#2

 翌日、エディリーンは、グレイス家の使用人の少年、ヨルンとグラナトの街に下りていた。

 グレイス家は、街の孤児院に、無償で薬を提供している。それを運ぶ手伝いをしているのだった。


「すみません、お客様なのに手伝っていただいて」


 二人は乾燥させた薬草の入った麻袋や、調合済みの薬が入った瓶を詰めた木箱を抱えている。ヨルンは重い木箱の方を抱えていた。


「客じゃないし、気にしなくていい」


 薬草師見習いとして来ているのだから、屋敷の仕事は手伝って当然だ。いちいち恐縮される方が困る。それに、彼の動向を見守るという目的もあった。


 昨日、ベアトリクスとユリウス王子からの知らせがそれぞれ届き、またしても屋敷の人々が寝静まった後、集まって今後の方針を検討した。

 状況から見て、そのダミアンという男と、ブラント商会が何か関わっているのは間違いなさそうだった。とりあえず、ジルは屋敷の警護、エディリーンとアーネストでブラント商会の周辺を探ることにする。

 エディリーンは、王都で不審死事件が起きていたことはここで初めて聞かされたが、このような形でまたあちらと関わることになるとは思わなかった。なんだか、複雑な糸に絡め取られていくような、不快感を覚えた。


 ヨルンはアンジェリカと違って、物静かな少年だった。屋敷にいる間も、必要なこと以外はほとんど言葉を交わしていない。エディリーンも口数が多い方ではないので、今もお喋りに花が咲くでもなく、黙々と歩いていた。ヨルンはどうだか知らないが、少なくともエディリーンには、沈黙が気詰まりだから間を持たせるために何か話題を振ろうという考えはなかったのである。

 しばらく歩いて、街の中心街を少し離れた所に、その孤児院はあった。周りの民家より一回り大きいくらいの二階建ての建物で、子どものものらしい歓声が聞こえてくる。

 門をくぐると、庭を駆け回っていた子どもたちが、すぐこちらに気付いた。


「あ! ヨルンだ!」

「ほんとだ!」

「ヨルンおにいちゃん!」


 五、六人の少年少女たちが、わらわらと駆け寄ってきてヨルンを取り囲む。五歳くらいの小さな子から十歳を少し超えていそうなくらいの子までいる。


「みんな、元気にしてたか?」


 ヨルンはにこにこと子どもたちと挨拶を交わす。エディリーンたちに不愛想なわけではないが、親しげな様子が少し意外だった。

 ふと、子どもの一人が後ろに立っていたエディリーンに気付く。


「このおにいちゃん、だあれ?」


 注目されて、エディリーンはたじろぐ。ヨルンは苦笑した。


「おにいちゃんじゃなくて、おねえちゃんだよ」


 へええ、と子どもたちは驚き、珍しいものを見るような視線を向けてくる。それ自体は別に構わないのだが、「おねえちゃん」と言われたことに、少しぞわぞわした。

 子どもたちはエディリーンの腰に下げられた剣に目を留め、


「おねえちゃん、剣士様なの?」

「強いの? 見せてよ!」

「あ、ちょっ……」


 小さい子が三人ほど、足元に寄ってくる。きらきらした羨望と好奇心の混ざった無垢な瞳を向けられ、エディリーンは後退る。恐れを知らない無邪気な子どもというのは、時に恐ろしい。敵ならば蹴散らせば済むが、そうもいかない。

 エディリーンは困り果てて、ヨルンに目で助けを求めた。


「こら、うちのお客様なんだから、迷惑をかけては駄目だよ」


 ヨルンが言うと、子どもたちは素直に引き下がる。エディリーンは冷や汗をかきつつ、ほっと息を吐いた。子どもは苦手だ。どう対応していいのかわからない。戦場で一個小隊を一人で相手しろと言われた方が、幾分かましな気がした。

 そこに、声を聞き付けたのか、建物の中から女性が一人出てきた。ややふくよかな体系で、小麦色の髪をした中年の女性だった。


「まあ、ヨルン。来ていたのね」

「お久しぶりです」


 ヨルンは現れた中年の女性に軽く頭を下げる。エディリーンもそれに倣った。


「元気にしている? グレイス家でのお仕事はどう?」

「はい。お陰様で、つつがなく」


 ヨルンはにこやかに応対し、女性もヨルンを柔らかな眼差しを向けている。

 話しながら建物の中に案内され、薬を納戸らしき部屋に収める。その仕事を終えると、孤児院を後にした。


「またね、おにいちゃん!」

「お仕事じゃなくても遊びに来てね!」


 姿が見えなくなるまで、子どもたちはヨルンに手を振っていた。彼は随分と慕われているようだ。


「すみませんでした、子どもたちが騒がしくして」


 孤児院が見えなくなると、ヨルンは申し訳なさそうに口を開く。


「……別に、いいけど」


 苦手なだけで、迷惑だと思ったわけではない。


「僕は、あの孤児院の出身なんです」

「……そう」


 親のいない子どもなど、珍しくもない。自分も含めて。特に感慨もなく、エディリーンは適当な相槌を打つ。


「運営資金は国から出ていますが、戦争などで親のいない子も増えて、それも十分ではありません。これまではブラント商会が支援をしてくれていたのですが、それを打ち切ると言い出して……」


 そこまで話して、ヨルンははっと言葉を切る。思わず口を滑らせて、しまったと思っている様子だった。


「ごめんなさい、こんな話をしてしまって……」

「あんた、さっきから謝ってばかりじゃないか?」


 決まり悪そうにするヨルンに、エディリーンは軽口を叩いて見せた。

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