#2

 やがて森を抜け、街道に出た。

 砦までは徒歩で二日と少し。アーネストは途中まで馬を走らせ、一日でベアトリクスの住居まで辿り着いていたが、襲撃のせいで失ってしまっていた。

 エドワードは変わらずフードを被って歩いていた。暑苦しくはないのかとアーネストは思うが、エドワードは平然としている。

 道中、再びの襲撃を警戒していたが、特に異変はなく、天候にも恵まれる中、二人は南に向けて歩き続けた。


 日が落ちる頃、小さな街に着いた。野宿は免れることができそうだ。夕食時のようで、あちこちの家から料理の匂いが漂い、露店も軽食や弁当を買い求める男たちで賑わっていた。

 二人は宿を探し、部屋を取ろうとした。ところが、


「一部屋しか空いていない?」

「はい。今日はあいにく、盛況をいただいておりまして……」


 二部屋取りたいと言ったアーネストに、宿屋の主人は申し訳なさそうに言う。アーネストは傍らの少年を振り返り、


「どうする?」


 この街に、他に宿屋はないようだった。


「別に問題ないだろう」


 少年は何でもないように答える。


「いや、しかし……」


 困ったように言い募ろうとするアーネストを、エドワードはじろりと睨む。


「何か、問題でも?」

「……君がいいなら、いいんだが……」


 フードの下から覗く深淵のような瞳に威圧され、アーネストはそれ以上言うのをやめた。


 宿代を支払い、部屋に通してもらう。

 通されたのは、二階の一室だった。両方の壁に沿って寝台が二つあり、間に窓がある。窓辺には小さなテーブルがあり、水差しが置かれていた。


「なんだ、貴族のお坊ちゃんは、こんな狭いところに泊まるのは嫌なのか?」


 あからさまな嫌味は無視し、


「そういうわけではない。これでも軍人だからな。野宿だって慣れている」


 アーネストが懸念しているのはそこではないのだが、エドワードが触れないのであれば、それ以上は何も言えなかった。



 二人は部屋に荷物を置くと、階下の食堂で食事を摂ることにした。焼きたてのパンに、野菜のたっぷり入ったスープ、甘辛いタレをつけてこんがり焼いた鶏肉など、手の込んだものではないが、できたての温かい食事は、身体に染み渡った。

 食事を終えると、早々に就寝した。必要な情報交換以外、交わされる言葉は少ないが、今日あったばかりの人間同士、気の置けない友人というわけでもない。しばらくの間、協力関係にあるだけだ。それで構わない。


 そして深夜、明かりの消えた窓の下に忍び寄る影があった。黒装束に身を包み、顔を隠している。

 人影は二つ。周囲を警戒しながら、窓から目標の部屋に侵入する。

 侵入者は、目標の二人が寝息を立てているのを確認すると、その首筋に、銀色に光る細い刃を突き立てようとした。

 瞬間、


「――!」


 侵入者たちの手から、刃が弾かれた。

 アーネストとエドワードは素早く起き上がって侵入者を捕えようとするが、すんでのところで距離を取られてしまう。


「なんだ、起きてたのか」


 エドワードは短剣の切っ先を襲撃者たちに向けながら、アーネストを横目で見やる。


「君こそ。流石だな」


 一応眠ってはいたのだが、二人とも何かあればすぐに起きて行動できるよう訓練を積んでいた。

 短く言葉を交わす間に、初手で目的を果たしそびれた襲撃者も、態勢を整えていた。


「ただの野盗じゃなさそうだな」

「ああ。俺たちが狙いだろうな」

「最初にあんたを襲っていた連中と同じか? だとすれば第一王子派の人間か?」


 襲撃者は、二人に向かって鋭く腕を振る。その手から放たれたのは、細い銀色の刃だった。

 二人はそれぞれ、短剣で難なくそれを打ち落とす。しかし敵もそれだけでは終わらず、短剣を構えて突進してくる。

 エドワードは荷物を敵に投げつけてそれを止めた。敵が怯んだ隙に、荷物を窓から放り投げて、自分も飛び降りる。一瞬呆気にとられたが、アーネストもすぐに続いた。

 狭い室内で長剣を振り回すことはできないし、間合いの短い武器を使う相手の方が有利だった。場所を変えた方がいい。


 最初に助けられた時も思ったが、この少年、かなりの使い手のようだった。戦いを切り抜けるために考えることも似ているようだ。とっさの判断力も行動力も、年下とは思えない。

 地面に降り立ち、襲撃者を迎え撃とうとした瞬間、


「伏せろ!」


 エドワードが叫んで、掌を前に掲げる。

 その刹那見えたのは、どこからか放たれた、矢のような細く鋭い光だった。魔術による攻撃だった。しかし、飛んできたそれは、エドワードが展開した障壁によって霧散する。


「走るぞ!」


 エドワードが先に駆け出す。アーネストもその後に続いた。

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