腰になる。

もちろん、これで勝ったとは思っていない。

私の読み通り、少女は拳銃を取り出した。

それで私を撃つつもりなんだろうけど、そうはさせない。

再び蹴りを放って拳銃を蹴り飛ばす。

拳銃は少女の遥か後方に飛んでいった。

そして、私は丸腰の少女に拳銃突きつける。

すると、少女は警戒しながら両手を上げる。

降参のポーズだ。


「こんにちは」

「…こんにちは」


なるほど…《コンソール・リング》の翻訳機能は本当だったのか。

《コンソール・リング》には、翻訳機能が付いていて、例えどんな言語であれ、自分の一番良く使う言語。或いは選択した言語へと翻訳してくれる機能だ。

本当、素晴らしい機能だと思う。

必死に英語の勉強をした私の努力は何だったんだろうか?


「ごめんなさい。いきなり撃っちゃって」

「…何が言いたい?」

「あ〜…この状態だと話し辛いよね」


私は彼女に配慮して拳銃を下ろす。

すると、ナイフを取り出した少女が私に襲いかかって来た。

すぐに拳銃を撃つが、簡単に回避された。

そして、私の首を狙ったナイフが飛んでくる。


「あっぶな!?」

「チッ」


殺す気満々だね…

とりあえず、ナイフをどうにかしないと。

しかし、牽制のために構えた拳銃は、懐に潜り込んできた少女に掴まれ、投げ捨てられた。

私は拳銃を一つ犠牲にして、すぐに後ろに下がる。

なんとか刺されるのは免れたものの、状況は良くない。

無理に動いたせいで体勢が崩れ、それを立て直している一瞬の間にすぐそこまで少女が迫って来ていた。

…仕方ない、多少の怪我は許容しよう。

私は身体を捻るが、少女のナイフが腹に刺さる。

急所は外したが、裂かれると不味いのですぐにナイフを持つ手を掴む。

そして、もう一つの拳銃を取り出しっ!?


「予備があるのは知ってる」


私の拳銃は振り払われた。

でも、少女はこの拳銃を予備の物だと思っているらしい。

予備は別にあるのに。

…ちなみに、予備の予備は要らないからと売ってしまったのでない。

私の手元にある銃は、予備の拳銃が最後だ。

それを使う瞬間は見極めないと。

すると、少女が私の腹からナイフを抜く。

しかし、それはかなり不味かった。

刺さった状態から抜かれると血が出てくるのもある。

それ以上に問題なのが、腹を裂かれないようにするために、ナイフを押し戻すように手に力を入れていた事だ。

つまり、急にナイフを抜かれると、押し戻そうとしていた力が行き場を失って、まっすぐ進む。

体勢がかなり崩れるのだ。

少女はその隙きを見逃さなかった。


「ふっ!!」


私の身体を押し倒し、何も持っていない手を抑えてナイフを振り下ろそうとする。

しかし、ナイフを持っている手は未だに私が握っている。

刺されないように抵抗することは出来る。


「チッ!大人しく死になさいよ」

「ははっ、まだ死ぬつもりはないよ。それより、さっきの拳銃のこと、予備って言ったよね?」

「は?ッ!!」


私の手に握られた拳銃を見て、少女が息を呑む。

そして、私が撃つより先に銃を抑えてきた。

クソッ!思ってたより反応が速い!


「ありがとう。まだ銃を持ってることを教えてくれて」

「そりゃどうも。言わなきゃ良かったって後悔してるよ」


不味い事になった…

でも、まだ勝機はある。

どうやら、腕力では私のほうが上らしい。

このまま押し返して倒すか…いや、下があいてるね。

私はこっそり脚を折り曲げて…


「ぐはっ!?」


少女の腹を思いっきり蹴る。

すると、面白いほど簡単に飛んでいった。

これはいける。

私は、今度こそ拳銃を少女の眉間に突きつける。


「そのナイフを捨てなさい」


話し合うためには、この少女に武装を放棄してもらう必要がある。

私が脅すと、少女は諦めたように目を閉じてナイフを持つ手の力を抜く…ッ!!

私は危険を察知してすぐに距離を取る。

コイツ、私に向かってナイフを投げやがった!!


「やっぱり撃たなかった。実力は申し分ないみたいだけど、甘いね」


そして、すぐに起き上がって私の拳銃を奪おうとする。

不味い、このままだと本当に拳銃を奪われる。

それくらいなら…


「なっ!?」


私は持っていた拳銃を少女の後方に投げた。

大丈夫、私にはナイフが残ってっ!?


