12章 Fencer(2)


自警団本部に着いたアナン達が通されたのは最奥部の小部屋だった。内密の会議か何かに使う部屋なのだろう、戸には鍵がかかるようになっている。警備には随分念を入れているらしく、薄い結界も貼られていた。七人を入れるにはやや狭いがそうも言っていられない。

「簡潔に申すと、我はそなた達を探して今まで旅をしてきたのだ」

椅子に腰掛けるやいなや、彼女はおもむろに切り出した。

「え? でも、俺達のことを知らなかったように見えたんだが……」

「それはその通りなのであるが……かいつまんで話そう」

そう言って彼女が話し出したのは、思いもよらない話だった。

「我の生まれはヒの国、このアーダルフルム王国の東に位置する島国である。ヒの国の武人の家に生まれた者は、修行の為に数年故郷を離れる風習があるのであるが、我が今こうして各地を渡っている理由は他にもあるのだ」

琥珀の眼光が六人を見回す。 何かを確かめるように。

「……我が故郷を出る少し前、我はある踊り子に会ったのであるよ。彼女は……腹に我らと同じような印を持っていた」

その場にいる誰もが息を飲んだ。動いているのはただ蝋燭のほのかな光だけ。

「彼女は言った、この印は盟約の印である、と。そして世界には同じような印を持った者がいるのだ、と。それから……クルーヴァディアという国の名前も」

場は水を打ったように静まり返った。

盟約。クルーヴァディア。頭を巡る言葉。

「……その話は俺達も聞いた」

ようやくアナンは言葉を絞り出した。

「印を持った者は十人いるらしい。それは何か……クルーヴァディアに関係しているって」

「十人って、今何人わかっているんだっけ」

「話がややこしくなってきた、整理しようか。紙を借りるよ」

そう言って、ラーシュはそのまま細い文字を書きつけていく。

「まず、僕らの共通点は印」

印、と書いた下に皆の名前を書き込んでいく。

アナン、イスフィ、キケ、ユリア、ラーシュ、ノスタシオン、サナ。

「あとはヒューゴー……」

ラーシュの独り言に、サナがはっと顔を上げた。

「そなた達……ヒューゴーを知っておるのか」

「ああ。と言うより、この町に来た目的はヒューゴーを探すことだったんだ。……正直、この騒ぎの中で忘れていたが……」

「そうであったか。彼はこの自警団で我と同じように傭兵として雇われておる。今は調査の為不在であるが……」

彼に会えるまで、少し時間がかかりそうだ。今度こそ予定を忘れないよう頭に刻む。彼なら何か知っているだろうという淡い期待を抱いて。

「サナが会ったという踊り子を入れれば九人。……全く素性が知れないのはあと一人」

彼らは思わず顔を見合わせた。運命の糸で手繰り寄せられるように集まる、印を持つ者達。最後の一人に会えるのもそう遠い未来ではないような気がした。

「人以外に関することも書いておいたら?」

「そうだね。……印を持つ者の命を狙う集団がいる。妙な武器を操るやつらだった」

「それで、そいつはデストジュレーム王国で革命を起こしたやつと同じ集団だ」

祖国の名前を聞いて、流石にラーシュも一瞬表情を曇らせる。右手の羽ペンをぎゅっと握りしめ、小さく『革命軍』と書いた。

「あの、クルーヴァディアのことも書いた方がいいのではないでしょうか……?」

「そうだな。えーと、遠い昔に滅びた国……だったか?」

「あとは盟約がどうとか……全ての元凶でもあるんだっけ?」

そこまで書いて、ラーシュはペンを置いた。そのまま、お手上げだと言うように眉を顰めてみせる。

「……わからないな」

「今の状況はわかったけど……あたし達、これからどうしたらいいの?」

仲間、革命、盟約。

並んだ言葉は余りにも壮大で、彼らにはどうにもできないような気がしてならない。

七人は顔を見合わせた。

「……僕はね」

沈黙を引き裂くように、ラーシュがおもむろに立ち上がる。

「本当のところを言うと、デストジュレームを取り戻せれば、印やクルーヴァディアなんてどうだっていいんだ。ただ……そのためにはそれらと向き合わなければいけないようだからそうしているだけで」

「ご主人様……」

押し黙っていたノスタシオンがやっと呟くように言葉を吐き出した。ラーシュはいつも通りの大人びた笑みを返す。

「だから、少しずつでも僕はやるよ。きっとこの町にも亡命者はいるはずだ。少しずつ、少しずつ味方を集めて、祖国に凱旋するために。その中で自ずと印やクルーヴァディアのこともわかるんじゃないかって、そう思うんだ」

紫紺の瞳は幼い境界線。王と、それ以外を分けるしなやかな境界線。強くて、でも弱いから。

「わかってる。……一人のふりなんてしなくていい。俺達はお前に協力するって約束しただろ」

だから、手を伸ばすのだ。

「そうよ。一人で生き急ごうだなんて、そんなのあたし達が許さないんだから」

「ああ。遠い伝説より隣の友人だ。今はそれでいいさ」

「ありがとう……」

皆の返事が意外だったのか、ラーシュははにかんだように破顔した。つられてサナも不器用に微笑む。

「……彼女が『印を持った者を探せ』と言った意味、何となくわかった気がするのであるよ」

そう言うと、彼女は弾みをつけて立ち上がる。いつも通りの冷静な顔に戻って。

「さあ、そなた達。とりあえず今晩は泊まっていってくれて構わぬ。明日になったら具体的な事を考えようぞ」

めいめいが喜びの声を上げた。そういえば見張りの交代の心配もなくゆっくり寝床で眠るなんて久々だ。どこか晴れやかな気持ちで部屋を出る。

ふと、アナンは後ろを振り返った。どこか浮かない顔のノスタシオン。目が合った途端、彼はいつもの素っ気ない表情に戻った。

そういえば、とアナンは思う。

(故郷がどうのとかいう話、また聞きそびれたな……)

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