第三章 影に踊る者たち

#1

 騎馬部隊はお互いの姿をはっきり捉えられる距離まで近づくと、進行を止めた。騎馬の兵士たちは、十数人。それぞれ武装していた。


「随分と仰々しいな。狙いはわたしたちか?」

「どうだろうな。……ここは様子を見よう」


 素早く小声で言い交わすと、部隊の先頭にいた男が馬を下りた。口髭を生やした、白髪交じりで小太りの初老の男だった。


「ユリウス殿下の近衛騎士、アーネスト殿とお見受けいたす」



 アーネストがエディリーンを男の視線から隠すようにして、一歩前に出る。


「その通りだ、ルーサー卿。貴公は、このような場所でどうしたのだ?」


 男はねっとりとした笑みを浮かべる。


「いえ、昨晩、この近くで何か騒ぎがあったと、領民から通報がありましてな。調べに来てみれば、ユリウス殿下の片腕と名高い貴殿がおられるではないですか。しかもお怪我をされているご様子。我が城で手当てをいたしますので、ゆっくりお話をお聞かせ願えませぬかな? そちらのお嬢さんも一緒に」


 ルーサー卿は値踏みするような視線をエディリーンに向ける。


「我々がその騒ぎに関わっていると?」


 アーネストが視線を鋭くすると、ルーサー卿は滅相もない、と大仰に首を横に振る。


「しかし、アーネスト殿はリーリエ砦での戦に参加していると思っておりましたが。このような所で、どうされたのです?」

「緊急の用で、王都まで戻っていたのだ。砦へ急いでいる。通してもらえないか」


 涼しい顔で適当な言い訳を述べたが、それで引き下がる相手ではなかった。


「それならば尚更、我が城で休んで行かれてはいかがです?」

「それはありがたいが、我々は急いでいる。馬を貸してもらえないだろうか? それだけで構わない」

「それは出来かねますな。我が領内で起こったことは、領主として把握する義務がありますので。ともかく、話を聞かせていただかないと」


 話している間に、周りを兵士たちにぐるりと囲まれていた。逃げ道はない。

 エディリーンが剣の柄に手をかけるが、アーネストは手でそれを制した。


「承知した。だが、できるだけ手短に頼みたい」



 二人は武装した騎馬の兵士たちに囲まれながら移動した。時々道を通る商人や旅人たちも、物々しい一団を目にすると、慌てて跪いて道を譲る。


「……おい」


 エディリーンが小声で話しかけてくる。


「この先から、これと同じ魔力を感じる」


 言いながら、布に包んで背負った例の魔導書と、ユリウス王子の剣を指す。


「本当か?」

「ああ。それに、あの男、わたしを〝お嬢さん〞と言った。この形で、わたしを一目で女と見抜くなんておかしい。現れたタイミングも良すぎる。絶対何かあるぞ」


 それはアーネストもわかっていた。しかし、強行突破して進むには都合が悪い。

 ほどなくして、ルーサー卿の居城が見えてきた。この城は、国境近くということもあり、いざという時のために砦としても使える、堅牢な造りになっていた。周囲は堀で囲まれ、跳ね橋を下ろさなければ出入りすることができない。

 さっさと話を終わらせて抜け出す算段をしたいところだったが、城に着くと二人は別々の部屋に案内されてしまった。

 城の小間使いに案内された先は、湯殿だった。ご丁寧に、替えの衣服まで用意してあった。


「湯浴みなどしている場合ではないのだ。ルーサー卿と話をさせてほしい」


 そう言ってみるも、


「まずは旅の汚れを落としてからでないと、ご案内できかねます」


 小間使いもよく訓練されているようで、こちらの言葉に耳を貸す様子もない。

 仕方なく、アーネストは手早く身体を流し、用意してあった新しい衣服はありがたく頂戴することにした。一応、華美で動きにくいものではなく、実用的な簡素なものを出してくれた点は感謝することにした。武装解除もされず、荷物もそのまま持っていたが、油断しているのか、何か企んでいるのか。


 衣服を改めると、広間のような部屋に通された。中央には大きなテーブルや長椅子が置かれ、客間として使われているようだった。全体的に一見質素に見えるが、上品だが高価な調度品で整えられた部屋だった。要塞としての機能と、自分の住まいとしての機能を両立させた結果だろうか。

 テーブルの上には果物や焼き菓子、飲み物が置かれていた。しかし、毒でも盛られていたら困るので、それらに手を付ける気にはなれない。

 立っていても仕方がないので、長椅子に腰かけた。


 少し遅れて、エディリーンも小間使いに案内され、部屋にやってきた。彼女も同じく湯浴みをさせられたようで、返り血や埃を落としてさっぱりし、衣服も着替えていた。動きやすそうなものに変わりはないが、元々身に着けていたものより、生地も仕立てもしっかりしたもののようだった。裾には細かな刺繍が入っている。

 エディリーンはアーネストの姿を認めると、仏頂面で向かい側に腰かけた。

 近くに来ると、ふわりと花のような、淡くさわやかな香りが立ち上った。


「これは、香油か?」

「……髪に塗られた」


 ものすごく不本意だと、顔中に書いてあるようだった。


「風呂なんて一人で入れるっていうのに、小間使いがいちいち手伝おうとするし、髪にも肌にも色々付けようとしてくるし……貴族ってのはいつもこんな風なのか?」


 女物の服まで着せられそうになったと、尚もぶつぶつと苦情を述べる。それは女性なのだから仕方ないのではと思うアーネストだが、エディリーンにとっては大変不服なことのようだった。


「そういうものは、嫌いか?」


 アーネストの身近にいる女性たちは、髪や肌を磨き、良い香りを付け、ドレスや宝石で身を飾ることに熱心だった。庶民の女性でも化粧などはするものだと思っていたが、この少女はそういったものには興味がないようだった。


「別に、匂い自体は嫌いじゃないが……」


 エディリーンはうなじが見えるくらい短くした髪の先を鼻先に持ってきて、すんすんと匂いを確かめる。


「こんな匂いを付けてたら、身を隠す必要があった時に困るだろう」


 仕事に支障が出る、と少女は迷惑そうに呟いた。アーネストは苦笑する。


「それより、のんびりしている場合じゃないだろう。これからどうするつもりだ」


 エディリーンも、テーブルの上のものには手を付けようとしなかった。警戒することは同じのようなので、助かる。


「あちらの出方次第だな。本当に話を聞くだけで開放してくれればいいが、そんなつもりはないだろうし……」


 言いながらなんとなくドアノブに手をかけてみる。しかし、がちゃりと音がするのみで、扉が開くことはなかった。


「……案の定だな」

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