6章 Obscure(3)



少年が目を覚ましたのは日も暮れかけた頃のことだった。

「えっと……君たちは僕を助けてくれたのかな?」

夕暮れの空の紫と海の青を混ぜたような美しい色の瞳をした彼は、想像していたよりもずっと大人びていて上品な雰囲気を纏っていた。都の貴族と言われても納得できる。

「助けたというか……まあ、そういう感じ……です」

「そういう感じって何よ、もっと自信持ちなさいよ……」

緊張して妙に丁寧に話したのが可笑しかったのか、イスフィに脇腹を小突かれた。とはいえ、アナンは生まれてこの方こういう人物とは話したことがないのだから仕方ない。

「ありがとう、礼を言おう。……それから、僕はきっと君達と大して歳は変わらないだろうから、普通に話してくれて構わないよ」

「あ、ああ。じゃあ、えーと……俺はアナンだ。こっちはイスフィ、キケにユリア」

「僕は……」

不意に彼の言葉が途切れ、目が泳ぎだす。長い沈黙の後、ようやく彼は口を開いた。

「……すまないけれど、今は事情があって名乗ることができない」

「……」

イスフィは間髪を入れずに怪訝な目を向けた。少年は困ったように微笑んで首をかしげる。

「うーんと、怪しい者ではないよ? ちょっと行く当てがなくて、ちょっと人を探しているだけ……」

「人を?」

「そう。君達も何か知っていたら教えてほしいんだけれど……」

多少疑ってかかったものの、どうやら話を逸らすための言い訳ではないようだ。

「どのような方でしょうか?」

「ノスタシオンっていって、うーん……黙っていれば綺麗な人……人……? なんだけれど……」

段々少年の声が小さくなって、遂にはまた黙り込んでしまった。どうにも歯切れが悪い。

最近会った人といえばアナンとイスフィを襲った少年か昨日話しかけてきた男だが、どちらも名前どころか顔すらわからない。

「悪いが知らないな。……というかその言い回しだと尋ね人は人間じゃないように聞こえるんだが……」

「……」

なにか気に障ることでも言ってしまったのか、彼はその大きな瞳を固く閉ざしてしまった。

「……少し話し過ぎたみたいだ、疲れてしまったな。悪いけれど休ませてもらうよ」

こちらの返事も聞かず、彼は空色の髪を布団の中にすっぽり隠してしまった。

四人は何も言わず顔を見合わせる。不満げなイスフィと不安そうなユリアとは対照的に、アナンとキケには思い当たる節があった。キケがそっと手招きして皆を部屋の外に連れ出す。

「……ねえ、絶対あの子怪しいわ! 本当に大丈夫なの?」

部屋を出るや否や、イスフィは僅かに語気を荒げた。実際、彼女が彼に向ける疑念は不思議なものではない。

「大丈夫とは言えないが……ちょっと俺の考えを聞いてくれないか」

キケはいつになく声を潜めて話し出した。

「言いそびれていたんだが、昨日村からの帰り道で妙な男の声に話しかけられたんだ。そいつが言うには、隣国のデストジュレームで革命が起きているそうなんだ」

やはり気を使ったのか、火事の原因がアナンの殺害未遂であることは黙っているつもりのようだ。

「それでさ、ちょっと考えてみたんだよ。彼が素性を明かしたがらないのは、革命から逃れてきたデストジュレームの貴族なんじゃないかって」

アナンの想像も全く同じものだった。上品な雰囲気だけでなく、言葉の発音の隅々にも独特の訛りのようなものがあったからだ。

「高級そうな服を着ていましたし、行き倒れていたというのもそう言われれば確かに辻褄は合いますね……」

「もしかして名乗ったら革命軍に引き渡されると思ったのかしら。そうだとしたら悪いこと言っちゃったかも……」

イスフィとユリアも一転して納得したようだった。

「尤も、その男の話が本当なのかどうかも、彼が関係あるのかどうかもわからないし、見ず知らずの他人を家に上げていることには変わりはないからな。多少は警戒しておかなければ」

「それはそうですね。……なんとかしてもっとお話が出来ればいいのですが……」

再び四人の間には形容しがたい沈黙が流れる。ようやくアナンが口を開こうとしたその時。

コン、コン。

誰かが扉を叩く音がした。

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