《リンカーネイション》6 Collapse
(なにこれ……イノと、ステラ……?)
テームは呆然とその音声に聞き入っていた。何かを壊してしまったような、取り返しがつかないことをしたような、生暖かい気持ちに包まれて。
ここまでは何もかも順調だった。
セキュリティーシステムが停止したこの棟はどこまでも静かでがらんどうで、いとも容易く彼の入棟を許した。普段は何重にも鍵がかけられているであろうこの倉庫の戸も、古い木箱のようにあっさりと開いた。
言わば、過信の要塞。単純な人為的ミスを想定していないという油断、或いは敵の侵入も手前で食い止められるという驕り。それは《リンカーネイション》そのものの弱点でもあると言えるだろう。
とはいえ、テームとしてはそこまで深い考えに至ったわけではなかった。ただステラの為の機械油を少しだけ瓶に取って持ち出せれば、それで。
運命は動かないはずだった。彼がその横の箱に気付かなければ。
No.997。
ステラの識別番号だけが記された小箱。思わず触れてしまったそれはあっけなく開いた。普段はこの小さな箱のセキュリティーまで一括で管理されているのだろう。
中にあったのは黒い石のような何か。何気なく触れた途端、それは古びた音声を流しだした。
聞きなれたステラの声、幼げなイノの声。
「どういうこと……?」
イノの様子から判断するに、この音声は彼女が幼い頃――恐らく千年以上は前に撮られたものだろう。どうやら二人は親しい仲だったらしい。
だが、それならば。どうしてステラはイノへ別れの挨拶を言ったのか。『また会える』、そう確信をもって言えたわけ。……そして、今テームが知る二人が互いの話を一切しないわけ。
「……いや、それよりも……」
クルーヴァディア。
彼女は確かにそう言った。
クルーヴァディア。幻の楽園だと教えられてきたその場所。科学によって作られた理想郷。そこではどんな病も治って、飢饉だって起きないって。そう言われてきた。
『僕らの言うことに従いたまえ。科学が更に発展すれば気候も操ることができるようになる。君達のような不幸な子供だって減らせるのだよ』
孤児院から銀貨一枚で売り飛ばされてきたテームとリラに、オリヴェルはそう言ったのだ。
揺らぐ。抜けかけの歯のように、揺らぐ。
もう一度、はじめから音声が流れだす。
大地を汚した? 空を壊した? そして、何を。
何を、間違えた?
熱を帯びた衝動が内側からその身を支配する。
誰かが何かを間違えた世界で、生きているらしい。
不平等な世界で。魔導と科学が手を取り合えなかった、その世界で。
(本当に、クルーヴァディアには病める人も飢える人もいなかったの?)
(本当にクルーヴァディアが理想の世界なら、どうしてその国は滅んだの?)
(今まで払ってきた沢山の代償に、意味はあったの?)
鎖に繋がれたように縛られていた脳が、一気に胎動を始める。見ないふりをしてきた疑念が、頭の奥を廻りだす。ひびの入った神殿が、嫌にくっきりと脳裏をよぎる。機械仕掛けの神話が、壊れていく。
三度目の音声を繰り返す石を、小さな手のひらで包み込む。
もう遅い。
思わずポケットに滑り込ませた黒い石が、そう囁いている気がした。
(……ねえ、本当に)
《リンカーネイション》は、皆が信じる『科学』は。
「……世界を救ってくれるの?」
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