#3
「これはこれは、良い夜ですね、エディリーン嬢」
ベルンハルト卿は、例の如く飄々とした笑みを浮かべる。
「まさか、あんたが帝国と繋がっているとは思わなかったな。しかし、つけられていることに気付かないとは、油断しすぎじゃないか?」
厳しい視線を注がれても、ベルンハルト卿は表情を崩さない。
「ああ、元々あの程度であなたを拘束できるなとどは思っていません。わたしは、あなたと接触できれば、それでよかったのです」
ベルンハルト卿の言動は、何を考えているのか読み取れず、不気味だった。
「確かにわたしが籍を置いているのは帝国ですが、忠誠を誓っているわけではありませんので」
あっさりと認めたベルンハルト卿に、エディリーンは眉をひそめる。彼は、この事態を楽しんでいるような気さえした。
「帝国は、わたしの祖国を滅ぼした。わたしは魔術の才を買われて生き延びることができましたが、力のないものは淘汰されていく。そういう現実に、嫌気が差したんですよ」
帝国のために生きるつもりなど毛頭ない。かと言って、祖国と同じように蹂躙されていく国々を見ても、同情も何も感じないくらい、心は冷えていた。死なないために生きる、それだけの日々。だが。
「あなたのことが欲しくなってしまいましてねえ。どうです? わたしと組めば、誰に頭を垂れることもなく、世の中を思うようにできる。全てを破壊することも、恐怖で支配することも、きっと! 楽しいと思いませんか?」
まるで、熱烈な愛の告白のようだった。
「悪いが、興味ない。そう言われて、わたしがあんたについて行くとでも?」
「精神操作で言うことを聞いていただこうかと思いましたが……あなたには効かなさ
そうですねえ」
ふむ、と一人ごちて夢遊病者のように辺りをふらふらと歩くベルンハルト卿に、エディリーンは冷ややかな視線で対峙していた。
「意外ですねえ。あなたも権力を嫌う質だと思っていましたが。あなたがこの国のために命を危険に晒す必要などないでしょうに」
「そうだとしても、あんたの言うことを聞く義理はない。わたしは今の生活に満足してるんだ。それを邪魔するなら、許さない」
エディリーンは静かに言い放つ。
「ふむ……」
ベルンハルト卿は、ゆっくりと振り返る。
「お忘れですか? ユリウス王子の命は、わたしが握っているのですよ。あなたがここで下手なことをすれば、王子は死に、レーヴェは帝国の手に落ちる。そうなれば、あなたの大切なものも、蹂躙されてなくなってしまう。それで構わないとでも?」
「何か勘違いしているようだな、ベルンハルト卿。わたしは王子の臣下じゃない。そんな脅しに従う理由はない。でも、あんたにはいくつか聞きたいことがある」
「……何でしょう?」
首を傾げる仕草は、まるで子供のようだった。
「あんたはわたしのことを知っているのか? 知っているのなら、何をだ」
「おや、あなたは覚えていないのですか? あるいは、幼くて自身に起こっていることを理解できなかったのか」
ベルンハルト卿は、顎に手を当てて、呟くように言う。
「まあ、あなたがわたしの元へ来ないのなら、教えて差し上げる必要はありません。あなたにも、ここで死んでいただきますから」
言って、ベルンハルト卿は抱えていた二冊の魔術書に、己の魔力を込めた。まずは、ユリウス王子に放った呪いの術式に。これで王子も絶命した。続いて、目の前の、恐れを知らない小生意気な少女に、黒い稲妻をぶつける。
しかし、放ったはずの力は、二つとも少女の前で吸収されるようにして消えた。
驚愕の表情を浮かべるベルンハルト卿の前に、エディリーンは一振りの剣を掲げる。己の愛用のそれではなく、ベルンハルト卿が呪詛の依り代に使った、ユリウス王子の剣だった。魔力は、そこに集まっていた。
「ああ、なるほど……」
ベルンハルト卿が作った術式を改変して、ユリウス王子への干渉をなくし、術自体は残っているように見せかけていたのだ。しかしそれは、並みの力でできることではない。
「この短時間で、それほどのことをやってのけるとは。やはり、あなたの力は素晴らしい」
可笑しそうに笑うベルンハルト卿。しかし、そこにはこれまでの余裕は感じられなかった。
「この力、このまま返してやる!」
エディリーンが剣を一振りすると、目には見えない圧力のようなものが空を割いて、ベルンハルト卿の――魔術書の元へ戻る。そして。
「ぐっ……あああああ!!」
魔術書のページが激しくはためき、黒い力の奔流が溢れ出す。それは一瞬のことで、誰にも制御できるものではなかった。エディリーンは暴走する力から身を守るために結界を張ったが、それが精一杯だった。
魔術書の暴走が収まった時、ベルンハルト卿の息は絶えていた。
エディリーンが行ったのは、呪詛返しだった。呪詛をかけられた者から術を剥がし、それを術者に跳ね返す。そうすれば何が起こるかはある程度予想できた。とは言え、後味はあまり良くない。
「人を呪わば穴二つだな……。禁術なんかに手をだすから、こうなるんだ」
物言わぬ
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