第5話
実力至上主義の鬼人社会は遠い昔に始まって、終わった。
殴り合いで村の長を決める時代はとうの昔に置いていかれた。
最後に一度勝っただけの頭の硬ェ一族が、代々頂点で偉ぶってる。
「くッだらねェ」
ガキの頃からの口癖だ。
数だけの
娯楽も飯もろくな物が無ェこんな場所に、生涯縛り付ける規則が。
一人が逆を向いただけで後ろ指指されて蔑まれるこの世界が
そんな奴らを相手に、意地張ってる俺自身が。
森を抜けて北東に見える人間の王国、ディアーネ。
かつて一万の兵を率いて鬼人の猛攻を凌ぎ、抑え込んだ女王の名を冠する風の都市。
中世風の石造りの家が立ち並び、至る所で風車が回る。
通りの一角。優雅な雰囲気の漂うカジノのカウンターに、男は座る。
他の参加者と並び、フード付きのローブを深く被り直しながら、チップを滑らせた。
アップカードはクラブのA。ざわつく客を尻目に頬杖を突き、配られたトランプに目を向け。
彼の持ち手はハートの9とハートの8。
「─ヒット」
躊躇無く、そう告げる。配られたトランプはクラブの2。
合計は、19点。男は眉間に皺を寄せた。暫しの沈黙が続く。
緩りと顔を上げ、ディーラーに向けて男はもう一度告げた。
「ヒット」
刹那、彼の後ろを通る客が表情を歪める。
彼が引いたのは、スペードのA。20点。誰もが間違いなく勝負に出る場面。
しかし、彼は違った。
「見てけよ、おっさん。面白ェぞ」
背後を通ろうとした、中年男性の裾を掴む。不気味に口角を歪め、男は告げた。
「…ヒット」
中年男性はぎょっとした。バーストは免れないであろう手札でのヒット宣告。
見れば、男の賭けているチップはテーブルで最も多い。それだけの金額を、一度に投げ打つつもりか─と、開いた口が止まった。
「ほら、やっぱりな。ダイヤが来ねェと思ったンだよ」
男が手にしたカードは、ダイヤのA。21点、ブラックジャックでの勝利だ。
「いやァ、勝った勝った!」
げらげらと大きな声で笑いながら、山のように札束と貨幣の入った袋を担ぎ上げる男。
片手には酒の入ったジョッキを握り、畦道を千鳥足で歩く夫婦。
「イカサマでもしたんじゃないの、って皆睨んでたけど~?」
「俺がそんなくだらねェ事するかよ。運と勘が良いのが取り柄だからな」
「知ってる~ッ。ポーカーとか負けたこと無いもんね、
女─
わざとらしく、「おっとっとォ~」などと言いながら大きくよろける仕草を取るのは、
二人は、毎晩のように『森の外へ出る事を禁ずる』村の唯一絶対の規則を無視。
子供を放り、角を隠してディアーネへ遊びに出かけ、ギャンブルで金を増やしては豪勢な食事と酒で腹を満たしている。
「…ン?」
木々の隙間から、家が見える頃。そこで、
「─お。ようやっと帰ってきたな、お二人さん」
派手な紫色の着物を着た男は、
「
「失せろ。邪魔だ」
一本角故に力量不足とされ、当主の座に就く事も叶わなかった同類だ。
「そうお硬いこと言うなよ。此れはアンタらにとっても悪い話じゃないんだぜ?」
「
面食いな上にべろべろに酔っ払っている
「…聞くだけだ。さっさと言え」
に、と歯を見せて、
「…お姉ちゃん?」
押し入れの中で蹲る姉の様子が、おかしい。
頭を抱え、紅潮した顔は苦しそうに歪んでいる。
床を見つめて唸り声を上げながら、荒い呼吸を繰り返す。
「お姉ちゃん?私のこと、分かる?」
側に寄り、額に手を添える。
高熱。ここ最近の夜は冷え込んでいたから、そのせいだろうか。
背中を撫でながら呼びかけるも返答らしい反応は無く、朦朧としている。
氷か何かで頭を冷やそうと思い至るも、私は氷の魔法が使えない。
魔法というのは、魔力というエネルギーの特殊な性質を活かした原理だ。
「回路」と呼ばれる特殊な文様を描くように魔力を流動させることで、魔力は全く異なる性質を示す。
体内の魔力はその主の意思によってある程度流れを操作できる為、指先などから外へ放出するように回路を描くことで魔法を発生させることが出来るというものだ。
空中をキャンバス、魔力を絵の具に見立てて回路という文様を描くような物だと思えば良い。
私が知っているのは炎と水、風の魔法。それから、傷を癒やす回復魔法のみ。
せめて痛みだけでも和らげようと、頭部に回復魔法を回す。苦しむ姉に何もしてあげられない不甲斐なさに歯を軋ませていると
「…のぞ、み、ちゃん」
掠れるような声で、姉が私の名前を呼んだ。
「どうしたの、お姉ちゃん」
「手…にぎ、って…?」
ぷるぷると震わせながら、細い手を差し出してくる姉。言葉も返さず直ぐ様その手を握り反対で姉を抱き寄せた。
「大丈夫だよ。私、隣にいるからね。安心して平気だよ、お姉ちゃん」
「ん、…あった、かい」
回復魔法の効果は無さそうだが、背中を撫でながら喋りかけて上げていると少しずつ落ち着いてきたらしい。
頬を綻ばせ、自身の膝に頭を埋める。しばらく様子を見ていると少しずつ呼吸が落ち着いてきた。
しっかり眠ったのを確認した頃。…外から、話し声が聞こえてきた。
「─アンタらの娘を、ウチの息子に娶らせたい」
「…あ?」
アテの外れから突っ込んできた一言に、二人の酔いが冷めていく。
「勿論、アンタら両親もウチで住めるし、家族と同じ待遇だ。屋敷は広いし安全で、飯も潤沢。良いモンだぜ」
こんな村はずれじゃ、獣害も酷そうだしな。と、へこんだ家の壁に目を向けながら
焦る
「断る。どンだけ好待遇だろうと、てめェらと同じ屋根の下で暮らす時点で論外だ」
「ははッ。嫌われちまったもんだね。まぁ、そりゃそうか」
「んじゃあ、しょうがねぇ。次は─」
「…あの」
三人の視線が、一気に声の先に向く。
「
角を隠させているのも。村長への反逆も。全ては親のエゴでしかない。
待遇も環境も恵まれた村長の下で暮らせるともなれば、子供の回答は明らかだろう。
それを理解しているが故に、彼女は言ったのだ。『貴女は、中に居なさい』と。
しかし、家から顔を出す
「─姉は、どうなるんですか?」
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