#4

 王立魔術研究院は、王宮から少し離れた場所にある。その名の通り、国の援助を受けた研究機関であり、学び舎でもあった。国内の各地から魔術の才を持つ者が集まって、日々魔術の研究を重ねている。在籍しているのは貴族の子弟がほとんどだが、能力があり、入所試験を突破できれば、平民でも入ることができる。

 基本的に政治には関わらない立場だが、宮廷魔術師はここから推薦されて、その役職に就くことが多い。


 ユリウス王子とアーネストは、ヴェルナーの後に続いて馬を駆り、研究院に向かっていた。途中で近衛兵団の宿舎に寄り、団長であるグレーデン侯爵に同行を頼み、大通りを抜けて門をくぐると、守衛に乗騎を預け、足早に歩く。

 正門を入ると、まず目に入るのが薬草園だ。そこを抜けると研究室や講堂の入った学舎棟や図書館があり、奥には在籍する者たちが暮らす宿舎がある。敷地の中央には、周囲より数段高く建てられた、星見の塔があった。


「こちらです」


 案内されたのは、図書館の裏手。草木が生い茂り、通常は人通りのない場所だった。

 それを見た王子たち三人は、思わず顔をしかめた。

 そこには、一人の若者が横たわっていた。その四肢は不自然な方向に地面に投げ出され、ぴくりとも動かない。顔は恐怖か、あるいは驚愕の表情を張り付けたまま、もはや光を映さない瞳が、虚空を凝視していた。髪は血に濡れて赤黒く固まっている。服はどこかに引っかけでもしたのか、袖の一部が裂けていた。


「……これは……」


 アーネストもユリウス王子も、そしてグレーデン侯爵も、歴戦の戦士だ。死体など見慣れたくはないが、見慣れている。

 しかし、ここは血生臭い戦いとは無縁のはずの、学問の研究院だ。そこでこのようなむごい死に方をする人間がいるなど、あってはならない。


「上から落ちたのか?」


 ユリウス王子が言って、一同は上を見上げる。四階建ての図書館は広大で、膨大な数の書物が収められている。その二階部分、ちょうど遺体の真上あたりの窓が開いていた。

 二階程度の高さから落ちても、打ち所が悪ければ命はないだろう。しかし、この遺体の状態からすると、もっと高いところから落ちたように思われる。

 ただの事故か、自死か、あるいは下手人がいるのか。


「あの窓は、いつから開いていた?」


 ユリウス王子の問いに、ヴェルナーが答える。


「わかりません。遺体を発見したのは掃除を担当する下働きの者ですが、気が動転してそれを確認するどころではなかったかと。わたしも遺体を確認してから、院内にいた者には全員自室で待機を命じてから王宮に参りましたので、その間に誰かが開けたのでなければ、昨夜から開いていることになります」

「この図書館は、夜でも開いているんだったか?」

「夕刻には閉館しますが、事前に申請すれば夜間でも鍵を借りることができます」


 寝食を忘れて研究に没頭するような変人も多いこの場所だ。それに付き合って施設を開けていたのでは、管理する人間も倒れてしまう。故に、図書館や研究室を使える時間は決められているが、やむを得ない理由がある場合は、申請すれば夜間でも鍵を開けることができる。

 ユリウスは顎に手を当てて、眉間に皺を寄せている。


「この者の身元は?」

「ウォルト・ラッセル。小さな地方豪族の息子ですが、正義感が強く、研究熱心な若者でした。出仕時刻を過ぎても研究室に現れないので、探させたところ、このような……」


 ヴェルナーは顔を伏せて、声を震わせた。

 しかし、感傷に浸っている暇はない。王宮の膝元、しかも王立の施設で起きた事件とあっては、王家の威信にも関わる一大事だ。真相究明を急がなければならない。


「グレーデン候、近衛兵団を一個小隊動かせ。門を封鎖して、中にいる全員に聞き込みと、周辺の調査だ」

「御意」


 ユリウスは鋭く指示を出し、グレーデン候はそれを受けて足早に去っていく。

 研究院に在籍しているのは、見習いも含めて魔術師や薬草師が五十名ほど、下働きの人間も含めると数十人に上る。それを見越して、近衛兵団長に同行を頼んでいたのだった。

 残ったユリウスとアーネスト、ヴェルナーで、遺体の検分を行う。

 ヴェルナーは、王子にこのようなことをさせてしまったことにひたすら恐縮していたが、当の王子は特に気にした様子もなく、淡々と作業をこなしていく。


「気にするな」


 ユリウス王子とアーネストは、遺体の状態と、その周辺を確認していく。

 一番大きな外傷は、頭部の損傷。手足はかなりの力が加わったようで、骨が折れ、背中にも大きく打ち付けたような打撲の痕があった。


「……どう思う? アーネスト」


 見開かれたままだった遺体の瞼を閉じてやり、もらった白い布でそれを覆う。


「ここで亡くなったにしては、出血が少ないと思います」


 頭の傷の具合からして、もっと周囲に血痕があってもよさそうだが、遺体の頭部周辺には、それほどの出血の痕は見られなかった。

 生き物は死ぬと、徐々に身体が硬直していく。その進行具合からすると、昨夜のうちに死亡したとみてよさそうだった。

 ユリウス王子は、屈めていた腰を伸ばし、大きく息を吐く。


「俺はここに残る。アーネスト、お前はグラナトに行って、エディリーン嬢に連絡を取れ」


 あちらはあちらで、猶予がない。


「御意に。……くれぐれも、お気を付けて、殿下」


 ユリウス王子は、今日になって何度目かの溜め息を吐いた。

 近衛騎士として、主君の元を離れるのは心配だったが、今はそれぞれやるべきことを成さねばならなかった。

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