《リンカーネイション》4 Number(2)


 エレベーターから降りるとそこは閉鎖的な廊下だ。不透明な天蓋は黒々とした空も青白く輝く星も隠して、ただ忽然とそこにある。

 ふと、複雑に曲がった廊下の突き当たりの部屋が目に留まった。煌々と灯る灯りは使用中を示す白。ディスプレイに浮かぶ番号は【60221344】。ナタリーの番号だ。

(使用開始時間は……三時間前)

 彼女は元々そういう人だ。きっと中で剣の稽古をしているのだろう。天才と言われれば不機嫌になって、努力家と言われればそっぽを向く、そんな彼女だけれど。

 それでもリラは最近彼女のことを心配していた。失敗を嫌い、怖がる自分に似ている。そうやって根を詰めてしまうところも。

(……三時間も一人で……万が一体調を崩していたら……? 流石に声をかけようかしら)

 とは言え、ナタリーはそういう心配を嫌がるだろう。人の優しさを拒絶するような、怖がるような。そんなところは少しカミルに似ている、とリラは思う。

 そうこう悩んでいるうちに、がちゃりと施錠状態が解除される音がしてナタリーが顔をだした。

「リラ様? 何かご用ですか」

 リラの心配とは裏腹に、彼女はいたって元気そうだ。

「いいえ、たまたま通りかかっただけよ。……邪魔してごめんなさい、訓練中だったかしら」

「いえ……確かに先ほどまでは剣の稽古をしていましたけれど、ちょうど今終わったところですから」

 ナタリーは幼い声で淡々と答え、軽く礼をしてリラの横を抜けていく。

「……ナタリー」

 どうしても我慢できずに、リラは彼女を呼び止めた。

「はい」

 薄い肩、細い腰、小さな背中。一本の剣にその身を預け、誰かの命を手にかけるには幼すぎるその後ろ姿。

「……あまり無理はしないでね」

 口を突いて出たのはありふれた文句。それはかえって彼女との距離を広げてしまうような。

「お気遣い感謝します。……ですが、私は無理をしてでも成さねばならないのです」

 ナタリーは振り返ることなく、自分に言い聞かせるように淡々と言葉を吐いた。意地を張る子供のように。それでもそのわけを知っているから、リラは彼女の頭を撫でることができないのだ。

「私は命も何も惜しくはありません。……あの子の為なら、あの子が笑って明日を生きていけるなら。ね、リラ様、」

 褪せたビデオのワンシーンみたいに、ナタリーはゆっくり振り返った。脆くて不器用で、幼いままの笑顔を浮かべて。

「あなたなら、わかってくれるでしょう?」

 何も答えられなかったのは、ナタリーの澄んだ瞳に映るリラが今にも壊れそうに見えたから。

(見透かされている)

 なにもかも。

(私達、同じね)

 もしリラの命が尽きる日が来たとして。

(そうすることで、今からでもテームが普通の男の子として生きていけるなら)

(私は今すぐにだって)

 その命を絶ってしまうこと。

 姉だから、家族だから、大切だから。或いは、その全て。

 だから、言えない。ナタリーにとって「自分の身を大事にしてほしい」と言われることは、リラが「弟を見捨てて生きろ」と言われることと同じだから。その痛みがわかってしまうから。

 彼女の無言の返答に満足したのか、ナタリーはもう一度お辞儀をしてゆっくり去っていった。

「……だめね、私って」

 小さく呟いた自分の声は張り付いたように歪んで心地悪い。

 取り戻さなきゃ。何を? 自分を。……自分、って、どこ?

 すがるように右手首を見る。通信機に刻まれたリラのメンバー番号。それが、彼女の――。

「……え?」

 60221346。彼女の存在を示すその八文字はそこにはなくて。

 ――60221347。

 一つ違いの数字。これはそう、

「……テームの……」

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