#6
「では行ってまいります、奥様」
ソムニフェルムを始めとする薬草や、料理や香料に使う香草の入った袋を馬の鞍にくくりつけ、グラナトのブラント商会に向かう。グレイス邸に続く山道は、馬車は通れないので、馬に荷物をくくりつけて、人間がその手綱を引いて歩いていく。今回手綱を引くのは、ヨルンとアンジェリカだった。
「気を付けてね」
グレイス夫人が山を下っていく二人を、小さく手を振って見送る。
ヨルンとアンジェリカの二人が見えなくなると、
「では」
「……あなたも、気を付けてね」
二人を追うべく後に続くエディリーンに、グレイス夫人は心配そうに声をかける。エディリーンは軽く一礼して、それに答えた。彼女は、今は頭に布を巻いて髪を隠している。
「無茶はするなよ」
「大丈夫。何かあったら式を飛ばすから」
ジルは夫人の護衛と、万が一の時の連絡役として屋敷に残ることになっていた。
「やっぱり俺も行った方が……」
アーネストが言うが、エディリーンはそれをはねつける。
「目立たないように、人数は少ない方がいい。それに、あんたはこそこそ動くのには慣れてないだろう。一人でいい」
そう言われては、付いて行くわけにもいかない。
エディリーンは前を行く二人に気付かれないよう十分に距離を置いて、山を下る。
やがて街に入り、人通りが増える。ヨルンとアンジェリカは時々何か話しながら歩いている。何を話しているかは聞こえないが、おそらくアンジェリカが言葉をかけ、ヨルンが言葉少なにそれに答えるという形だろう。二人とも、後をつけられているなどとは夢にも思っていないはずだ。
そして、問題のブラント商会の前に着いた。ブラント商会の使用人らしき男たちと二言三言話し、荷を馬から下ろして建物の中に運び込んでいく。
アンジェリカは女性ゆえ、力仕事は免除されたのか、荷物を馬の鞍から下ろす手伝いをするのみで、荷物はヨルンと使用人の男たちが運んでいく。
あらかた運び終わったところで、建物の奥からヨルンと同じくらいの少年が出てきて、彼に親しげに声をかけている様子が見えた。身なりの良さからすると、あの少年がブラント家の息子、ダミアンだろうか。
すると、ダミアンはヨルンを連れてどこかへ行くようだった。アンジェリカは二頭の馬の手綱を握って、彼らと別れる。ヨルンはどこか思い詰めたような顔をしているように見えた。
アンジェリカは二人の背中を見送っていたが、建物の隅の柱に手綱を結ぶと、彼らの後を追っていった。ブラント商会は人の出入りが多く、馬が残されていても気に留めるものはいなさそうだった。
エディリーンも慌てて彼女の後を追う。なんて大胆なことをする娘なんだと、胸中で舌打ちを漏らす。
ヨルンとダミアンらしき少年は、建物の裏に回り、商会から離れて裏路地を歩いていく。アンジェリカがそれを追い、エディリーンが更にその後を尾行する形となった。
だいぶ歩いて、街の外れまで来ただろうか。人気のない、寂れた場所に出た。早くアンジェリカを屋敷へ帰したいが、下手に声をかければヨルンたちにも気付かれてしまう。
焦るエディリーンをよそに、ヨルンたちは、レンガの崩れかけた空き家らしい民家に入っていった。
アンジェリカは物陰からその閉じた扉を見つめ、尚も後を追おうか思案しているようだったが、これ以上は危険すぎる。
そっと近づいて止めようとしたが、それより一瞬前に、横から屈強な男が現れて、後ろからアンジェリカの口を塞いだ。
近くに潜んでいたらしい。アンジェリカたちに気を取られて気が付かなかったのは、エディリーンの落ち度だ。
アンジェリカは悲鳴を上げる間もなく、すぐにぐったりと首を垂れて動かなくなった。口を塞いだ布に、薬でも染み込ませてあったようだ。
彼女を助けなければ。いかに屈強だろうと、一人くらいならば敵ではない。
エディリーンは剣を抜くと同時に飛び出す。しかし、後ろから羽交い絞めにされて、それは叶わなかった。同じように口に布を当てられ、呼吸すら苦しくなる。
(しまった……!)
油断しすぎだ。己の不甲斐なさに盛大に悪態をつくが、もう遅い。
甘ったるい匂いがして、急速に意識が薄れていく。剣が地面に落ちる乾いた音を微かに聞いて、後は何もわからなくなった。
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