千の塔に吹き抜ける風

泉城まう

第1話 風の音1

ミストリア国。

「千の塔の都」と呼ばれる王宮には、優美な装飾の高い塔が立ち並んでいる。

一段と高い塔のいくつかには、大小の風穴が開いており、吹き抜ける風に音が鳴る。

吹きこむ方向や強さを読み、穴の大きさを調整しながら塞ぐ事により、微妙な音程が生まれる。それ組み合わせ続けると、まるで楽器の様に美しい音楽を奏でるという。

その風をあやつる専門の職人を「風使い」という。


そんな繊細な音楽を愛する人々が住まうミストリアの都が、北の民族の侵入を受け奪われたのは、一瞬の出来事だった。

立ち並ぶ塔から、今まで鳴った事のない「警鐘」が響き、やがてそれが喧噪と怒号、馬車のきしみと馬の嘶きにかき消された。

音楽や絵画、踊り…穏やかな人々が住まう都だった。

周りの国々とも友好的であり、長きにわたり争いなどなかった。

新興の、安定した土地を持たぬ北の民族にとって、格好の獲物だった。

ミストリア王の一族は引き立てられ、古えの王達の彫像立ち並ぶ玉座の間で首を切られた。


若い北の王ル・カ・ククは入城に際し、破壊や略奪、暴行を禁じたが、礼儀を知らぬ野蛮人達、瀟洒な屋敷を荒し、美しいものを奪う。それは人に対しても行われた。多くの人々は隣国へ逃れたが、残っていた美姫たちは辱めを受け行方知れずになる者、自ら命を絶つ者が続出した。


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王が元ミストリア王家の城をわが物とし、しばらく経った頃。

遅れて北の民の女子供、老人たちが入り今までと違ったざわめきが街を覆いはじめた。ミストリアの人々が逃げ人が居なくなった住居や商店に、新たな持ち主たちが入り始める。逃げ遅れ隠れていたミストリア人は引き立てられたが、虐げることは禁じ、街の動きが滞らないように上手く取りこむようにと命じた。

屋敷に以前からの使用人が居ればそのまま仕える事を許した。そして「文化的な」暮らしを身に付けさせようとした。というのも、ル・カ・クク王の妻は、ミストリアに近い民族の出身で彼女の為にも少しでも文化的な事を取り入れたかった。

特に「芸術家を保護せよ」と命じた。自分たちが「野蛮人」と言われてきた故に、「文化」を学び自分たちのものにしたかったのだ。



瀟洒な元ミストリアの城が似合わない風体の者たちに占拠されていた。

北の者独特のやや浅黒い肌と黒い髪、ごつい体躯、知らぬ者が見れば、熊の集まりのようにさえ思える。

ザワザワと落ち着きない重臣たちとの朝議の席。

分厚くゴワゴワした毛皮を脱ぎ、ミストリア製の柔らかな着物を身にまとってみる者、今まで通りの獣臭く筋肉を見せびらかす装いの者も居る。

この城の新たな主となったル・カ・クク王はやや小柄だ。黒い巻き毛とキリリとした太い眉,彫りの深いはっきりとした顔だちにやや神経質そうな黒い瞳が輝いている。

入城からしばらくは統治の為の話合いばかりであったが、それも一段落し、集まった者たちの待ち望んでいた言葉が王の口から出た。

武功のあった者たちへの、褒賞。

どれだけのミストリア人を切ったやら、占拠に貢献したやらで、宝や美姫や屋敷を手に入れた。

喜びに机を叩いたり、隣の者をつついたり、不満がある者はあとで王に談判すると聞こえよがしに叫んだり。

王はそれらの姿を満足気に眺め、最後にそばに立ち控える武勇華々しい従兄弟ル・レオンにどういう褒美が欲しいかと問うた。

王なりに、褒美を思い描いていたのだが、長身の彼は一歩前に出ると、ある少年を所望する…と即答した。王は「うむ?」と身を乗り出しル・レオンはうなづくと名前を言った。征服したばかりの地に名を知るものが居るのか?


少年の名前は、アルフ・ディン。ミストリア王立舞踏団の若い踊り手、そして、亡きミストリア王家・王太子の恋人だった。

「ル・レオン殿は嫁を取らぬと思っていたら、男好きか」

下品に笑い、テーブルを打つ音が響いた。

ル・レオンは一瞥した。

一瞬でしんっとなる。細身だが鍛えられた肉体、そして勇敢で「獰猛」なのだ。いまだ北の民の衣装を身に着け、腰にはいつでも抜ける短刀があるのを皆が知っている。


「良い。それだけか?」

王は手を振り、ル・レオンがうなづくのに自分もニヤリと笑って応えた。



与えられた郊外の屋敷・領地にル・レオンと北の民の数家族が入ったのは数日後。

元の主は隣国に逃れ、残された使用人達をうまく使えるよう、彼は苦心した。

北の民は定住した事がなく、この様な大きな屋敷を持つのは初めてなのだ。

元々彼は武人で家内の事を考えるのは苦手だ。

反対に、若いころから付き従うガラム・ラムは、明るい髪色の陽気な男だ。口も上手く、「征服者」が憎まれない様、使用人達に取り入り、万事上手く動かしていく。


それからしばらくして、「褒賞の少年」がル・レオンに届けられるという知らせがあった。

開城に至る闘いで少年が死んだり、隣国へ逃れているかもしれない…という思いがあり、生きていた事にまず安堵した。











































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