人間とアンドロイドにおける交流について

「いや〜映画最高だったなー! 最後は村の危機も救ったし、主人公たちも再会できたし、万々歳だな!」


 羽風はかぜはそう言って、ハンバーガーを頬張った。


 映画を楽しんだ二人は現在、ファストフード店のテラスで、昼食の時間を過ごしている。

 羽風の目の前には、ハンバーガーと山盛りのポテト、店で一番大きなサイズのグレープサイダーがあった。羽風は細身だが、こう見えて食べるときはガッツリ食べるのだ。

 一方、食事の取れないロジーは、それをそっと見守っている。


「ええ、そうですね。博士もお喜びになれてよかったです」


 ロジーは相も変わらずアンドロイドらしい、当たり障りのない返答をした。


「ロジーもいっしょに食べれたらいいのにな〜。食事も取れるようにアップデートしてみるか……?」


 羽風はそんな言葉を洩らす。


「アンドロイドが食事を取れるようになったとしても、ただ物が通過して廃棄されるだけです。そんなことをしては、フードロスに加担するようなものです。わたしは食事を取れないことに関して、まったく気にしていませんから、どうかお気になさらないでください」


 ロジーは、丁重に羽風の申し入れを断った。


「そっかぁ。ならその分、いっしょにできることはいっぱいやろうな!」


 羽風は屈託のない笑顔を向けた。

 ロジーはその笑顔を見て、また胸の奥がザワついた。


「どした、ロジー?」

「……いえ。何かあれば、わたしに申しつけください」

「ロジーからも、何かあれば言ってくれていいんだからね〜?」


 そんな会話のあと、午後はウィンドウショッピングをして楽しんだ。


 ――洋服を見たり。


「なあロジー。この花柄のワンピースとこっちのサロペット、どっちがいいかなぁ?」

「博士が着る場合、サロペットのほうが総合的数値が高いです。特にこの黒色がいいかと」

「ロジーといるとハッキリ言ってくれるから、迷わなくて助かるわ〜」


 ――雑貨屋を巡ったり。


「お、この置物かわいいな。カエルなんてこれからの季節ピッタリじゃないか。これでも買おうかな」

「博士。今月は少々お金を使い気味です。それに、先月も似たようなものを買っていましたが……」

「先月買ったのはウサギだもん! カエルは買ってないもん!」

「……左様でございますか」


 ――ふらりとゲームセンターなんかにも寄ったり。


「わたしこれやろー!」

「こちらのクレーン台は、他のクレーン台と比べ、アームの力が弱く設定されているようです。シミュレーションした結果、最低でも十回操作しないと景品が取れないという結果になりました」

「見ただけでわかっちまうなんてさすがロジー……! だがな、世の中そう簡単にシュミレーション通りにいかないってところをみせてやるよ! いくぜっ!」



「……結局、16回かかりましたね」

「むむぅ……」



 ――と、楽しくモール内をいろいろと巡り、陽も落ちてきたところで、本日のデートはここでお開きとなった。


「あー楽しかった! じゃあそろそろ帰るか、ロジー!」

「ええ。わたしも、博士とともに過ごせてよかったです」


 博士は一度足を止め、ロジーを見つめた。


「ね、その『よかった』って、心から思ってる?」


 突然の問いに、ロジーは、言葉に詰まった。


「……ココロ」

「ああ、心だ」


 羽風はロジーの胸に拳を当てた。


「…………」


 ――今日、博士と過ごしてみて、たまに胸の内が温かくなることはあった。


 ロジーは考える。


 ――そういえば、エリカ様が家に来たあの日も、胸の奥でモヤモヤしたものが広がった。


 ロジーは思い出す。


 ――これが、『ココロ』だとしたら?


 黙り込むロジーに、羽風は申し訳なさそうに微笑んだ。


「ごめんな、ロジー。意地悪な質問しちまって。よかったって言ってくれるだけで、わたしはうれしいよ」


 羽風はロジーの頭を撫でた。

 ロジーはまただ、と思った。撫でられると、ほわほわとした気分になり、安心して気持ちよくなる。


 ――ずっとこうされていたい。

 ――そう思うのは、変なことだろうか?


「博士」


 ロジーは羽風の目を合わせる。


「わたしはアンドロイドなので、まだ『ココロ』がどういったものなのか、知識として理解しても、感情として、はっきり申し上げられません」


 でも、とロジーは続ける。


「わたしは今日、博士とデートできて、楽しかったです」


 羽風は一瞬だけ驚きの表情を見せ、そしてまたいつもみたいに優しく笑った。


「ならよかった」


 羽風はロジーの手を取る。


「帰ろうか」


 ロジーは頷いて答えた。


 モールを出ようと、扉に近づいたときだった。


「わっ!」


 扉の向こうから走ってきた男の子が、ロジーとぶつかってしまったのだ。

 男の子はぶつかったことにビックリして、その場で放心状態になってしまった。


「お怪我はありませんか?」


 ロジーはその男の子に優しく声をかける。年代別に、声の調子を変えるということは、すでに学習済みだ。


 男の子は、やっと事態を飲み込んだようで、はっと我に返ると、「ごめんなさい」と謝った。ロジーは、「構いませんよ」と子供から目線を上げると、後ろから必死に追いかけていたであろう、母親の姿が見えた。


「コラ! あんたは勝手に走り出して〜!」


 母親は男の子に一発ゲンコツを入れると、すぐさま、ロジーたちに対し、頭を下げた。


「すいません、うちの子がぶつかってしまって……!」

「大丈夫ですよ。な、ロジー?」

「ええ」


 母親は安心したように頭を上げた。

 母親とロジーの目が合う。


「……それでは失礼しました。ほら、いくよ」

「はぁ〜い」


 母親はもう一度軽く頭を下げると、子供を連れていった。


「お母さんって奴は本当に大変だなぁ」

「ええ。そうですね」


 二人はまた他愛のない話をしながら、帰路に着いた。

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