#3
「どちらに行けばいい?」
「上だな」
二人は、城の人間に見つからないよう、注意深く進む。
途中、何度か兵士や小間使いと鉢合わせしそうになったが、その度に物陰に身を潜め、気配を消してやり過ごした。
エディリーンの誘導に従い、辿り着いたのは中心部分にそびえる塔の、最上階だった。
「ここだな」
魔術書が保管されているらしい部屋の前に辿り着き、エディリーンは周囲の気配を探る。
「……中には誰もいない」
「よし。早く終わらせよう」
エディリーンは念のため、ここまで上がってくる階段に幻惑の魔術をかけた。これで、近付こうとしてもたどり着けなくなる。
この部屋の扉にも鍵がかかっていたが、エディリーンは魔術でそれを難なく解錠した。二人は扉の内側に身を滑り込ませる。
中に入った瞬間、エディリーンは顔をしかめた。
「これは……魔術書の魔力が漏れている……」
一応、部屋には結界が張られているようだが、気休め程度の役にしか立っていない。大した力を持たない魔術師が張った結界のようだと、エディリーンは言う。魔力を感知できないアーネストにも、この場から逃げ出したくなるような、本能が拒否する嫌な感じがするのがわかる。アーネストは思わず口元を押さえた。
エディリーンはそんなアーネストの様子を一瞥すると、部屋の奥の机に置かれた魔術書に近付いた。
「とりあえず、この魔力を封じる」
エディリーンは文字や図形の描かれた紙の束を取り出した。もう一冊の魔術書を封じるのにも使っていた護符だ。
呪文を唱えながらそれを魔術書に貼り付けようとしたが、手を止めて顔を上げた。
「……わたしの幻惑の術が破られた」
何、とアーネストが言う間もなく、部屋の扉が開かれた。
「そこで何をしている」
黒いローブをまとった若い男が一人、立っていた。
男が手を動かすと、エディリーンの手元にあった魔術書が、ふわりと男の手元に移動した。
アーネストが口を開く前に、エディリーンが前に出た。
「わたしは魔術師ベアトリクスの弟子、エディリーン。その魔術書は、こちらが処分してほしいと依頼を受けて、移送している最中に奪われたものだ。貴様、あの襲撃の時にいたな?」
エディリーンは、男を睨みつける。男は不敵に笑った。
「このような貴重な魔術書、貴様らのような下賤の民の手に渡って良いものではない。だからこそ、我々が保護したのだ。この書の力は、我々が有効に使わせてもらう」
「でたらめを……」
エディリーンは歯噛みするが、相手は涼しい顔をしている。
「そちらからもう一冊を持ってきてくれたのなら、探す手間が省けた。渡してもらおうか」
さあ、と男は手を伸ばす。しかし、エディリーンも引かない。
「貴様、魔術書の魔力をちっとも制御できていないだろう。そのままじゃいずれ暴走する。この書の力は、簡単に使えるようなものじゃない。それがわからないなら、あんたは三流の魔術師だな」
男は平静を装おうとしているようだが、わずかに顔を歪めた。
「俺はこの力を使いこなせている。お前たちはこの魔力に当てられて気分を悪くしているようだが、俺は何ともない。それが証拠だ」
男は魔術書を開く。書から溢れる黒い気が強くなった。
「見せてやろう、俺の力を……!」
魔術師が相手では、悔しいがアーネストは何もできない。エディリーンはアーネストの前に立った。
男の力がどの程度なのか、エディリーンはそれに勝てるのか。アーネストにはわからない。
力の奔流が走ろうとした、その時。
「おやおや。一体何をしているのかと思えば……」
部屋に充満していた禍々しい力が、押さえ付けられたのがわかった。
「困りますよ。こんなところで暴れられては」
新たに部屋に現れた人物の姿を認めて、アーネストは目を見張った。
「ベルンハルト卿……!」
そこにいたのは、委縮したようなルーサー卿を伴った、宮廷魔術師ベルンハルト卿だった。
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