女は秘密を持ってるほうが味が出るってもんよ

「いってきま〜す。今日も18時に帰ってくるから、待っててね〜」


 普段と同じように、変わらない朝。羽風はかぜはいつものようにそう言い、玄関先で小さく手を振ると、ロジーは変わらない表情で、「いってらっしゃいませ。お待ちしております」と、これまたいつもと同じような返事をくれた。


「…………?」


 しかし、羽風はその対応になんだか違和感を覚えた。なんとも説明しがたい、直感的なものだった。だが、考えている時間もないので、羽風はそのまま大学へと向かう。


 ――表情や口調は、いつもと変わらないんだけど……。


 羽風は思考する。


 ――なぁんか、落ち込んでる感じ?


 気のせいか、と思い直し、羽風はそこで考えるのをやめた。


 大学に着き、いつもと同じ席に座ると、すでにその隣にはエリカがいた。


「おはようございます、先輩」

「おはよう」


 羽風はノートなど机の上に広げていく。しかし、隣のエリカは、どうも落ち着かない様子だ。


「どうした?」


 エリカの妙な仕草が気になり、羽風はそう聞いた。


「先輩ってその……前に好きな人がいるって言ってたじゃないッスか」


 羽風は、突拍子もなく恋バナか、と思いつつも、「確かに言ったな」と、返した。


「……その恋って、順調だったりするンスか?」


 ――いきなりこんなことを聞いてきて、なんだコイツは?


 そう思った羽風だったが、とりあえず素直に答えることにした。


「んー、まあなぁ……順調か順調でないかと聞かれれば、順調じゃない」

「そ、そうなンスか!?」


 ちょっとうれしそうなエリカに対し、羽風はムッとした。


「……お前、わたしが失恋するのがそんなにうれしいのか〜?」


 羽風はエリカの頬をぷにぷにと抓ってやった。

 エリカは「誤解っふ! そんなことないっふ!」と手をジタバタと動かす。

 気の済んだ羽風は、パッと頬から手を離した。


「ふぃぃ……。あ、もちろん、先輩にも幸せになってもらいたいって思うッス! だけど……」


 歯切れの悪いエリカに、羽風は「だけど?」と次の言葉を促す。


「……いや、忘れてくださいッス! ペラペラとウチから話すわけにはいかないッスからね!」


 羽風はなんのことだかサッパリだったが、適当に聞き流すことにした。特に、自分にとって重要そうでもないことだし、と。


「恋って上手くいかないもんッスねぇ」


 急に物思いに耽るエリカに、羽風は相変わらず、感情の起伏の激しい奴だなぁと思った。

 だが、恋が上手くいかないことは、全面同意だ。


感情こればっかりは、作るわけにもいかないしな」


 羽風はポツリと呟いた。


「……作る? なんの話しッスか?」

「んーん。こっちの話」


 そんな話をしていたら、もう講義の始まる時間だ。


「……ダメ元のちなみにで聞きたいンスけど、先輩の好きな人って誰なンスか?」


 講義中、小声で聞いてきたエリカ。

 羽風は意地悪そうな笑みを浮かべて、答える。


「……秘密。女は一つや二つ、秘密を持っているほうが味が出るっていうだろ?」

「それ、もう少しカッコイイ言い方なかったッスっけ……?」

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