#3
「肝が冷えましたよ、エディリーン様」
外に出ると、日はまだ高かった。一日の勤めを終えると、夕食までは少し時間が空く。夜は星の運航を記録する星見の塔の当番や、各自の課題がなければ自由時間だ。
エディリーンたちは同じように勤めを終えたユーディトと合流し、本館の裏手に出た。そして寮までの道すがら、先程の顛末を話していたのだった。
「余計なことだったなら、もうしないけど」
別に正義感からの行動ではない。単にああいった手合いが気に入らないだけだが、彼女たちには彼女たちなりの世渡りの仕方があるのなら、口を出すことではないと思う。
「いいえ、助かりました。ありがとうございます」
クラリッサは神妙に頭を下げる。
しかし、なるべく目立たないようにおとなしくしているつもりだったのに、うっかり本性を晒してしまった。それでも彼女たちの態度が変わらなかったことに、少し安堵している自分がいるのだった。
「あなたも言いなりになってしまうからよくないのよ。上手く躱さないと」
ユーディトが口を挟むと、クラリッサは「わたしはユーディみたいに器用じゃないもん」と唇を尖らせる。
「最初は急ぎの用事があるって言うから、引き受けてあげてたのよ。それが段々、当たり前みたいにやらせようとするから……」
女性同士だとこうして気兼ねなく話せるが、男性相手だと強く出られないらしい。まあ、それが普通と言えばそうなのだが。
ユーディトはそんな妹を見て嘆息するが、エディリーンに向き直って頭を下げる。
「けれど、エディリーン様のお陰で、心無いことをする方が減りました。ありがとうございます」
その言葉から、ユーディトの方にもそういう接し方をしてくる男がいたということが察せられた。学問の前では身分も性別も関係ないという建前を掲げてはいるが、なかなか実態は追いついていないのが現状だった。無論、そんな男ばかりではないのだが。
ちなみにエディリーンの方は、ユリウス王子と繋がりがあり、宮廷魔術師候補と囁かれていることもあって、変に絡まれることはなく、どちらかというと遠巻きにされていた。仮に無礼を働こうとしても、その眼光に射すくめられて平気でいられる人間は、なかなかいないのだった。
敷地の中央にある高い塔――星見の塔の側を通る時、ふとその頂を見上げる。ここでは数か月前に痛ましい事件が起きたが、だんだんとその記憶も過去のものになってきている。
「それにしても、エディリーン様がユリウス殿下のお気に入りだなんて話があるのですか?」
ユーディトがあまり触れてほしくない話に触れた。
「……そうみたいだな」
エディリーンは顔をしかめる。
王族など気軽に会える相手ではない。事実、エディリーンは以前の戦以来、ユリウスには会っていないのに、一体どこからそんな噂が出るのやら。――否、どうせ彼らが手を回しているのだろう。迷惑な話だが。
「それはそれですごいことだと思いますけれど。でも、エディリーン様には、想い人がいますものね?」
クラリッサは夢見る乙女のような熱っぽい眼差しを向けるが、エディリーンはじっとりした視線を彼女に返す。
「……だから、違うって」
「クラリッサ。こういうことは、外野が面白おかしく言うものではありませんよ」
ユーディトが妹をたしなめるが、エディリーンが修正してほしい方向とは違う。
どうして人は、誰が誰をお気に入りだとか、惚れているとかいう話が好きなのだろう。彼女たちの態度からやっかみが感じられないのが救いだが、エディリーンはげっそりと肩を落とした。
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