第一章 魔法使いの弟子
#1
男は鬱蒼と木々の生い茂る森の中を、抜身の剣を握ったまま、ひたすらに駆けていた。追手は五人ほど。それぞれ剣に斧、弓など武器を携えていた。
追手の一人が、細い短剣を男に向かって投げる。しかし、木々に阻まれ狙いは定まらない。
男の息は乱れ、疲労の色が濃く見える。本来は美しく輝いていたであろう金色の髪も、仕立ての良い衣服も、血と泥で汚れていた。しかし、ここで斃れるわけにはいかない理由が、彼にはあった。
ある程度距離を空けたところで、岩陰に駆け込んで気配を殺す。相手はこちらを見失ったようだが、この足場の悪い中で動けば即座に見つかる。何とか倒すしかない。
静かに息を整え、機を伺う。敵の一人が、辺りを警戒しながら、男の潜む岩陰に近付いてくる。一歩で距離を詰められるところで、男は岩陰から跳び出し、敵を一太刀で斬り伏せた。
しかし、すぐさま横からもう一人が斬りかかってくる。一瞬斬り結んだ後、姿勢を低くして相手の腹を蹴り飛ばす。背後から更にもう一人。飛び退くも躱し切れず、敵の剣が左肩を深く裂いた。鮮血が散る。
距離を取ろうとしたが、空気を切り裂く音がして、右の脇腹を矢がかすめた。
男は剣を構えて敵を睨み据えるが、残りの一人も合流して相手は三人。相手も油断なく武器を構え、じりじりと距離を詰めてくる。流石に分が悪い。
どこかに活路はないか。思考は焦るが、状況を変える要因は何一つない。
敵が一斉に襲いかかってこようとしたその瞬間、一本の矢が敵の一人の胸を貫いた。
彼は驚愕の表情を浮かべて崩れ落ちていく。今のはどこから――上か。
矢が飛んできたと思われる方向に、全員の目が向く。瞬間、そこから人影が飛び降りてきた。
男たちよりやや小柄な、少年だろうか? その人影は、着地から立ち上がる勢いで腰の剣を抜き放ち、敵の一人の腹から肩口までを斬る。あまりの早業に残る一人が目を見開いているうちに、返す刃を一閃。太ももを深く斬られた男は苦悶の声を上げながらその場に崩れ落ちる。
相手全員の戦闘不能を確認すると、少年は剣の露を軽く払った。無駄のない、流れるような動作だった。
助けてくれたのだろうか。しかし、どこの手の者か。
男は脇腹の傷を抑えながら、その人物を観察する。
自分より幾分年下だろうか。十代の後半くらいに見える。服装は実用一辺倒な、簡素なシャツとズボンに革のブーツ。腰まで覆う黒いケープを纏い、フードを目深に被っているが、滑らかな白い肌と、人形のように整った目鼻立ちが見て取れた。特筆すべきは、フードの隙間から覗く、淡い色の髪だった。薄雲がかかった空のような色の、珍しい髪の色。それとは反対の、夜空のような深い青の瞳が、こちらを見据えていた。
出血で半ば朦朧としながら、男は少年に向き直った。
「……どなたか存じないが、ご助力感謝する。わたしは……」
名乗ろうとした矢先、少年はずかずかと大股で男に接近し、
「助けたわけじゃない」
次の瞬間、男の喉元に剣を突き付けていた。
「何故、貴様がそれを持っている。答えろ」
凄みを効かせた声で、少年は言う。
少しでも動いたら皮膚を裂かれそうな距離だ。男は慎重に口を開こうとするが、疲労と出血で目の前が暗くなりかける。
まだだ。ここではまだ、死ねない。
しかし、意思に反して視界がぐらりと傾く。少年が慌てて剣を引くのを目の端に捉えて、意識が闇に落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます