家政婦アンドロイド:藍野ロジーの仕事について

 藍野あいのロジーの日課は、朝の食事作りから始まる。


 今日はアジの開きをメインとした和食ご飯だ。


 アジを焼いている間に、味噌汁の支度をする。味噌汁の出汁を取り終わったら、作り置きしていた春菊のおひたしを小鉢に盛り付ける。

 その次は手際よく大根をすりおろし、ちょうどそれを終えたタイミングでアジが焼き上がるので、そのまま皿にアジの開きを乗せ、右端にさきほどの大根おろしとすだちを添える。

 鍋の出汁湯が沸騰しはじめた。火を止め、味噌を溶き入れ、味噌汁は完成した。

 計算され尽くされたように、炊飯器から米の炊きあがりを知らせる音が鳴った。ロジーは米をよそる。ただよそっているように見えるが、お茶碗には、毎回きっちり150g分のお米が盛られているのだ。


 ロジーはいつもと寸分狂わず、正確な位置に皿を並べていく。そしてテーブルの上には、まさに理想の朝ごはんが出来上がったのだ。


 料理を終えると、次にロジーが向かうのは羽風はかぜの部屋だ。


 ロジーは扉を二回ノックする。


「博士。朝食の準備が出来上がりました」


 扉の向こうからは返事がない。

 ロジーは五秒間待つ。反応がないので、扉を開け部屋の中に入る。


「おはようございます、博士。六時半になりました。起床のお時間です」

「ん〜〜〜」


 羽風はポリポリと腹を搔く。女らしからぬ行動だった。


「まだ寝る……起こさないでよ……」


 むにゃむにゃと寝ぼけた口調で羽風はそう言った。ロジーは、「かしこまりました」と部屋を出ていく。


 ロジーはダイニングへ戻り、朝食にフードカバーを掛けてからしばらくして、ドタドタと大きな足音を立てて羽風がやって来た。


「なんで起こしてくれないのっ!」


 羽風はロジーを見るなりそう声を上げた。


「『起こすな』とのご命令でしたので」

「あれは命令じゃなくて〜!! あーもういいっ! とりあえず飯だ、飯!」


 羽風は言って、ボサボサの頭のまま朝食を食べはじめた。

 ロジーは首を傾げることもなく、次の仕事に取り掛かる。


 溜まっている洗濯物を回し、その間にトイレ掃除。これが毎日ある家事のルーティーンだ。


「トイレトイレ〜!」


 ――しかし、トイレ掃除をしたかったが、できなくなってしまった。


 ロジーは脳内で家事業務の行程を組み換え、先に皿洗いを実行することにした。


 そんな朝の仕事をこなしているうちに、羽風も朝の支度を終えていた。

 さっきまでだらしない格好だったが、今は化粧を施し、髪も綺麗にまとまっている。


「んじゃ、行ってくるわ」


 ロジーは玄関先で、羽風を見送る。


「はい、いってらっしゃいませ。本日のお帰りも、18時で変わりありませんでしょうか?」

「うん。変わらずそんくらいだと思うよ〜。まあ、なんかあったら言うわ」

「かしこまりました。では帰宅する時間に合わせて夕飯の用意をしておきます。それでは、お気をつけて」

「んにゃ」


 羽風は手を振りながら、家を出ていく。


 見送りを終えたら、その後は洗濯物を干して、再び家の掃除に入る。


 ロジーは部屋の隅々まで完璧にきれいにしていく。そこにはホコリひとつもない。


 ようやく最後の部屋の掃除だけとなり、ロジーは扉に手を掛けた。


 ――〈立ち入り禁止区域〉。


 瞬間、扉に赤い文字が浮かぶ――といっても、という話だ。

 立ち入り禁止区域の下には、〈入室には葉加瀬羽風はかせ はかぜの許可が必要〉と書かれている。


「…………」


 ロジーはドアノブから手を離し、その場をあとにした。

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