第7話ホテルに戻って
ホテル最上階
「へぇ〜、ミドリはホテルで目が覚めたの?いいなぁ〜」
「確かにホテルで目が覚めたのは嬉しかったけど、危険が無いか調べるのに一部屋ずつ見ないといけないから、結構大変だよ?」
一度最上階に戻り、散らばった銃を回収した私達はジップラインを使って私が目覚めたホテルに戻って来ていた。
そして、適当に個室に入って情報交換をすることにした。
「じゃあ、改めて自己紹介するね。私の名前は『小宮翠』日本生まれ日本育ちの日本人だよ。年齢は十六歳だね」
「十六歳!?そんなに若かったの?」
「そうだよ。本当なら学校で青春を謳歌してるはずなんだけどね…私、物心ついた頃から傭兵教育を受けてたから普通の少女らしい事をほとんどしてないんだよね…」
私は生まれた時からそうだった。
これ以外の生き方を知らなかった。
一般常識や、一般人が身につけてる知識は理解してるけど、実際にそれを使ったことはない。
ずっと、訓練か戦地に居たから、一般人と触れ合う機会があったことなんて、片手で数えられる程しか無い。
「ミドリも苦労してたのね…私も自己紹介していい?」
「いいよ」
「ありがとう。さっきも言ったけど、私の名前は『ルー・マリーニナ』ソビエト出身の工作員よ。年齢は十八だけど、背が低いからよく幼く見られるのよね」
「それで…私もずっと同い年だと思ってた」
意外だ…ルーは十八歳だったのか。
って事は、ルーさんって呼んだ方がいいのかな?
「堅苦しい言い方はしなくていいよ。年上だからって気を使う必要もないから安心して」
「そうなんだ…じゃあ、これからもルーって呼ぶね」
「そうして。私の生い立ちは、お父さんが工作員だったから、色々と知ってたの。それで、私の才能に気付いたお父さんが私を訓練施設に連れていってね。そこで工作員として訓練を受けて、銃の使い方とか人の殺し方とかを学んだわ。死ぬ前はアメリカで活動する工作員として色々としてたんだけど、見つかった時にカウンタースナイプを受けて死んじゃった」
ソ連の工作員…KGBか?
まあ、所属まで聞く必要もないし、そこはどうでもいいか。
それよりも、ルーにはしっかりと育ててくれる親が居たのか…羨ましい。
「お父さんやお母さんは優しかった?」
「もちろん。お父さんは私が訓練で強くなったら褒めてくれたし、お母さんはよく手作りのお菓子を送ってくれたよ」
「そうなんだ…」
いっそ殺してやろうか…私は親に捨てられて、物心ついた頃から過酷な教育を受けて、時には性的暴行すら受けたのに、この女は…
「…なに?急に敵意剥き出しにして」
「え?ああ、ごめんなさい。ちょっと、貴女の生い立ちが羨ましくて…」
「嫉妬してるの?言っておくけど、私だって青春は出来なかったし、敵地で殺されたし、優しかったお父さんは憎き米帝に捕まって処刑されて、お母さんは西側諸国の破壊工作に巻き込まれて死んだんだよ!?それでもまだ羨ましいか!?」
ルーは早口でまくし立ててくる。
きっと、両親を奪われた悲しみでここまで強くなったんだろう。
そう考えると、無性に腹が立ってきた。
だから、軽く皮肉を言う。
「いいじゃない。ルーには優しい両親が居たんだから」
すると、ルーはクワッ!と目を見開いて掴みかかってきた。
「ふざけんな!!お前に私の何が分かるって言うんだ!!大好きな両親を殺されて、復讐すると誓ったのに私も親の仇に殺されたのよ!?お前みたいな呑気な奴には分からないんだろうな。大切なものを全て奪われる苦しみが!!」
ルーの言いたい事は分かる。
大切なものを奪われた人の悲しみは私には分からない。
でも、この時の私はとても正気とは言えなかった。
私の胸ぐらを掴む腕を振り払い、ルーの頬を殴って距離を取る。