「ぐぅ!?」

「クソッ!余計なことを!!」


私がナイフを取り出す前に、少女が殴りかかってきた。

それも、隙きを見せてくれない。

すぐに腕で防御するが、脚も使って攻撃してくるのであんまり意味がない。

何より、近接戦闘。それも、格闘技で私が押されているというのが許せない。

私は、一発殴らせてカウンターをお見舞いする。


「ぐはっ!?」


私の拳は少女の鳩尾に深く刺さる。

そして、あまりの威力に少女が数歩下がる。


「殴り合いをしたいなら相手してあげる。スナイパー如きが、私に殴り合いで勝てると思うなよ?」


近接戦は私の得意分野。

それなのに、遠距離型のスナイパーに押されるのは私のプライドが許さない。

少女を煽ってみれば、かなり不機嫌そうな顔で拳を構える。


「スナイパーなら格闘戦が出来ないとでも?泣いて知らないからな?アジア人」

「ふっ、泣くのはお前だよ。西洋人」


そして、数秒睨み合った後、お互い飛びかかった。








あれからどれくらい経っただろう?

そこまで長い時間殴り合ってはいないと思うけど、私からすればかなり長く感じる。

現状、私のほうが優勢だ。

近接専門の私が優勢なのは当然の結果とも言える。

こんなスナイパー風情に押されたりなんかすれば、それは一生の恥になるだろうね。


「うっ!!」

「ぐっ!!」 


拳が交差し、お互いの頬に突き刺さる。

正直に言えば、こんな奴のパンチなんて簡単に躱せる。

でも、あえて私は全て受け止めている。

理由は、『劣勢ではあるけれど、勝つ可能性は残ってる』と思わせて、結局勝てなかったという状況を作りたいから。

『近接専門相手にこれだけ戦えたぞ!!』っと思われるかも知れないけど、私は全てのパンチを体で受け止めてる。

要は、手を抜いてあげているのだ。

その事にコイツも薄々気付いているはずだけど…


「痛いだろうが…これだからアジアの野蛮人は」

「なんですって?世界の支配者ヅラしてるバカ貴族様(笑)は、他人種を見下す事しか能がないの?」


なにを言っても完璧に翻訳されることをいい事に、ずっと罵り合いながら殴り合っていた。

まあ、バカにされてブチキレたせいで、本気を超えた力で殴ってるから、お互い鼻血が止まらないし、鼻骨は折れてるし、体中アザだらけの酷い状態だ。

それでも、ここで負けを認める訳にはいかない。

これは、お互いのプライドを懸けた戦いなのだ。


「いい加減死ねよ。私はもっと時間を有意義に使いたいのに」 

「はあ?だったら今ここで負けを認めたらどう?『スナイパー風情が近接戦に足突っ込んですみませんでした』ってね」

「嫌に決まってるだろ。お前こそ負けを認めろよ。ジャパニーズ『DOGEZA』して命乞いしたらどう?そうすれば、奴隷として生かしてあげる」

「はあ?お前みたいな政府の犬に、伝家の宝刀『土下座』をするわけないだろ」

「口を慎め、薄汚い傭兵風情が。お前みたいな荒くれ者と違って、私は優秀な工作員なんだよ」

「優秀?私が手を抜いていなければ一方的にやられて、死んでたような奴が優秀だなんて…お前の国も終わりだな」

「お前…我が祖国を愚弄するとは…死んで償ってもらおうか?」

「いきなり殴りかかってくるとはね。これも国民性の現れか?」


国を侮辱されてキレたこのクソ野郎が、いきなり殴りかかって来やがった。

まあ、簡単に手で受け止めて更に侮辱してやったけど。

…そろそろ決着をつけたほうがいいか。


「さて、お遊びはここまでにしよう。白黒はっきり付けるぞ、チキンスパイ野郎」

「そうだな。私が勝ったら、お前には奴隷になってもらうぞ?いいなクソ傭兵」

「フッ、やってみろよ」


そして、私達は正真正銘本気の殴り合いを始めた。

殴られた分は必ず殴り返す。

一発殴られたら一発殴り返し、更にこっちから殴る。

すると、あっちも同じように殴り返して来た。

もちろん、あっちからの攻撃として殴られた。

今度は鳩尾を狙って下から拳を振り上げる。

私の拳は、見事に鳩尾に突き刺さり、コイツは前のめりになる。

そして、前のめりになった顔に顎を砕くようなアッパーを食らわせる。

しかし、コイツもやられっぱなしではない。

気合の反撃にしては強過ぎるパンチが、私の頬に突き刺さり顔が九十度回転する。

そして、回転した先にもう一発パンチが飛んでくる。

