第三章

モーニングお誘いコール

『先輩っ! 来週の日曜日、遊園地に行きましょうよ!』

「遊園地ぃ?」


 せっかくの休みだというのに、朝からエリカの元気いっぱい電話コールを受けた羽風はかぜは、やや不機嫌そうに返事をした。


『うっわ、めっちゃ機嫌悪いッスね。寝起きッスか?』

「寝起きどころか朝っぱらから電話で起こされりゃこんな口調になるよ」

『朝っぱらって……今もう九時ッスよ。ったく、先輩は寝起きが悪いンスから……』


 電話越しから、やれやれと呆れているエリカの態度が伝わってくる。そんなこと言われても、朝の弱い羽風にとっては、九時だろうが、早朝と同じだ。


『……で、行けるッスか? 遊園地っ!』


 改めて聞かれた羽風は、この先の予定を思い出す――否、思い出すまでもなく、何もなかった。


「ああ、なんの予定もないしな。……いいよ、行こうか」


 エリカは『わーい』とうれしそうに声をあげた。羽風は少し、微笑ましい気持ちになる。


『……あ! もちろんロジねぇも来れますよねっ!?』

「ああ、それは全然」


 話しながら、羽風はベッドから身体を起こした。もう二度寝という気分でもない。


『いや〜よかったッス! 実は、マネージャーからチケット三枚もらったンスよ! し・か・も、遊園地は遊園地でも、とびきり夢のある遊園地ッスよ!』


 エリカが言ってるのは、あの世界一有名なネズミのいる、大人気遊園地だ。


『来週が待ちきれないッス! 先輩、遅刻しないでくださいよ!』

「するとしたらお前だろ」


 羽風は、それじゃあ来週な、と言って、電話を切ろうとすると、エリカに呼び止められた。


『待って、先輩! 今ロジ姉もいっしょッスか? いたら電話代わってほしいッス!』

「ロジーにか? わかった。代わるからちょっと待ってろ」


 エリカは通話状態のままスマホを持ち歩き、リビングへと向かった。庭先で洗濯物を干しているロジーを見つけ、羽風は声をかける。


「おはようございます。博士。本日は休日のはずですが、お目覚めが早かったのですね」

「……ああ、エリカに起こされてよ。んで、そんなエリカがロジーと電話したいみたいだから、代わってやってくれ」

「かしこまりました」


 羽風はロジーにスマホを渡すと、顔を洗いに洗面所へと向かった。


 スマホを渡されたロジーは、「お電話代わりました。ロジーです」と話しかける。


『あ、ロジ姉! おはよッス! 来週の日曜日、三人で遊園地に行くッスよ!』

「遊園地、ですか」

『はいッス! ……で、今近くに先輩っているッスか?』


 ロジーは念のため周りを見回した。羽風は近くにはいない。


「……いえ、おりません」

『うぃッス。……いいッスか、ロジ姉。今回の遊園地、ウチらはただ遊ぶだけじゃないッスよ』

「遊園地はアトラクション巡りなどをして遊び、楽しむ場所ではないのですか?」


 遊園地に行ったことのないロジーだが、遊園地がそういう場所ということは知識としてある。何かまだあるのだろうか、とロジーは疑問に思った。


『もちろん、楽しむ所ッスけど……。それと同時に、遊園地は、先輩にアピールしまくる最高の舞台なんスよ!』

「アピールしまくる……?」


 そこでロジーはハッとした。そうだ、わたしは自分自身の恋に挑戦すると決めていた、と。博士に、振り向いてもらいたいと、そう思っていたのだ。


「はわわ」


 なぜだか、自然とそんな意味もなさない音が口から洩れてしまった。


『先輩と距離を縮める、この上ないチャンスッスからね!あとで作戦を送るッスから、確認しといてくださいッス!それじゃ!』


 エリカはそう言うと、電話を切った。

 スマホを耳に当てたまま、ロジーは呆然としていた。


「よお、ロジー。電話は終わったかー?」


 顔を洗ってスッキリした羽風が戻ってきた。ロジーはゆっくりと羽風を見ると、


「はわわ」


 と、また謎の声を発してしまっていた。


「……はわわ?」


 羽風は首を傾げた。ロジーは「いえ! 何でもありません!」と言うと、羽風にスマホを返し、洗濯物を片づけはじめた。


「…………?」


 羽風はロジーの後ろ姿を見つめながら、思う。


 ――ロジーが、こんな大きな声をあげるのは初めてだな。


 ……と。

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