「いきなり殴って来やがって…何がそんなに不満なんだよ」
「不満?私よりも幸せな人生を歩んでおきながら、さも絶望の人生を歩んできたみたいな言い方をしてるところだよ」
頬を押さえてこちらを睨みつけるルーを睨み返す。
「何が奪われる悲しみだ…私はね、奪われるどころか、与えられたことすら無かった。親には生まれた時から捨てられて、傭兵団でも道具としてしか見られない。同僚も私の事を危険から守ってくれる壁としか思ってない。誰からも愛されなかったのよ、私はね。ルーの言いたい事は分かるよ。仲間が死んだ時は悲しかった。そして、大好きな両親が死んだともなれば、その悲しみは私には計り知れないよ」
私は、私を睨む事を止めたルーの肩に手を起き、胸に頭を当てて泣きそうになるのを堪えながら口を開く。
「それでも、ルーは誰かに愛される温もりを知ってる。人の温もりを知ってるはずだよ。私は…私はね…私は!私はそんなもの知らない!!私の両親にも、私を育ててくれた人達にも、私の仲間にも、誰からも愛されなかった!!なんで…どうして私が…私が何をしたって言うのよ…私は何もしてないのに…うぅ…どうして…どうして…」
私は、今まで心の底に隠していた気持ちを垂れ流して泣いた。
こんな出会ったばっかりで、私の事を良く思ってないであろう女に縋って、子供のように泣いた。
そんな私の姿を見て同情したのか、ルーは私が泣き止むまで背中を撫でてくれた。
泣きじゃくる私を受け入れてくれた。
もう、最後にいつ受けたのかも思い出せないほど久しぶりに人の優しさに触れて、私は更に泣いた。
どれくらい泣いただろう。
いつの間にか日は傾いており、夕方になっていた。
「落ち着いた?」
私をベッドに座らせて、ずっと背中を撫でてくれたルーが話しかけてきた。
「うん、だいぶ落ち着いたよ…ごめんなさい、ルーだって苦しいのに、私は…」
「別にいいよ。私だって、自分だけが苦しんでるみたいな言い方してたし」
私とルーは、別種ではあるけど深い悲しみを背負ってる。
だから、ルーは私が落ち着くまで側に居てくれたのかも知れない。
私が泣きじゃくる姿を見て、同類を見つけたと思ったんだろうね。
「ルーって結構優しいね」
「そうかな?これでも、指名手配を受けるほどの極悪人だけどね」
「大丈夫。私も米軍に懸賞金掛けられてたから」
ルーのお陰で落ち着いたし、だいぶ気持ちも楽になって来た。
やっぱり、誰かに相談するって大切な事なんだね。
ルーに感謝しないと。
「ありがとう」
「どうしたの?急にそんな事言い出して…」
「いや?普通に感謝してるだけだよ。せっかくだから、晩ごはんは私が出すよ」
すると、ルーは軽く驚いたらしく、少し目が大きく開いている。
「いいの?ちゃんと信用出来ない相手にそんな事して」
「まだ完全に信用してるわけじゃないけど、ルーなら大丈夫だと思うんだ」
「その根拠はどこから来てるの?」
「根拠?この世界で根拠なんて探してたら、いつまで経っても仲間を作れないよ」
この世界は殺しが許可されている。
いつ何時仲間に裏切られ、殺されるか分からない。
それを考えれば、よほど信用出来る人物でなければ仲間を作るとは出来ない。
しかし、信用出来る人間だけを探していては、いつまで経っても仲間を見つけられない。
ある程度リスクは負う必要がある。
「そう…でも、それはまたの機会にする。ご飯くらい自分で用意するよ」
「そっか…じゃあ、もうご飯にする?」
「いいよ。ちょうどお腹も空いてきたしね」
私とルーは、ショップで『一食分』を選択する。
コレの良いところは、“一食分”の範囲内なら食べたい物が何でも出てくるというところだ。
私はいつも一汁三菜のThe・和食を選んでるけど、ルーは何にするんだろう?
