アンドロイドの自覚

 ロジーはいつも通り家の掃除を終えると、テーブルの上に置いていたスマホを手に取った。


「そろそろ、エリカ様にも連絡を入れませんと」


 ロジーは慣れた手つきでスマホを操作する。初めて触れるものだが、スマホの内部部品まで余すことなく把握しているロジーにとって、スマホを駆使することは造作もないことだ。


 メッセージアプリを立ち上げると、そこには羽風はかぜとエリカの宛先が入っていた。

 羽風からは、すでに一件のメッセージが入っていた。


『今日は大学のあと、かるーくお仕事してくるので遅くなります(TT) 夜ご飯は済ましてくるから、ロジーはのんびりしててね!』


 ロジーは『かしこまりました。ご帰宅、お待ちしております』と返信し、次にエリカのメッセージ画面を開く。


「…………」


 羽風からは連絡を入れてやれと言われたが、なんとメッセージを入れればいいのかで悩み、手が止まってしまう。メッセージを入れるにしても、特に用事があるわけでもない。


「……とりあえず、ご挨拶をすれば問題ないですかね」


 ロジーは文字を入力していく。


『こんにちは、ロジーです。まずはご挨拶のメッセージを入れさせていただきました。今後とも、宜しくお願い致します』


 すると、一分もしないうちにエリカから返信が来た。


『ロジねぇ〜! まさかロジー姉が先に連絡くれるなんて、思ってもみなかったッス!』


 文面上からでも元気いっぱいなのが伝わってくる。


『ロジ姉は今何してるンスか? ウチは今、仕事の休憩中ッス!』


 ロジーは、『わたしは家の掃除をひと通り終えたところです』とメッセージを送る。


『家の掃除なんてえらいッスね! ロジ姉ばかりじゃなくて、先輩にもちゃんと言ってやらせなきゃダメッスよ! ……そうそう、先輩とは最近どうッスか?』


 最近どう、というアバウトな質問に、ロジーは少々頭を悩ます。

 特に変わりのない、製作者生みの親とアンドロイドの関係であり、主人と家政婦の関係だ。

 大きな問題も発生していない――いや、一つあった。


 ロジーはエリカに相談を持ちかけることにした。


『今まではなかったのですが……最近博士といると、時々、胸の奥が温かく感じることがあります。共通して言えることは、博士の笑顔を見たときや、頭を撫でられたときです。たまに、モヤモヤとした……表現し難い現象が起きることもあります。しかし、これは悪いものであるということはわかります』


 エリカから、『うんうん、それでそれで?』と相槌が入ってきた。ロジーは入力を終えると、文章を送る。


『特に異常と感じたのは、博士と手を握ったときです』

『すっごくドキドキしたンスね?』


 ……と、結果を言う前に、エリカから答えを言い当てられた。


『なぜ、わかったんですか?』


 エリカもアンドロイド技術に詳しい一人なのだろうか、とロジーは思った。


 エリカから『簡単ッスよ』とメッセージが入り、続けてこう来た。


『その症状は、完璧に恋ッスからね!』


 ――コイ……『恋』。


 ――恋とは、誰かに愛情を寄せることを指すもの。いうなれば、それは人間の持つ感情の一種のはず。


 ――そのはずなのに、わたしが、恋?


 ロジーの中で、上手く整理がつかない。

 だって、自分はアンドロイドなのだから。恋をするわけがない……はずで。


『なぜ、わたしなんかが恋を……』


 思わず、そんな文面をエリカに送ってしまう。


『恋なんて、誰にでも起こることッスよ』


 エリカの返答に、ロジーの心は軽くなった。


 ――そう、『心』だ。


『わたしに、こんなことはないと思ってました。感情なんてあるわけないと。一生、理解できるわけないと思ってましたから』


 エリカの返信が止まる。変なことを言ってしまったかと、ロジーは少し焦った。

 しかし数分して、エリカから返信が来た。


『ロジ姉は過去にいろいろあったんスね。そういえば、こないだ会ったときも、笑ったところ見たことないッスし。……だけど、大丈夫。ウチはロジ姉の友達ッスから! ロジ姉の恋は、全力で応援するッスから!』


 エリカの気遣いが、文面越しに伝わってくる。エリカはロジーがアンドロイドではなく、過去に何かが起きて感情を失ってしまったと勘違いしたようだが、それでも、ロジーのことを考えてくれることだけは間違いない。


 ――うれしい。


 ロジーは、素直にそう思った。


『いや〜まさかロジ姉は、あんな先輩がタイプだったなんて……! 先輩は攻略が難しいッスよ〜』


 ――確かに、わたしは博士にとって、いち家政婦に過ぎない。


 羽風はロジーに優しく接してくれている。それは愛情を持って接してくれているのは、ロジーにもなんとなく理解できたが、だがそれは、恋愛対象からくる愛情とは限らない。

 家政婦の主人として、また生みの親としての愛情を、ロジーに注いでくれているだけかもしれない。


『あ、でも待ってくださいッス!』


 なんだか、慌てたようなエリカのメッセージに、ロジーは戸惑う。


『先輩って確か……ほかに好きな人がいるって聞いたことあるッス!』


 頭に雷が直撃したような、そんな感覚がロジーを襲った。


『わたし、聞いたことありません……』


 ロジーは指を震わせながら、エリカに伝えた。


『ま、でも、まだ付き合ってるってワケじゃないっぽいスから、まだチャンスはあるッス! そんな落ち込まないでください! ウチからもいろいろ先輩に探ってみるッスね! じゃあウチは仕事に戻らなきゃなんで、またねッス!』


 ロジーは『ありがとうございました。またお話しましょう』とメッセージを送り、画面を閉じた。


「…………」


 庭先から、空を見上げる。

 今の自分みたいな、パッとしない曇り空だ。


「これが『失恋』というものなんでしょうか……?」


 だとしたらあまりにも早すぎると、ロジーは思うのだった。

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