#5

 そして同じ頃、王都では。

 亡くなったウォルト・ラッセルの遺体を引き取りに、遠方から彼の両親がやってきていた。

 知らせを受けて駆けつけてきた彼らはひどく狼狽していた。遺体を確認するなり母親は泣き崩れ、父親も彼女の肩を支えながらも呆然としていた。

 彼は両親と共に、故郷であるグラナトへ帰っていった。葬儀はそちらで執り行われるという。院長のヴェルナーに加え、王子から直々に弔辞を賜った夫婦はひたすら恐縮しながら、嗚咽を漏らしていた。


 数日が経ったが、彼の死の真相は未だ解明されないままだった。

 状況から見れば図書館から落ちたように見えるが、ウォルトによる図書館の夜間の利用申請は出されていなかった。その夜は他に利用申請を出していた者もおらず、夕刻に施錠された後は、鍵が不正に持ち出された形跡などもなかった。衛兵が巡回した際も、不審な人物などは目撃されなかったという。

 とはいえ、常にある程度厳重な警備体制が敷かれている王宮とは違い、こちらは夜間の見回りの兵士の数も、頻度も少ない。見逃しがないとは言い切れないのだが、図書館の窓から落ちて命を落としたとは考えにくいのだった。


 気になるのは、やはり現場の血痕だった。アーネストも指摘したように、あの場所で転落して亡くなったにしては、残された出血量が少ない。

 となると、死んだのは別の場所か。では、それはどこなのか。そして、誰が何のために――必然的に、これは事故ではなく、殺人ということになる――彼を殺害して、わざわざ別の場所に移動させたのか。

 ウォルトが本当に死んだ場所を特定することが肝要に思えるが、近衛兵団による聞き込みや調査では、目ぼしい収穫はなかった。何の手がかりもなしに、研究院の広大な敷地からそれを探すのは不可能に近い。


 しかし、ユリウス王子自身も、他に片付けなければならない仕事が山ほどある。この事件ばかりに構ってもいられないのだった。

 このままでは事故で片付けられてしまうが、喉に引っ掛かった魚の小骨のように、ちくちくと常に気になってしまう。


 政務の合間を縫って、ユリウス王子はもう一度、従者を連れて魔術研究院に向かった。今は別行動をしているアーネストからの報告も待たれるが、とりあえず目の前のことだ。

 事件当日は、ウォルトの知り合いではなかった者たちも浮き足立ち、現場を見ようと野次馬に訪れていたが、そういった者たちは忘れるもの早い。研究院の空気は、普段のそれに戻っているようだった。しかし、ウォルトの友人や知人たちはかなりの衝撃を受け、悲しみに沈んでおり、今もその影がある。

 ユリウス王子は、ヴェルナーに挨拶し、彼と共にもう一度ウォルトの遺体が発見された場所に向かった。

 とはいえ、遺体は家族に引き取られていったし、血の痕も地面を掘り返して埋められている。そこで人が死んだことを物語るのは、もはや彼らの記憶のみである。

 ユリウス王子は、その場で黙祷を捧げた。


「さて……。その後、変わったことはないか、ヴェルナー?」

「はい。ウォルトの友人たちは沈んでおりましたが、とりあえず、今は落ち着いてきております。ユリウス殿下直々に気に掛けていただき、感謝の念に堪えません」


 何もせずにはいられなくて来てみたが、これ以上得るものはなさそうだ。近衛兵団も一通りの調査を終えて、既に引き上げている。どうしたものか。

 その時、正門の方から何やらざわざわとざわめきが聞こえてきた。何事かと思っていると、研究所の制服を着た若い男が、息を切らせて走ってきた。ひどく困惑している様子である。


「ユリウス殿下、ヴェルナー様、お話し中失礼いたします!」

「どうした?」


 ヴェルナーが問いかけると、彼は息を整えながら口を開く。


「あの、ちょっとその……怪しい女が正門に現れて、通せと言っていて……」


 口ごもる院生に、ヴェルナーもユリウス王子も眉をひそめて首を傾げる。


「怪しい女? 研究院の関係者でないのなら通せない。衛兵につまみ出させればよかろう」

「それが、その女、院生の証を持っていて……。しかし、どう見ても院生には見えない、粗末な身なりで、これは通せないと思ったのですが。追い返そうとしても〝用があるから通せ〞の一点張りで、女とも思えないような態度でして、どうしたものかと……」


 ヴェルナーはますます首を傾げる。しかし、院生の証を持っているのであれば、通さない理由もない。


「その者の名は聞いたか?」

「はい。ベアトリクスと申しておりました」


 その名には、ユリウス王子も聞き覚えがあった。

 しかし、それを聞いた途端、ヴェルナーはぐふっと喉の奥で変な音を漏らし、ごほごほと咳込むという奇妙な反応を見せた。


「……どうした?」


 ユリウス王子は怪訝な顔をし、若い院生は日頃冷静沈着な学院長が取り乱した様子に、目を丸くしている。


「いえ、失礼……。その者なら、心当たりがある。わたしが出よう」



 正門まで出向くと、その女と衛兵が騒いでいた。何人かの院生や職員たちが、その様子を遠巻きに見ている。

 しかし、女はやってきたヴェルナーに気付くと、にやりと不敵な笑みを浮かべた。


「久しいな、ヴェルナー。生きていたか」


 稀代の女魔術師ベアトリクスは、旧知の相手を見つけ、憎まれ口を叩く。

 彼女はこの王立魔術研究院の卒業生である証、双頭の蛇が巻き付いた杖の紋章が刻まれた首飾りを、その手に掲げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る