《リンカーネイション》3 A little tale, a little “science”(5)
それから後の記憶はまるで自分のものではないようなもの。俺が俺自身を冷たく見下ろしているような、曖昧で鮮明なもの。
歩きなれた道を通って、一つ目の井戸は羊飼いの家の傍。二つ目の井戸は村長さんの家の裏。少し離れた水車小屋にも。三つ目は学校の外れ。四つ目は大広場。
なるべく見ないようにしたつもりだったけれど、どうしても広場に打ち捨てられた肉塊のような三つの死体が目に入ってしまった。錆びた鉄の臭いに鼻を犯されていく。なんとか吐き気を堪え、俺は数時間前まで家族だったものを見捨てて走り出した。
最後に帰った家は、もはや団欒の象徴でも安全な居場所でもなかった。穴の開いた壁と破られた絨毯を通り過ぎて、向かったのは最奥の父の部屋。鍵は壊され、機械にも傷がついて、全く無傷と呼べるわけではないにしろ、他の部屋よりは幾分ましな状態だった。村人達からしてみれば科学の本陣なのだ、気味悪がってさほど物色しようともしなかったのだろう。ゼンマイ仕掛けの玩具のように真っ直ぐ机に向かい、鍵と隠し戸で幾重にも隠された引き出しを開ける。何も変わらない様子で、文献と設計図は鎮座していた。
古い鎖のようにのしかかる重み。
それは科学の重みで、或いは俺が背負わなければならない罪の重みで。
裏の戸からこっそりと外に出て、隣家を通りかかった時。俺は微かな悲鳴と呻きを聞いた。毒に侵された水は、或いは晩御飯に、或いは飲み水になってその家へ入り込んでいたのだ。
俺が好きだったあの子はもう死んだのだろうか。
熱に浮かされたようにぼんやり考えた。幼い恋はもうとっくに忘れてしまって、だからどうだというわけでもなかった。
家族も友達も、好きだったあの子も。俺のせいで死んだ。
涙さえ出なかった。もう引き返すことなんてできない。
何もかも捨ててしまった。自分で。
今でも上手く笑えないのも、昔の話が怖いのも、向けられる優しさが怖いのも。
ずっと罪の延長上にいるからだ。
破裂しそうな脳を抱えて獣道を走った。やっとのことで戻った俺には目もくれず、オリヴェルは文献や設計図を嬉々として眺めているのだった。
「どんな小僧かと思ったが中々使えるじゃないか」
彼は概ね俺の行動に満足したようだった。
「どうだ、村人が皆息絶えるまで観賞していくのも悪くはない。そう思わないかね」
笑えない冗談だけれど、嫌悪感を示すことさえ躊躇われた。手を汚していない彼と、村人を皆殺しにした俺と。罪人がどちらかなんて、考えなくともわかる。
オリヴェルは反抗しない俺を見下ろしてほくそ笑むと、なにやら大きな機械を取り出して誰かと話し始めた。
「……もしもし、こちらオリヴェル。ええ。例の物は、……ええ、万事順調に」
短い会話を終えると、彼はおもむろに振り返った。
「……総帥の許可が下りた」
そう言って彼は口の端を僅かに歪ませた。
大きな手を差し出して、獣のような白い歯を見せて。
「喜びたまえ、カミル=パヴラート。君は今日から楽園の一員だ」
一二四八年十月二十三日。
俺は《リンカーネイション》の一員になった。
No.60221367【カミル=パヴラート】
入・新暦1248年10月23日。
旧542番地区。科学者の一族パヴラート家嫡男。
健康状態:極めて良好。
『エイグレイブ村の惨劇』後加入。
殺害人数推定■■■人。
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