第一章
現段階における、羽風とロジーの関係性について
そのとき。ちょうどタイミングよくドアのノック音が鳴った。
羽風は扉に背を向けたまま「いいよ」と返事をした。
音も立てずに静かに入室してきたのは、深く青い髪色が印象的な、しかしどこか、なんとも無機質さを感じさせるような女性だった。
羽風はくるりと椅子を反転させ、青髪の彼女と向かい合う。
「やあロジー。今日もご苦労様。いつも家事やってくれてありがとね」
ロジーと言われたその女性は無表情のまま、
「いえ、これがわたしに与えられた仕事ですので」
と返答する。
掴みどころのない人だ。
「うんうん。相変わらず完璧だね。見た目はもちろん、話し声だって、動きだってなんら不自然のない滑らかさ。ついでに顔もパーフェクト」
羽風は腰を上げ、ロジーをジロジロと観察しながら、そう話す。
「……完璧過ぎだね。本当に」
羽風は落ち着いたトーンで呟いた。
「んじゃ、アタシのほうもひと段落したし、いっしょにお風呂でも入っちゃう?!」
打って変わって、変態オヤジのようないやらしい口調でそう誘う羽風だが、ロジーは嫌がる様子も見せぬまま、淡々と答える。
「かしこまりました。防水・耐水機能は搭載済みですので可能です。ただし、浴槽に入れる場合は一時間を目安にお願いいたします。長時間浸かると部品劣化、漏電の恐れがあります。お湯の温度はいつも通り41度で沸かしてまいります。お間違いないでしょうか」
「……間違いないよ。ってかロジーさぁ、アタシとお風呂に入るとか、ちょっと恥ずかしいなぁとか思わないわけ?」
「『恥ずかしい』がわからないので、その点に関しては答えかねますが、日本ではお互いの背中を流し合う文化があります。同性同士では倫理上、問題ないと学習済みです。博士は女性、そして、わたしの性設定も女性ですので問題はないかと。補足ですが、男性に言われた場合は危機管理能力機能が起動し、拒否するように設定されています。解除しますか?」
「いやそれはそのままでいい。……そこまでデータを入れた記憶はないけど、きっと学習機能が、どこかでその情報は取り込んだんだな……」
羽風はブツブツ言いながら、考え込む。
ロジーはお風呂の準備をするのか、そのまま部屋を出ていった。
「……はっ。もしや、恥ずかしがる人間の姿を見せつづけたら、行動をパターン化し、恥ずかしいという感情を覚えるのでは……? そうとなれば、まずは大人なレンタルビデオでもしちゃうか……へっへっへっ。なあ、ロジー。今夜はいっしょに……あれ?」
羽風は、ようやくロジーが部屋を出ていったことに気づいたのか、その場で呆然としていた。
◇
「博士。お風呂が沸きました。いっしょに入りますか?」
「いや、さっきアタシの言ったことはなかったことにしてくれ。ちょっと反省して一人で水を浴びてくる」
「かしこまりました。シャワーの温度を15度へ設定し直してきます」
「……上手くいかねぇなぁ」
羽風は、椅子の背もたれに寄りかかりながら、何もない天井を見上げた。
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