17章 『Long time no see』


「……シオン」

夢の続きのような心地のまま、ラーシュは従者の名を呼んだ。

「はい、なんでしょう」

即座に返答が返ってくる。どこからどう見ても忠実な臣下だ。夢で見た少年とは似ても似つかないほど。

ゆっくりと身体を起こす。長い銀の髪の竜人がいる。見慣れた光景だ。

「……夢を見た」

曖昧な言葉に逃げてしまう。夢の中では感じなかった不安が少しずつその花を開いていく。ラーシュが発しようとしている言葉は、全ての当たり前を変えてしまう効力がある。わかっている。だから、怖い。

「おや……悪い夢でございますか」

「そういうわけではないよ。懐かしい夢だった」

そう答えると彼は何とも言えない顔をした。亡くなった両親や弟妹の夢を見たのだと思い込んだのだろう。今王都がどうなっているのか、彼は教えてくれない。噂を繋ぎ合わせて考えると、王族の多くは処刑され側近や軍部も壊滅的、都テーヴァンは廃都と化しているという話である。中々悲惨な状況だ、ノスタシオンが言いたがらないのもわからないわけではない。

(……いや、今はその話じゃなくて)

この話は、少しだけ昔の話。

今からするのは、途方もなく昔の話。

「……シオン」

そのままゆっくりと角と角の間の髪に触れる。そして、この竜が二千年間待ち続けていたであろう言葉を。

「久しぶり。……今までよく頑張ったね」

「え……」

ノスタシオンははじめ、突然のことに理解が及んでいないようだった。それでもゆっくりと、氷が溶けるように緋色の瞳が潤んでいく。

「……フランさま……?」

「そう、そうだよ。……ごめんね、置いていかれる側がどんなに辛いか、……やっとわかったよ」

少しずつ少しずつ、霧が晴れるように。限りなく自分に近い誰かの感情の記憶が、同時に湧き上がる。

(僕は……あの頃の私は……そうだ、あの頃の私もまた、魔導士だった……)

何のためだったのか、どうしてそんなことになったのか、思い出せないけれど。とにかく、あの頃は何かのために戦っていた。それに、傍には色々な人がいた。幼かった頃のノスタシオンも、いつも隣にいた女の子も。そういえば、あの子はどうなったんだっけ。

(……ああ、そうか)

幼い君と別れた日、戦場に赴こうとした日。

(……私は誰かに裏切られた)

銃口を向けた人。揺らぐ視界の中で見たあの子を貫く鉛。

(……この記憶は……? それに、……)

「……フランさま」

少し幼く感じられるノスタシオンの声で、ラーシュは現実に引き戻された。ぽろぽろと涙を零す彼は、数分前の彼とは全く別人のようだ。

「あのね、フランさま。私、……大きくなったんですよ」

「……そうだね」

「魔法も沢山使えるし、人間の言葉だって覚えたんですよ」

「……うん」

「もう甘噛みもしません。一人だって、寂しくないですし」

ノスタシオンの冷たい手が、ラーシュの温かい手に触れる。場所も時代も変わったけれど。昔もこんな時間があった、という気がするのだ。

「でも……ずっと、あいたかった。ぼくのたいせつなひと」

もう君は子供じゃなくて、まだ僕は大人じゃなくて。

親子みたいだった僕らは、王子と従者になって。

ここはクルーヴァディアじゃなくて。

「もう、……置いていったり置いていかれたりすることもないんだよね」

「……はい。お供いたします、どこまでも」

『子供だから』残らなくていい。『大人だから』死ななくていい。

諦めなくていい。怯えなくていい。逃げなくていい。泣かなくていい。

共に戦える、『仲間だから』

だから。

「ねえ、『またね』の後は何て言うか知ってる?」

「……いいえ」

「じゃあ教えてあげる。……また、よろしくね」

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