第2話 風の音1-2
少年がやってくる日、面白いもの見たさに、近くに住む男達やその家族が集まっていた。
馬車が屋敷に横づけされ、少年と何人かの北の民の役人が降りてくる。
玄関の扉から人々が両脇に並び、奥に待つル・レオンの方に進む一行を眺め、「この少年か、細っこい…」「これでル・レオン殿の相手が務まるのか…」「あの腰…」「今夜これら…」聞こえよがしに下卑た言葉が飛ぶ。
淡い茶色の短かな髪、柔らかなゆったりとした衣からも想像できる白い肌と長い手足。優美な歩き方であったがうつむき、緊張からかふらついて見えた。
「ル・レオン殿、北の王陛下より、先の戦での功労に報いる褒美の品、届けに参りましたぞ」
ついこの間まで、毛皮でゴワゴワだった役人がミストリア風に着飾り、覚えたての上品な口ぶりで王からの言葉を述べた。
「ほら行け」と役人にこつかれた少年は数歩前に出た。体を起こすとゆるゆると前の男に目をやる。そんな彼に言葉の暴力は続いた。
「こないだ首を切られた王子の恋人らしいぜ」「ああ、あの細い首のヤツラかっ」
「命乞いする勇気もねぇ位弱っちくて…」
少年は震えながら顔を上げ、
「アルフ・ディンでございます、殿下、北の王の命により…」
「一家一族の首がコロコロ転がってよぉ!」
アルフは小さな悲鳴の様な声を上げた、そしてその瞬間力が抜け、
「!」
ル・レオンがとっさに駆け寄り腕に受けた、なんて、細く軽い体なんだ…?
そして腕に抱いた瞬間、少年の腕はつよくこわばり「拒否」を感じた。
少年は目を閉じ、起き上がらなかった。
「アルフ殿!!」
見物の者たちをかき分けミストリアの初老の男がかけより、涙を流しながらアルフの体をゆすった
「アルフ殿、アルフ殿、どうされ、どう、どう…」
涙を流しながら酷く取り乱した。
「お前は、何者だ?」
自分もどうすればよいのかわからず大きな声で問うと、男は「ヒィ」と声を上げ、ひれ伏した。
「ア、アルフ殿の、その、おそばに仕えている者で、ございます、はい、セルレアと申します、アルフ殿の…」
「酷い熱じゃないか、何故今日連れてきた、またの日に…」
…負けた国の者の事など考えない、褒美の品なのだから、届け物なのだから…
ニヤニヤ顔の役人にル・レオンは舌打ちした。
「ル・レオン、陛下のお心遣い、確かに受け取った、ご苦労だった」
少年を抱き上げ奥へと向かった。まだついていこうとする野次馬達をガラム・ラムが手際よく追い散らす。
セルレアは腰を低くしたまま、その後ろに付き従った。
「アルフの、部屋へ、医者を呼べ、早く!手当の者も…」
ル・レオンを知る者は、彼がこんなに動転している姿を見た事がなかった。
アルフの為に用意されていた部屋の寝台に横たえ、額を撫でる。
熱い。首や腕も、熱い。先ほどとは違い呼吸は乱れ、薄く開けられた目から涙がこぼれた。
「どうした?」
頬に手をやると、少年は抗うように小さく首を傾けた。
涙が流れ、意識がなくなった。
「アルフ、ど、のーーー!!」
セルレアがしがみつき、ゆすり、嗚咽した。
ミステリア人の医者がやってきて、人々を部屋から出す。
セルレアはそばにいようと最後まで抵抗したが、ル・レオンはその首根っこをつかんで引きずり出した。
「いつからだ、いつからこのように!」
「ずっと、ずっとふさぎこんでおられ、、、ひぃぃぃっ」
背の高い支配者ににらみつけられ、セルレアは蜘蛛のようにひれ伏した。
ミストリアが北の王に支配された後、音楽、絵画、踊り等に優れた者たちが集う王立芸術院に所属していた者たちは危害を加えられぬ様、数か所に集められ保護された。アルフもその中に居たのだが、少なくない人数の行方は知れず、今後の不安に震えて過ごしていた。
医者が扉を開け、中から出てきた。ル・レオンは「どうだ」とどなりつけるように問う。
「緊張と疲れのせいであろうかと思います、殿下。…殿下、でよろしいか?」
呼称はどうでもいい、面倒なヤツだ…と続きを促す。
「休ませてあげてください、看護する者を残していきますから、その者が…」
