#4
殺すつもりなんてなかった。あれは事故だった。
心の中で何度も言い訳をする。
昼間なのにカーテンを引いた薄暗い部屋の中で膝を抱え、彼は繰り返す。
あれは事故だったのだ。
けれど、落下していくウォルトの最期の表情が、脳裏にこびりついて離れない。
あの夜も、月が出ていなかった。だから、例の噂を聞きつけた人間が、星見の塔に式を送ってくる。自分は薬を渡し、金銭を受け取る。
星見の塔の当直は、誰しも可能ならばやりたくない役目だ。だから、一緒に当番になっていた同僚には、「ここは自分一人でやるから」と、甘い囁きでもって、暖かい布団の中に押しやる。
そうやって一人になるのは簡単だった。こんなふうに規律が乱れていることが露見すれば、王立魔術研究院の権威も地に落ちるというものだろうが、それは自分の知ったことではない。
孤児だった自分がブラント家に引き取られたのは、魔術の才を見出されたからだ。ここで成績を残さなければ、自分は養い親から見放されてしまうだろう。
加えて、ブラント商会は近頃、資金繰り困っている。賢者の称号を手に入れ、研修資金を手に入れろと言われていた。
その男が接触してきたのは、重圧がのしかかった頃だった。
「ソムニフェルムを少しこちらに流してもらえれば、国が買い取っている値段の三倍、いや五倍の金額を出す」と、その男は言ってきた。
国の許可がなければ栽培も流通もできない、劇薬の原料だ。露見すれば重罪は免れない。それでも、ブラント商会の主は、その話に一も二もなく乗った。
そして、彼にソムニフェルムを精製して作った薬の素晴らしさを広める手伝いをするよう、持ちかけた。試しに使って見て、その効果を確かめろと。もちろん、薬を広めた分、報酬が入る。
初めは躊躇した。ソムニフェルムの効果は、彼も知識としては知っている。だが、頭が冴え渡り、力が増して何でもできるようになると言われて、弱った心は誘惑に勝てなかった。
事実、それを服用した瞬間、今まで感じたことのなかった恍惚感、万能感に包まれ、研究成果を上げることができた。
そして、同じように惑っている魔術師の卵を見つけると、「マナを増幅させる薬がある」という噂を流し、それを売りつけた。効果は上々だった。
しかし、薬の効果が切れた後、手足が震え、底が抜けるような不安と虚脱に襲われた。それに耐えられなくて、再び薬に手を出す。
これは手を出してはいけなかったものだ。戻れ。まだ間に合う。理性がそう訴えかける。
だが、抗えなかった。薬物がもたらす偽りの安寧の中で、自分は正常だと、間違ってなどいないと言い聞かせる。既に薬がないとやっていられない状態になっているのに、自分でそれに気付けないほどになっていた。それが、この薬の恐ろしいところなのだった。
あの夜も、自分と同じように薬を求める人間と、式を使って取り引きを終え、部屋の布団に帰るはずだった。ある程度長距離を飛べるが、弱い式だ。感知されて怪しまれることはないはず。
けれど、そこにウォルトがやってきた。
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