《リンカーネイション》7 Rudolf
部屋の空間という空間を埋める青白いディスプレイ。規則正しく並んだ青の中に一つ紛れ込む赤い点滅。緊急事態発生、の文字が浮かび上がる。
「おや……」
言葉とは裏腹にさほど困っているようには聞こえない男の声。白く冷たい手が軽やかに伸びてその字を指の腹でなぞった。青い光に照らされる深い赤紫色の髪。銀色の瞳は穏やかに輝いている。一見優男風の彼だが、座る車椅子のような球体が嫌に目を引く。僅かに地面から浮かび上がるそれは、何本ものコードで部屋の中央に位置する半円形の機械――《リンカーネイション》の面々はそれを『コア』と呼んでいるが――に繋がれていた。
男の名は、ルドルフ=フォン=クーネンフェルス。
《リンカーネイション》を統べる『総帥』。
「出来の悪い子供は愛おしい。優秀な子供もまた愛おしい。だが、愚かな息子と賢すぎる娘ではどうだね、ナーシャ」
彼の不気味なほどに柔らかい眼差しは、コアの中心部に安置された水槽に注がれた。
薄緑色の溶液で満たされたそれは、ただの水槽ではない。
漂うのは大量のコードに繋がれた、人間の脳。
彼が愛する人の肉体の欠片。
ルドルフの手がひとたび壁際の装置に触れれば、彼の前には女性の映像が浮かび上がった。
『そうですね、ルドルフ様。わたくしが好むのは羽を切られた白鳥。貴方様もまた、目の開かない猫がお好き。そうでしょう?』
ナーシャと呼ばれた女、つまりは正式な名はアナスタシアであるが、彼女は長い髪を揺らして微笑んだ。よく言えばルドルフによって仮想的な肉体を与えられた姿。悪く言えば千五百グラムに縛られ続ける哀れな二人。ほとんど閉じられたままの瞼はピクリとも動かない。
「その通り。では、そのような愛し子達には何が必要かね?」
『……マザーとして、お仕置きを』
アナスタシア。《リンカーネイション》の戦闘員達は、彼女をマザーと呼ぶ。
身寄りのない彼らにとって、或いは初めての母であり、或いは二人目の、はたまた何人目かの母である彼女。
「そう、そうだとも、ナーシャ。……ああ、私は幸せだ。永遠に寄り添い生きる、あの頃の理想は、クルーヴァディアの再生は、ようやくこの手に……」
ルドルフの肩はさも楽しげに、ありふれた小市民が幸福を噛み締める時のように、静かに震えた。不気味。電子音とコードが絡まる世界の中で、人の体温を知る者は。
『理想には正義を、英雄には王冠を。……愛しています、ルドルフ様』
「私も愛している、ナーシャ。その顔、声、仕草、全てを」
彼自身が作ったホログラムを、不協和音で構成された電子音声を、何から何までプログラムされたアナスタシアを。
彼はそれでも、愛していると言う。
愛しい人の脳を取り出して保存して、ありとあらゆる『科学』を用いて、疑似的な生者を作り出す。
それを禁忌だと思えないから、その愛を異常だと言えないから、彼らはそこにいる。
「……さあ、舞台の準備といこうではないか」
赤く点滅していた文字は、いつの間にか数字に変わっていた。
No.60221346、並びにNo.60221347。
――殲滅を命じる。
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