5章 Night


「おかえりなさい」

帰宅した二人をユリアが出迎える。

「ああ、ただいま」

帰り道は先程の男の話について考えるのに必死で完全に頭から抜け落ちていたが、イスフィとユリアには村の惨状を知らせなければならないのだ。そのことに気付いた途端、アナンの足は鉛のように重くなった。

「おかえり」

奥からはふらふらとイスフィも顔を出す。

「イスフィ、身体はもういいのか?」

「まあまあね。まだ熱はあるけど、起き上がるのはもう平気」

まだ具合は悪そうだが、昨晩と比べれば確実に回復しているようだ。

「……あの……それで、村は……」

遂にユリアが例の話を切り出した。思わず二人は顔を見合わせる。どちらから事実を告げるか読みあっているうちに、ユリアとしても何かを察したようだった。

「……あのな」

「いいえ……なんとなくわかりました。……皆さん、助からなかったのですね」

キケの言葉を遮って、彼女はそっと目を伏せた。

「イスフィさんから少しだけお話を伺ったんです。……もしも、もしも奇跡が起きてくれたら、……いや、奇跡が起きない限りは……そう覚悟はしていましたが……」

気丈な態度の裏で、少しずつユリアの声は震えて小さくなっていく。思わずアナンは大きく頭を下げていた。

「……ごめん、俺が、俺が……」

「アナンさんのせいではありません。……今私が、私達が恨むべきはこの理不尽な運命だけですから」

違うんだ、と言いかけたアナンをキケがそっと腕を出して制止する。


『昨晩の火事は仕組まれたもの、そして仕組んだ者の目的は、……アナン=アイオンの殺害です』


あの男の声が頭を過った。

もしも俺がいなかったなら、とアナンは思う。

(火事なんか起きなくて、……)

誰も死ななかったのに。

「……ごめんなさい、気持ちを整理したいので……少し一人にさせてください」

無理やり口角を上げ微笑んで、ユリアは返事を待たずに自室へ入っていった。

息が苦しい。罪悪感という名の紐がアナンの喉をきりきりと締め上げる。

「……あたしもちょっと休もうかな」

イスフィもよろよろと歩き出す。

「……じゃあ俺が送ろうか」

なにかしていなければどうにかなってしまいそうだ。アナンはそっとイスフィの肩を支えた。

「……あのね、アナン」

重い木の扉を開ける音に混ざって、イスフィのか細い声が聞こえる。

「……どうした」

「あたしね……なんで……生き残っちゃったんだろうね…」

「……」

薄々予想していた言葉が心臓ごとアナンを貫いていく。二人の間を流れる黒い何かがじわじわと酸素を奪っていくようだ。

「わかんねぇよ、そんなの……」

「……そう……よね……」

思わず乱暴な言葉が漏れる。彼女が求めているのはそんな言葉ではないとわかっているはずなのに。

「……でも、……」

崩れそうになる肩をしっかりと抱きしめる。温かい、温かすぎるほど温かいそれが、今の彼には必要なのだ。

「今は理由なんてなくていい。これからそれを見つけるために生きていけばいい。……俺はお前が生きてくれて、嬉しかったんだ」

もし彼女がいなかったら。灯りに照らされる金髪も、この手のぬくもりも。折れそうな心を支える微かな何かも。

「……そうね……あたし、……」

なにもない日々の中にあった陽だまりのような笑顔。壊れかけた世界で、不釣り合いなほど。

「……イスフィ?」

いつの間にか彼女は穏やかな微笑みを浮かべたまま寝入っていた。つられて彼も思わず口角を上げた。割れ物でも扱うように、アナンは彼女を布団に下ろす。

「おやすみ」

――大切な人。

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