???2 Mission


森の霧は深い。見渡す限りの曇天の下、巨大な鳥のような何かが風を切って飛んでいく。

……いや、妙に黒々として翼も動かず、それでいて地面と平行に迷いなく進んでいくそれは明らかに人工物である。鳥であれば目があるはずのあたりにはガラスが埋め込まれ、搭乗している男女がよく見える。

「……チッ、見失った」

「……」

上部に映る映像のようなものを一瞥し、男の方は軽く舌打ちをした。一方で操縦している女の方はどうにも沈んだ表情である。

「……リラ?」

「え? ええ、……ごめんなさい、聞いているわ」

リラと呼ばれた彼女はそう言いつつも浮かない顔のままだ。

「……弟のことか」

「ええ……。カミルにも迷惑をかけてしまって……」

彼女の声は虚空に吸い込まれていく。重い沈黙は晴れない。

「……気にするな。元より総帥もお前を処分する気などなかっただろう。それより……あいつの怪我は大丈夫なのか」

カミルと呼ばれた男はこういう言葉をかけ慣れていないのだろう、ついと横を向いてしまった。

「テームなら大丈夫よ。毒矢でもなかったようね」

弟から足を射られたと連絡があった時は肝が冷えたが傷は比較的浅いようである。

問題はその矢を放った相手、つまり。

(アナン=アイオン……)

まだあの力は完全ではないはずなのに。わずかに見えかくれする上層部の焦りの意味が少しだけわかった気がする。

「そうか。例の対象の抹殺はもう少し準備を整えた方がよさそうだな」

カミルもリラと同じ男のことを考えていたようだ。

「……ねえ、通信は入っているかしら」

「いいや、どうした?」

少し辺りを見渡して、リラは一層小さな声で呟く。

「……あのアナンっていう人、テームと同じくらいの年頃でしょう。そう思うとなんだか……」

殺したくない、とは言えない。それでも長年を共にしてきたカミルには伝わったようだった。

「……気持ちはわかるが、考えないほうがいい。迷いが入れば刃は乱れる」

「……そうね」

また鉛のような沈黙が訪れる。カミルは外を、リラは手元を見るふりをして。

だがその静寂は突然破られた。プツリと機械的な音がして、嫌に明るい男の声が操縦室に響く。

『もしもし、こちらオリヴェル。科学者くん達、ご機嫌いかがかな?』

よく言えば朗らかで悪く言えば底抜けに不気味な声に、カミルは眉を潜めた。

「全くよろしくないな。お前の不出来な探知機のおかげで」

彼の冷たい声音も、オリヴェルと名乗った男には効かない。

『おやおや、それじゃああの竜を見逃したかい?』

「そうだ。とんだ無駄足だった」

カミルは頭上に表示された地図を睨む。標的の位置を示す赤い目印は見当たらない。

『いやはや、勘弁してほしいね。そりゃあ僕のせいじゃない、向こうのせいだ。蛾か何かみたいにすばしっこいんだ、こっちの身にもなってほしいものだよ』

「……そんなこと対象に言ってどうする」

カミルの愚痴をかわしてオリヴェルは話を変えた。

『まあともかく、今回連絡したのは君の文句を聞くためじゃなくてね』

先程の調子はどこへ行ったのやら、落ち着いた声で話し出す彼に思わず二人も背筋が伸びる。

『例のデストジュレームの王子だが……やっと探知機にかかったよ』

灰燼に帰した氷の王国、デストジュレーム。王族唯一の生き残りである第一王子の行方だけがわからないままだった。

「それは確かなんだろうな?」

『恐らくね。……苦情ならステラにつけたまえよ。それはそれとして、奴は瀕死の可能性が高い。あの竜とも合流できていないはずだ。……あとはわかるね?』

血眼になって探した獲物が単独で、しかも極限状態にある。次の言葉は容易に想像がついた。

『……殺れ。総帥からのご命令だ』

「……了解」

「……」

リラの返事がない。理由は明快だ。その王子が彼女の弟と同い年だという噂のせいだろう。優しい人は殺しなんか向いていない。彼は慌てて目くばせをした。それも空しくオリヴェルの硬い声が反響する。

『リラ? 聞いているのかい?』

「え? ああ、ええ……了解」

『まったく、忠誠心を疑われるような行動は慎みたまえ。……総帥は君の弟のことなどどうとでもできるのだからね』

操縦室には不穏な気配が漂う。カミルは人知れず慣れない気遣いをしていた。

「……もういいか、切るぞ」

『おっと、まだ話は済んでいないよ』

ようやく彼の声はいつもの調子に戻る。安心したのも束の間、彼の言葉でまた操縦室の空気は張りつめた。


『……手負いの獣は恐ろしい。王はいないが騎士はいる。気を付けたまえ、諸君』

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