「へえ〜、ミドリのご飯は和食なのね。日本人らしいわね」
「私は和食が好きだからね。ルーは…えっと、それだけ?」
ルーが選んだ一食分は、大盛りのサラダ、白米、牛乳のような飲み物の3つだけ。
主菜が見当たらない。
「そんなサラダだけで大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。それに、私はベジタリアンだから、動物性食品は食べないのよ…これは、豆乳ね?」
「なるほど、ベジタリアンか……ベジタリアンって何?」
サラダを食べようとしたルーが、ピタッと止まって目をパチクリさせてる。
「え?ベジタリアンを知らないの?」
「うん」
「あー、簡単に言うと、肉、卵、乳、魚等の動物性食品を食べず、野菜、果物、豆類、穀類等の植物性食品を主に食べる人達の事をベジタリアンって呼ぶんだよ」
なるほどね。
Vegetable(野菜)を主に食べる人だから、ベジタリアンなのか…納得だね。
「ベジタリアンにも種類があって、私みたいに少しだけど動物性食品を食べる『セミベジタリアン』とか、動物性食品を一切食べない『ヴィーガン』と呼ばれる人達も居るんだよ。だから、一纏めに『ベジタリアン』と呼んでも、色々な種類があるんだよ」
「へぇ〜?じゃあ、どうしてルーはセミベジタリアンになったの?」
「どうして?う〜ん…お祝いの時とかに美味しい料理を食べられないのは嫌でしょ?だから、完全菜食主義の『ヴィーガン』じゃなくて、『セミベジタリアン』にしたの」
そうか、野菜しか食べてはいけないなんて縛りは、『ヴィーガン』以外には無いから、簡単に始められる『セミベジタリアン』になったのか。
「私もベジタリアンになろうかなぁ」
「そう?健康に気を使ってるなら、和食を食べてるミドリは大丈夫だと思うよ?」
「そうなの?……じゃあこのままでいっか」
別にベジタリアンにこだわる理由も無いし、勢いで決めるのは良くない。
やるときは計画的にやらないとね。
よし、私もご飯を食べよう。
「いただきます」
手を合わせて挨拶をする。
日本人として、この挨拶は欠かせない。
この料理を誰が作ってるか知らないけど、食べさせてもらってる以上、感謝しないと。
私が塩鯖を頬張っていると、ルーが興味深そうに鯖を見つめていた。
「ミドリ、その魚は?」
「これ?鯖の塩焼きだよ」
「鯖…美味しいの?」
「もちろん。特に、冬の鯖は脂が乗ってて美味しいのよ」
私は、焼き魚の中では鯖の塩焼きが一番好きだ。
あの脂が大好きで、自分で焼いて食べる事もあった。
「一口ちょうだい」
「いいよ。あっ、そこは!」
私は鯖を一口取ったルーを止めようとするが、間に合わなかった。
「うん?…う〜ん?…」
ルーが眉を顰めて、首を傾げている。
「そこは『血合い』って言って、焼き魚の中でもあんまり美味しくない場所なんだよね…」
「なるほどね、それで血生臭かったのか…」
ちょっともったいないけど、ルーに鯖の美味しさを知ってもらう為に、腹の部分を分けてあげるか…
私は、少し焦げて茶色っぽくなった部分を、ルーあげる。
「ここは、私が鯖の塩焼きの中で一番美味しいって思うところだよ。とってもジューシーで美味しいの」
「ん!ここは美味しいね!…でも、やっぱり普段魚を食べないから、何度も食べたいとは思わないね」
そうか…ベジタリアンだもんね。
そんなに頻繁に食べたりしないか…
まあ、別に何を食べようが自由だし、特に言いたい事も無いけど。
しかし、私が食の話にこれ以上関わらなかった為に、お互い何を話していいか分からず、無言で夕飯を食べた。
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