第10章 暗闇の中で

 真輝は不安そうな表情で愚痴をこぼす。

「真っ暗だね、玲ちゃん」

「……」

「手を離さないでね、玲ちゃん」

「……いい加減離れてくださいよ。手汗がすごいです」

「やだよ! 怖いもん!!」

 前でランタンを掲げつつ前進する玲の後ろで、真輝は玲に引っ付いていた。

「はぁ……」

 玲は大きなため息をついた。

 地下通路は、岩盤をくり抜かれた洞窟のようになっており肌寒い。かなり奥行きがあって深いようであり、二人の足音が遠くまで反響する音が聞こえる。

 二人は無言のまま歩き続ける。しばらく進むと、道が二股に分かれていた。

「お姉ちゃん、道はどうなってますか?」

「えっとねー……」

 真輝は玲の掲げるランタンの灯りを頼りにメモを見ながら答えた。

「右の道をずっとまっすぐだね。左の道は行き止まりだって」

「分かりました」

 玲が指示された方へ進むと、ひたすら暗闇の中をランタンの灯りだけで歩き続けた。

 真輝は退屈してきたのか、玲に話しかけてきた。

「ねぇ、玲ちゃん?」

「……なんですか?」

「玲ちゃんは、あの子のことをどうするつもりなのかな?」

「……」

 玲は珍しく悩んでるようで即答を避けた。

 しばらくしてから口を開く。

「分かりません。ただ、岩本寺から依頼を引き受けた以上、問題解決はしなければなりません」

「そっか……、私もよく分からないよ。あの子は私たちを殺そうとしてきてたけど、お良さんはすごい困った顔をしてた」

「おそらく、お良さんだけがあの子を庇っていたのでしょう。あの人は、石動夕夜のことも心の底から愛していたんだと思います」

「……」

二人の間に沈黙が流れる。そして、再び真輝が口を開いた。

「あの子のお父さんによると、あの子は『選ばれた子供』だと言ってたよね。それって……」

玲は無言で歩き続ける。しばらくして誰にともなく言葉を発する。

「……私も、私以外にそういう存在がいるということを初めて知りました。どうやら、うちのおばあちゃんも隠してることが沢山あるみたいです」

「玲ちゃんでも知らないことがあるんだね……なんか心配になっちゃったよ」

「私は所詮、見習いですからね。知らされてないことも色々とあるんですよ」

 真輝は納得していないようだが、それ以上は何も言わなかった。

 再び沈黙の時間が訪れる。

 少し歩いたところで玲が立ち止まった。

「お姉ちゃん、ちょっと待ってください」

「どうかしたの?」

「何か聞こえてきます」

「え! 私は聞こえないよ?」

 玲は耳を澄ませて暗闇の中から聞こえてくる音を聞き分けようとする。真輝はそんな玲の様子を呆然と眺めるしかできなかった。

「これは……!、まずいです! 早くここを出ましょうお姉ちゃん! ここは『あれ』がいます!」

 玲は慌てる様子で真輝の手を掴むと走り出した。

「ちょっ、玲ちゃん!? なんなの!?」

「いいから走ってください!!」

 真輝はわけがわからなかったが、とりあえず玲の後に続いて走った。

「ちょっと、ちょっと玲ちゃん! いきなり走り出してなんなの!? 一体何がいるの?」

 玲は暗闇の中をランタンを掲げながら走る。真輝の方を振り返りながら大声で答えた。

「この洞窟の中には、満たされぬ怨念を抱えたまま浄化もされず閉じ込められてる怨霊がたくさん居ます! 一部はほとんど魑魅魍魎になり掛かってます!!」

「えぇ!! それ危なくないの? 大丈夫なの?」

 真輝の問いかけに、玲は必死の形相で答える。

「今はまだこちらに気づいてないようなので大丈夫です。それより急ぎましょう」

 そう言って玲は再び前を向いて走り出す。真輝は玲に引っ張られる形で走っていく。

 しばらく走っていると、後ろの方からたくさんの獣が唸るような、低い声が響いてきた。

「玲ちゃん、後ろから何か来てる!!」

「分かってます! 気付かれました!!」

 二人はさらに速度を上げて全力疾走する。玲は後ろを振り返ると、黒い影のようなものが迫ってきていることに気付いた。

「お姉ちゃん! これ持っててください!」

 玲はほとんど押し付けるように真輝にランタンを渡した。

「わ!! 玲ちゃん!?」

 玲は立ち止まり、振り返ると柏手を一つ打った。闇に向き合い、凛とした声を発した。


「極めて汚きも帯無ければ、穢とはあらじ。内外の玉垣清浄と申す!」


 後ろから追ってくる影が、怯んだように動きを止める。玲は再び前に向き直り走り始めた。

「え! やっつけたの玲ちゃん!?」