今度のパンチは顔の中央に激突し、軽くよろめいてしまった。


「クソッ!スナイパー風情が!!」


こんな奴の拳でよろめくなんて…

プライドを傷付けられた怒りというのは、こんなに激しいものなのか。

私は怒涛の連撃をクソスナイパーに撃ち込む。

何度も殴られたクソスナイパーは、一歩、また一歩と後退する。

しかし、急に防御を止めたかと思えば、ノーガードカウンターで私の鳩尾に一撃入れてきた。

そして、前のめりになった私の顔にアッパーをしてくる。

私にやられた事をやり返してきたか…くっ、優勢は間違いだったか。


「ん?そうか、そう言えば一回刺してたね」

「だから何?急所は外してる、こんなの刺されてないのと同じだよ」

「へぇ?それが『大和魂』ってやつ?」


チッ!私が弱ってるの見ていい気になりやがって…お前だってそんなに変わらないだろうが。


「『大和魂』を舐めるなよ?その気になればお前なんか消し炭になる。まあ、私はそこまで出来ないけど」

「ふ〜ん。日本人でもジョークは出来るのね」

「日本人はそんなに馬鹿じゃないっての…それよりも、ずいぶんボロボロだね?」


すると、眉を顰めて不愉快そうな顔をする。

その顔がとても滑稽に見えて、思わず鼻で笑ってしまった。


「…チッ」

「なに?今更クールビューティー気取ってんの?まあ、そんな事どうでもいいけど」


早くコイツをK.Oしないと、私も不味い。

そろそろ罵る余裕すら無くなってきた。


「もういい。今度こそ決着をつけましょう。私はいつでもいけるよ」

「あっそ。じゃあ…死んでもらおうか」


相手が動いたのを見て、私もすぐに走る。

距離は殆ど無いけど、わざわざ助走をつけなくてもいい。

それくらい、私達の体はボロボロだった。

それでも、お互い最後の力を振り絞って拳を作る。


「「はあああああああ!!」」


ボロボロの体とは裏腹に、有り余る気合を乗せた一撃。

お互い相手の攻撃を受け入れて自分も殴る。

拳が交差し、顔の正面に激突する。


「「ーッ!!」」


二つの殴られた音と共に、肺に残っていた空気が出てくる。

本来、その空気は声となるはずだったが、空気のまま外に出てきたようだ。

私達は殴られた勢いで後ろに倒れる。

後は立つだけ。

最後まで立っていた者が勝者だ。

体はまったく動こうとしないが、気合でなんとかする。

右手と腹筋に残りカスのような体力を注ぎ込み、なんとか体を起こす。

相手はまるで動いていない。

これは、立たなくてもいいんじゃ?

コイツはもう立ち上がろうとしてないし…


「私の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」


…やっぱりね。

もし、負けを認めてくれなかったら、本当に死んでた気がする。


「ふふっ、私の勝ち。でも、元から殺す気はないよ」

「知ってる。じゃなきゃ、こんな事しないでしょ。それに、この遊びに付き合ってあげた私、優しでしょ?」


途中から私以上に本気になってたことは言わないでおこう。

それよりも、ここで倒れるのは危険すぎる。

どうにかして逃げないと。


「コレ、取りに来れる?」

「なにそれ?」

「回復装置。《コンソール・リング》に挿して使うと、どういう原理か知らないけど傷が治る」


なんじゃそりゃ。

そんなよく分かんない装置があるのか…ツッコミどころは沢山あるけど、今は本当に命の危険があるからツッコミは後にしよう。

はぁ…あそこまで取りに行くのか。

二、三メートルがとんでもなく長く感じる。


「というか、自分で使いなよ。そのほうが余計に動かなくて済むじゃん」

「いいの?あんたを放置して逃げるかもよ?」

「別に?そうなったら、所詮、お前がその程度の人間だったって話だよ」


私が小馬鹿にしながら言うと、見た目がUSBメモリのような装置が飛んできた。

なんだ、投げられるだけの力が残ってたのか。


「あんたが使って。少なくとも、私を見捨てて何処かへ行くような人間じゃないって事は分かる」

「ありがとう」


私は《コンソール・リング》の横にある挿入口?でいいのかな?に、回復装置を挿した。

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