12章 Fencer(1)

「故郷……? それって、どういう――」

想像もしていなかった言葉に、思わずアナンはノスタシオンの袖を掴んだ。

アナンにとっての故郷はあの焼け落ちた小さな村で、クルーヴァディアというのは遠い昔に滅びた国で。それが疑いようのない事実であると信じていたのに、クルーヴァディアの存在を提示した張本人に認識を乱されている。

アナンを見上げる赤い瞳には微かな失望の色が見て取れた。彼にそんな顔をされる筋合いはない。少なくともアナンはそう思っていたのだが。なにか観念したように彼が唇を動かしかけた、その時。

「もし、そこの御仁」

よく通る澄んだ声が彼らの話を遮った。

声の主は琥珀色の瞳の少女だった。黒々とした長い髪に、袖の長い不思議な形状の衣服。腰に携えた剣にも、見たことのない細工が施されている。アナンはなんとなく彼女から異国風の雰囲気を感じ取った。

「俺になにか用が?」

「いかにも。……おっと、まだ名を申していなかったな。我はサナ=ヨハン。今は自警団に身を置いている」

「……俺はアナン、こっちはラーシュにノスタシオン……です」

聞き慣れない響きの名前を口の中で転がしてみる。やはり彼女は異国の生まれなのだろうか。

「恐らく大して歳も変わらぬだろう、楽な言葉遣いで構わぬ。……それより、そなた達への用事というのは先程の騒ぎのことであるが」

「ああ……」

彼女は自警団に所属していると言った。ヒューゴーを探したいアナン達にとっては好都合な出会いだが、先程の事があっては話は変わってくる。幸い死人は出なかったようだが、街並みを散々破壊してしまったわけなのだ、大方取り調べをされるのだろう。

実際、彼女の言葉は予想していた通りのものだった。

「特に、そなた。少々話を聞かせてくれぬか」

ノスタシオンはラーシュを隠すように立って、翼を小さく上下させた。

「……私が仕掛けたわけではありません」

「別にそなたを罪人だのどうのと責めたいわけではない。ただ、もう片方の当事者が去ってしまったゆえ、そなたに尋ねるしかないのであるよ」

サナはやや声の調子を緩めて優しく話しかけた。それでもなお、満月のような瞳はこちらをじっと見据える。

「……単刀直入に申し上げよう。あの石竜がこの町を襲撃したのは、犯罪のためであるか、或いは私恨か何かなのか。もしそなた達がそれを知っているならば教えてはくれぬか。場合によっては自警団としての対応も変わってくるのだ」

アナンは思わずラーシュと顔を見合わせた。

一連の行動から考えて、ずっとアナンを狙っている一味だろうという想像はついていた。そして、恐らく印を持つ者を狙っているのだろうということも。ラーシュを追っていたのは革命のためだとして、アナンやユリアのようなただの市民を殺そうとしている。彼らに共通するものは印しか思い当たらない。

だが、だからといって目の前のサナにそんなことを打ち明けるわけにはいかなかった。人目につかないよう行動していたテームやカミルと比べると、イノの行動は随分違うものに思えたということもある。そうは言っても、最大の理由というのは、

(……彼女は信用に値するのか否か)

言い淀むアナンを尻目に、ノスタシオンは半歩前に進み出た。そのまま堂々と、しかし小声で告げる。

「一つ質問に答えてください。私が答えるかどうかはそれ次第です」

「シオン……? 何をするつもりだい?」

ラーシュの声が不安そうに沈む。彼の態度とは対照的に、その忠実な従者は、大丈夫ですよ、と口を動かしてみせた。

「……わかった。して、その問いとはなんであるか?」

僅かに眉を顰めつつも、彼女は凛とした表情で彼に向き直った。

「……体のどこかに、印のような痣はありませんか」

アナンとラーシュははっと息を飲んだ。無思慮にも思える計画だが、彼の赤い目はなにか確信めいたものを湛えているように感じられる。

一方、サナの方も明らかに動揺しているように感じられる。彼女はゆっくりと着物の片袖を脱いだ。

「……これのことか」

彼女の白い左肩には、満ちた月のような琥珀色の印があった。

「やはり……」

小さく頷いて、ノスタシオンは自身のローブの長い右袖を捲って見せた。

白い手に浮かぶ緋色の印が、そこにはあった。

「え……ノスタシオンも印を……?」

アナンはますます混乱していた。身分や立場どころか種族まで違う彼にも印があるというのだ。何かしら共通点があるのだとして、それが何なのかさっぱりわからない。

「そなた……」

サナはサナで呆然と目を見開いていた。彼女もまた何か知っているというのだろうか。

「そんな気はしていましたが、やはりそうでしたか。それならばいいでしょう、答えてあげます。……私達が彼らの襲撃を受けたのはひとえにこの印のためです」

「……」

サナはぎゅっと目を瞑り、何か考えているようだった。周囲の喧騒から浮き出たような沈黙が続いた後、彼女は何かを決心したように瞼を持ち上げた。

「我はそなたの言葉を信じよう。自警団の本部へ来てはくれぬか。少し込み入った話がしたい」

気が急いたのか、そのままノスタシオンを引っ張っていこうとする彼女を、ラーシュとアナンは慌てて止めた。

「ちょっと待ってくれ、……俺達にも印はあるんだ」

「え」

「もっと言うと、今別行動している三人にも……」

サナは大きな瞳を瞬かせ、小さく息をついた。

「ならばその者達とも話がしたい。……我が思っていた以上に事は進んでいるようであるな」

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