6章 Obscure(2)
「おい、……大丈夫か」
やっと絞り出した言葉が震える。大丈夫だったらこんなことになっているわけはないとすぐに直後の自分が否定していく。
少年は明らかに衰弱していた。声に応えるどころか目すら閉じたままだ。
「キケ! 頼む、来てくれ!」
家の中に向かって叫ぶ。徐々に近づく足音を確認すると、アナンは彼の身体を慎重に起こした。
所々破れた生気のない白い肌。細い髪が頬に張り付く。微かに浅い呼吸が聞こえる。
だがそんな彼の様子とは対照的に、身に着けている衣服はアナンでも一目で高級だとわかるものだった。所々に宝石の縫いつけられたそれは普段皆が着るものとは明らかに手触りが違う。高貴な身分の出なのか、或いは他国の装束なのか。
「……え?」
彼の手を取ってアナンは息を飲んだ。彼の白い左手には薄葡萄色の痣が浮かび上がっていたのだ。
イスフィの額の、キケの右足の、ユリアの左足の。
皆のものと同じだ。本能的にそう思った。
「おい、どうした?」
慌ててやってきた三人の声でようやく現実に引き戻される。少年に気付いたのだろう、それぞれが小さく声を上げる。
「その方はいったい……」
「わからない。危ない状況かもしれないんだ、ユリア、診てもらえるか。キケ、運ぶをの手伝ってくれ」
割れ物でも扱うように少年を抱きかかえる。宝石と鎧がぶつかって軽い音を立てた。
「……ちょっと待って」
と、ドアを閉めかけたユリアをイスフィが制止した。
「どうした、イスフィ?」
問いかけてアナンははっと言葉を飲み込んだ。
彼女の額の痣がぼうっと光っている。
火事、襲撃。間一髪避けられたのは彼女のおかげだ。少なくともアナンはそう確信していた。なにか、見えないなにかが、見えない誰かが、彼女の痣を通して助けてくれる。それはただの直感で、しかしこの世で一番確かな何かだ。
「これ……持って行かなきゃね」
イスフィは迷いなく足を進め、茂みの前にしゃがみ込む。振り向いた彼女の手には槍のような何かが握られていた。いや、槍というには刃が見当たらない。実際持ち手には装飾が施されているから、壊れたり古くなったわけではないのだろうけれど。
「それ、槍か?」
「さあ? わかんないけど、必要なの」
気付けば彼女の痣は白い光を沈めて、素知らぬ風で彼女の額に収まっていた。
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