「回復するのか、大丈夫なのか?」
大きな声に医者は顔をしかめた。
「まずは、その大きな声を控えめにお願いいたします、殿下、あの者にもよろしくありません」
「わかった」
ちっと舌打ちし、大股で部屋に入った。
寝台に座り、アルフを覗きこむ。少し呼吸が落ち着いたように見えたが、額は熱いままだった。
看護にのこされたミストリアの二人の女が数歩後ろに下がり、頭を垂れた。
医術につながるものは、この度の戦いで逃げることなく留まり、負傷した者たちの手当てにつくしたという。彼女たちの腕に戦禍で受けたのだろうか、傷の痕が見えた。
そんな時セルレアはもじもじと「殿下どうか殿下…」と声をかける。
「なんだ」
「今宵、その…今宵は無理でございます…」
「何がだ!」
ひっとセルレアは縮こまる。レオンは鼻を鳴らし幾分小さな声で再度問うた。
「何がだ」
「…とぎ…」…
「とぎ?」
「伽は無理でございます…」
レオンは息を飲んだ。
そうだ、褒賞に若い者を所望すれば、そう、夜の相手を所望したと思われるのだ。普通。
乱暴に立ちあがると数歩歩き、振り返ると縮こまるセルレアにル・レオンは言った。
「わかっている」
「どうかしばらくご容赦、ご容赦を…」
「高熱で意識のない者をどうにかしようと、俺はそんな…」
…そんな酷い人間ではないぞ…と言いかけてル・レオンは言葉を止めた。
セルレアがうらめしく見上げる目、ちらりとこちらを盗みみる看護の娘の目…
ああ、そうだ、俺達はこの者たちの国を力で奪ったのだ…
ル・レオンは顎をぐりっと撫でた。
そして「それは考えなくて良い」少年の額を撫で、立ち上がる。
「あとは任せた」
一同は深々と頭を垂れた。
翌日もその次の日もアルフの熱は下がらず、ル・レオンは何度も枕元に訪れては額に手をやった。
セルレアはずっとそばについているのか、げっそりしていた。看護の者がいるのだから休むようにと言うのにうなずきはするのだが、部屋から出ていない様だった。
「殿下が、おられない時に、少し目をさまされまして…何度かお薬を口にされました、はい、お医者さまは、ゆるゆる良くなると…」
自らが記憶を確認するようにうなずきながら彼は言う。
「そうか」
ル・レオンは頭を垂れる銀色の髪の男をまじまじと見た。
言葉も身のこなしも上品で、身なりにも気を使っている様子だ。
一介の踊り子の少年を、ここまで気にするのは何故なのか、またアルフは「ミストリアの最高の踊り手」の称号を持つ者ではないのに、一人一人にこんな従者が付いているのか、疑問だった。もしやミストリア奪還を狙う間者なのか…とも思ったがそんな雰囲気の男ではない。
「休め、お前も休め。今は俺が居る」
まずは、アルフが回復してくれれば…と、少年の額を撫でた。
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セルレアは館の外、回廊に出ると柱の段に腰かけた。
魂が抜けたように宙を眺め、ため息をつくと嗚咽した。
美しい邸宅だ。ここは確か、我がミストリア王のご親戚の方のお住まいだったはずだ、お名前はなんと言ったか…泣きながら思い出そうとしたが混乱した今の頭ではうまく記憶をたどり寄せられない。
彼は、ミストリアの王太子、フィン・ラ・ミストリアの教育係だった。
フィン王太子は落城の際、彼が一番信用をおいた者、長く仕えた者であるセルレアに自分の最後の言葉を、恋人アルフ・ディンに伝え、そして彼を助ける様にと命じた。
風の音が聞こえた。
この音は…、「千の塔」の音だ、風使いが風を操って出している音だ。
風使いは生きていたか。
モヤのかかった頭の中でも風の旋律はまっすぐに響いてきた。
久しぶりに聴く旋律に安堵し再び涙が流れた。
この音は忘れない。
ミストリアの、その魂は続いている。
セルレアは涙を拭いた。
アルフ・ディンを守らなければならない、その為に私は生かされた。
うん、とうなずいた。
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