第2話

今日は不作だった。

6つ仕掛けた罠の内、掛かった獲物は小振りの魔鳥と子供の猪狼。おまけに猪狼を捕らえた罠が壊れてしまった。

直そうにも籠の素材となる血の巡らない木は、森の外周を囲むようにしか存在しない。

戦力外の私と西河せいがさんだけでは心許ないし、そもそも私が居る時点で大体の村人が同行を拒否するだろう。

私達ひろ家は村では腫れ物扱いだ。詳しいことは知らないが、両親の祖父母の世代が村長の一家と揉めて処刑されたらしい。

家は村の最端。間に合わせの壁と天井には穴が開いている。狭い部屋が大きく分けて二つ。食事部屋と両親の部屋だ。私は一日の大半を外で過ごす。

行くところもなければ、話す相手も居ない。ただ家が狭いから、出て行けと怒鳴られる。

西河せいがさんは2人家族、私は4人家族。週に二度の狩りは3日後。両親はどうせ外で食べてくるだろうが、それでも山分けではどう振り分けても食料が足りない。

備蓄が有るから全て譲る、と西河さんは言っていたがそれは拒否した。

…のだが。結局鳥一羽を丸々と、猪肉も半分ほど貰ってしまった。

少年らや鳳我ほうがの様に自分の手で獲物を狩ることが出来れば、西河さんに気を遣わせる必要も無いのに。

苦しい生活を強いられなくて済むのに。

─姉に、苦しい生活を強いる必要も、無いのに。


扉を開けて、家に入る。両親は居なかった。今日もまた外に出ている。人間の街で、美味しい食事で腹を満たしているのだろう。

森の外に出るのは村の規則で禁止されているのにも関わらず、だ。

玄関先に積まれた紙束を退けて、両親の部屋に向かう。押し入れを開くと、彼女は今日もそこに蹲って居た。


「…あっ。おかえり、希望のぞみちゃん」

「ただいま、お姉ちゃん」


雪のような真っ白な髪を揺らして、少女は顔を見合わせる。白子と名付けられた、私の姉。

色白ですぐに日に焼けてしまう肌は、青あざと切り傷で、凄惨に彩られている。

最近の父親は私に当たることも増えて、姉への暴力は減ってきたと思ったのだが。

細める目の色は綺麗な淡青。私も両親も目は赤色だから─もっとも、根底の理由は別にあるが─外の人間の男と作った子じゃないか、と喧嘩していたこともあるのだとか。

顔は私とも父親とも似ているから、血は繋がっていると思う。

簡単に折れてしまいそうな細い四肢。やつれて浮き上がる頬骨。土と血が所々にべっとりとへばりついて汚れてしまっている。

着物も、丈の合わない小さい物をぼろぼろになっても使い古すのを見るとやはり心が痛む。

通貨のない村だから、基本の交易は物々交換だ。

うちの家財なんて両親が持ってくる数字と人の顔が描かれた紙束の山くらい。外の通貨など紙屑同然のこの場所では、何の意味も為さない。

「…お母さんたちは?」

「うぅん、と。多分、お外。ついさっき、出ていったから、…夜まで、帰ってこないんじゃないかなぁ」

「そっか。じゃあ、お風呂に入ろう?手当てして、綺麗になって。それから、ご飯。お腹、減ったでしょ?」

手当と言っても変に包帯を巻いたり私が世話をした痕跡を残したりすると、両親が騒ぎ立てる。だから最低限の回復魔法を施すくらいしか、出来ることはないが。



回復魔法など、継続して魔法の効果を発生させたい際は周囲の魔力を巻き込むイメージで術を組むと安定しやすい。

応用的では有るが、魔法を用いた戦闘を行う人間にとっては重要なテクニックだ。

体内の魔力には限りがあり、無計画に吐き出し続ければ当然枯渇する。

故に、周囲の無尽蔵の魔力に大半を賄わせることで消費を最低限に抑える手法である。

しかし鬼人にはそうする必要がない。「角」が有るからだ。

鬼人の角は謂わば魔力タンク。流動し続け一箇所に留めることのできないとされる魔力を貯めていられる特殊な器官になっている。

通常は親指程度の大きさだが、吸った魔力が貯まるにつれて最終的には2、3倍にまで膨張。

見た目に反してその貯蓄量は凄まじく、一本角でも唯の人間の6倍程の魔力を保管・使用できる。

魔力というのは、不可思議のエネルギー。自然から湧き出るものという共通の見解はあるものの、その実人間たちの技術を持ってしても殆どが解明されていない。

大気中に充満するそれは常に流動し続ける。そして、「魔法」の発動に必要な物だという事だけが分かっている。

故に、鬼人の強さの指標は角の本数と大きさだ。

角が多く大きいほど体内に蓄えていられるエネルギー量が増し、より強く、早く、長く動き続ける事ができる。

例を挙げれば小春の角は小角と呼ばれる、平均の半分ほどの小さな角だ。

小角持ちの殆どは戦闘能力が低い代わりに手先が器用な特徴がある。故に、機織りの職に就く事が多い。

逆に、鳳我ほうがの持つ大角は平均の倍程度。それが三本もあれば、街一つを吹き飛ばす大魔術を撃ち放つにも困らないだろう。

そしてそれは、彼らが人間から隠れて森で暮らしている理由でも有る。

角を狙った人間達の虐殺行為に反旗を翻した300人の鬼人と1万の兵との、百年前の全面戦争。

それに敗北した鬼人の内、命からがら生き延びて森に集落を築いたうちの一人が鬼神家初代頭領─現村長の曾祖父にあたる。


粗方治療を終えた所で姉を連れ、日陰を通って家の裏側へと歩を進める。

穴を掘って網を敷き、薪をくべて上に石製の浴槽を置く。そこへ魔法で水を張っただけの簡素な風呂だ

炎魔法を用いて湯を沸かす間に、姉は服を脱ぐ。風邪を引かないように、起こした火に当たりながら


風呂に浸かる白子の長い髪を洗う希望のぞみ。土を洗い落とし、毛先を整える。

「今日は、大丈夫だった?怪我とか、してない…?」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんこそ、また殴られたんでしょ。痛むようならお風呂上がりにもう一回、回復魔法かけるけど、どうする?」

ふるふる、と首を左右に振り、笑顔で平気をアピールする白子。

「西河さんが、魔鳥を一羽丸々譲ってくれたから。節約しながらだけど、今週はちゃんと食べれるからね」

「ふふっ。優しいお友達だね。お礼、言えたら良いんだけど」

そう言うと、白子は少し俯いて、悲しげに続けた。

「わたしと会って、希望のぞみちゃんとの仲が悪くなっちゃったら、嫌だし」

そんなことは、と言いかけてやめた。根拠の無いこういう言葉が、姉を最も傷つけると分かっているからだ。


「わたし、角無しだから」

彼女の頭部には、角がない。鬼人の証アイデンティティであり強さの象徴ステータスである角が、欠落した状態で生まれた、唯一の鬼人。

それが希望のぞみの姉であり、鬼人を名乗ることすら許されず、腫れ物一家の腫れ物とまで揶揄される「角無し白子はぐれもの」だ。

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