第6話
「…姉?」
「…
両掌を揺らしながら蔑むようにそう尋ねる
「わかりました、もう結構です。嫁入りする気はありません」
私自身のことなんてどうだって良い。
粗雑に扱われようと丁寧に手入れをされようと、道具は道具で使い捨て。
その程度の認識しかされないだけの人生は、生まれて間もなく約束されたことだ。
でも。命よりも大事な私の姉が─例えそれが見せかけだけのまやかしだったとしても、幸せに暮らせるのなら、と─。
「それじゃあ、次は嫌な話をしようか」
背後から、鈍い音が二度響いた。咄嗟に振り向こうとした、刹那。
「反逆の意思有りとして、アンタら一家の公開処刑が決まった」
後頭部に、激しい衝撃。同時に、脳みそを揺さぶられるような強い鈍痛。
傾く視界は、横を向いて静止する。感覚が鈍い。
開けたままの家の扉。点滅する視界の端に、半開きの襖が見えた。
─あぁ、良かった。起きてない。
その安堵が脳内で言語化される前に、意識が潰えた。
早朝。鬼人の村南部に位置する闘技場。
村人の殆どがその約6m四方の台を取り囲む様にして経過を見守る。
壇上には大斧を掲げる村長とその孫。そして、後ろ手を縄に繋がれた3人の『反乱分子』。
「此れより
村長の荘厳な声が響いた後、どっと大きな歓声が沸き上がる。
─悪趣味な野次馬共だ。
公開処刑とは言いつつも形式が半分。胡座をかいて俯いている様に見える父親は、昨晩の時点で既に事切れている。
母親と共に逃亡を試みて、殴り殺された。その光景を目の前で見ていたから、分かる。
母親の方も散々痛めつけられて、死の恐怖に怯え暴れる気力もないらしい。私の隣で静かに涙を流しながら地を見つめている。
─ざくり、と骨を断った音。噴き出る様な水音。ごとり、と重い物が地に転がる音。
再び、歓声が沸き上がる。
私はというと、何故だか不自然なくらいに心が落ち着いている。
いずれどこかでこうなるのは決まっていた事だった。その為に生まれ、育てられたのだから。
仮に実行に移す段階まで生き延びたとして、結果は同じ。両親に背いても殺されていただろう。嫁入りを選んでもただの孕み袋で一生を終えるだけだ。
手を汚した訳ではないし、先に待つのは生き地獄でもない。汚名を着せられて死ぬ”だけ”なのだから、むしろ終わりとしては最良ではないだろうか。
─小さな悲鳴。再びの斬首音。広がる赤い水溜りが視界の端に映る。
歓声は、収まらない。
唯一の心残りは、家に残った姉の事だ。
一晩寝て、少しは体調も良くなっただろうか。
背中を擦ってあげなければ、苦しくはないだろうか。
私が死んでも、誰かが気にかけてくれるだろうか。
「私の代わりに、姉を」
届くはずもないそんな願いを、あの子に向けて。
遺言代わりに小さく呟いた。
鉄の重く冷たい感触が首筋に迫って来る。そっと、瞼を閉じた。
死の実感は湧いていない。走馬灯も見えない。
このまま静かに、穏やかな気持ちで死ねるのなら、私は─
「待って!!」
焦燥と悲壮を纏った聞き馴染みのある声が、鼓膜を揺さぶる。
同時に、脇から飛び出してきた小さな身体が私に覆い被さる。
鼓動が、途端に早まっていく。
「だめ。
私を力強く抱き締めたまま、殺させまいと叫ぶ少女。
最期の望みを託した、私の唯一の友人。
「やめて、小春さん…!」
「いやだ!
大粒の涙が、私の見つめる地に滴り落ちた。
「だからだめ!嫌だ!処刑なんて違う、おかしい!」
顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、私の直ぐ横で泣き喚いている彼女の。
─その背中に、血のこびりついた大斧が振り下ろされる。
初めて君を見た時、俺は大層驚いたんだ。
頬も、鼻も。澄んだ赤い瞳も。
死んだ嫁の、
自分の怪我は飄々と笑い飛ばすくせに俺や小春のかすり傷一つにおろおろ、大慌て。
勝ち気な女。なのに、周りの事は気にし過ぎる。それが、一時は鬱陶しかった。
だから大狼の子から殺って親の怒りを買った俺を庇って、崖底にあいつを突き落とす事になったんだ。
小春の弩級のお人好しは
『
『
『
『どうしたら、いいのかなぁ』
母親を失って悲しみに暮れていたあの子の、支えになってくれていた少女。
毎晩のように泣いていたあの子が忘れていた笑顔を、思い出させてくれた少女。
俺では出来なかった事だ。
だから、小春は。
『─小春の事、お願い』
足は、既に動いていた。
ざくり、と鈍い音が響く。身体に小春の体重が圧し掛かる。
時間が止まったような心地だ。広場がしん、と静まり返る。
しかしそれは、次に聞こえた悲鳴に打ち破られる。
「─お父さん!!」
小春さんの声。
見上げた先には、斧を肩で受け止めて大量の血を噴き出す
咳き込む
「こは、る」
掠れた声で、愛娘の名を呼ぶ彼。あの時と同じ、少しぎこちない笑顔を浮かべながら。
「に、げろ」
その言葉とほぼ同時に、柄を握り締めていた
─怒りが、湧いた。
苦痛に顔を歪める
長くない、と悟ってしまう。
「い、や…」
目を見開き尻餅をついて硬直していた小春さんが、声を震わせる。
それに対し
─だから、頑張れ。
全力を込めて足を突き出し、斧の柄を真下から蹴り折った。
「!」
火傷は気にしていられない。否。頭に血が登って、そんな事は気にならない。
吹き飛んだ斧は後方に真っ直ぐ飛んで木に突き刺さった。
「反抗か、
「お前の首が手土産なら、潔く死んでやりますよ。
じり、と睨み合う。互いの出方を伺うように。
角を隠す必要はもう無い。溜めた魔力も、少しずつ開放していく。
「─ッし」
歯の隙間から息を抜きつつ、強く踏み込み距離を詰めた。
魔力を集め、握り込んだ拳をまず一発。頭部めがけて振るったそれを、男は片腕で受け止めた。
硬い。鉄の壁を殴っているような錯覚すら覚えるほどに。腕が痺れる。
「ふ、ゥ──」
獲物はない。へし折った斧も遠く、周囲は村人に囲まれている。
体を捻って回し、蹴りを入れる。低めに狙ったが、逆の腕で握り止められた。
そのまま足を引かれ、体勢を崩す。間髪入れずに骨をも容易に砕き割る拳が、一直線に向かって来た。
「ぐッ─!」
咄嗟に腹部に魔力を集中。クッション代わりに受け止めてダメージは抑えたものの、勢いを殺しきれず後方に身体が吹き飛んだ。
一撃一撃が致命傷足りうる、凶悪な威力。
人体のあらゆる器官に目玉とセンサーを取り付けた様な反射速度。
眉を顰め冷や汗を垂らしながら、再び戦闘態勢を整える。
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