「動きを止めただけです。またすぐに追いかけてきますよ。今のうちに行けるところまで行きましょう」

 玲は真輝からランタンを受け取ると駆け足で先に進み始める。真輝も玲の後を追って走り始めた。

 しばらく行くと、またしても分かれ道に行き着いた。二人は地図を覗き込む。

「次は左の道ですね」

「はぁ……はぁ……、玲ちゃん、そろそろ歩かない? 私はもう走れないよ」

 真輝の言葉を聞いた玲は、ため息をつくと真輝の手を掴んだ。

「仕方ありませんね……。しばらく歩きましょうか」

「うぅ……ごめんねぇ」

 真輝は申し訳なさそうな顔をしながら、玲に引かれて歩いていく。

 二人は暗闇の中を黙って歩いていた。真輝は少し退屈してきたのか、玲に声をかける。

「ねぇ、玲ちゃん?」

「なんですか?」

「さっき襲いかかってきたあれはなんだったの? 魑魅魍魎になりかかってるとは言ってたけど……」

「簡単に言えば、恨みを持ったまま根の国にも戻れずに放置された人の魂のなれの果てです。それが長い間、洞窟内で穢れとして蓄積して変性し始めてます」

 真輝はよく分からないといった表情で頷く。

「常世の国とはいうけど、この石動村ってなんなんだろう?」

 玲は考え込むようにして答え始める。

「一般的な概念では、死んだ後に裁きを受ける地獄に近い場所です。しかし、私の知る限り、この世界には他にも同じような場所があります」

 真輝は興味深げに聞き入る。

「例えば、出雲の黄泉比良坂よもつひらさかとか、伊邪那岐命いざなぎのみこと須佐之男尊すさのおのみことが治めるとされる高天原などです。どちらも死後の世界と言われています」

「へぇー、そういうのもあるんだ。なんか想像つかないな……」

「あくまで私達の認識の中での話ですよ。そして、私が思うに、この世でもあの世でもない狭間にあるこの場所こそが、一番それらしいと思います。現世と幽世を隔てる境界。生者と死者が交わる場所。そういう場所ですよ」

 玲は淡々と説明していく。真輝も納得したようで何度か首を縦に振っていた。

 真輝は玲の後ろをついて歩きながら、話しかける。

「あの子、石動夕夜みたいにこんな場所で生まれた子は何を考えて常世と現世をひっくり返そうと思ったのかな?」

真輝の問いかけに玲は沈黙する。

「玲ちゃん?」

「……おそらく、この世界の在り方が気に食わなかったのだと思います。よく分からない世界の思惑に巻き込まれて、自分の人生を滅茶苦茶にされてしまった。だから自分を生み出した世界全てを破壊しようと思ったのです」

 玲は俯いて、足元を見つめていた。真輝はそんな玲の頭を撫でる。

「私は玲ちゃんがどんな風になってもずっとそばにいるよ」

 真輝の言葉に玲は何も言わなかった。ただ静かに歩く。すると、玲は突然立ち止まる。真輝もつられて足を止めた。

「どうしたの? 玲ちゃん」

「ランタンが、切れます」

 玲がそういうと、ランタンの炎が弱くなって周りが薄暗くなった。

 二人は暗闇の中を手探りしながら進んでいく。しばらく歩いていると、ランタンの中の油がほとんど無くなった。

「まずいですね。このままだと真っ暗闇になってしまいます」

 真輝は不安そうに周囲を見る。

 暗闇の中から獣のような荒々しい息遣いが聞こえてきた。

「玲ちゃん……いるよ」

「えぇ、いますね」

 玲は落ち着いた様子で答える。

「お姉ちゃん、私の傍から離れないでください」

「う、うん!」

 玲はランタンを捨てるとポケットからスマホを取り出した。スマホでライトをつけると前に向ける。

 二人は再び前に向かって進み始めた。

 しばらく進むと、また分かれ道があった。今度は右の道だ。

「次は右です」

 玲は地図を見て道を確かめながら歩いていく。

 二人は黙ったまま先を急いだ。

 しばらく行くと、小さな光が見えた気がした。二人は立ち止まって光の方を見据える。

「玲ちゃん! あそこに何かある!」

「えぇ、行ってみましょう」

 二人は小走りで光の方に近づいていった。近づくにつれ、それが大きくなった。

「出口だ!」

 真輝は思わず声を上げる。二人はさらに速度を上げて、光の射す方に向かった。

 二人は洞窟から外に出た。あたりは森になっており、空を見上げると星々が見えた。

「出られたんだ……。よかったぁ……」

 真輝は安堵のため息をつく。玲はスマホを確認していた。

「電波が届いてないですね。どうもまだ常世の国らしいです」

「えー、まだなのー!?」

 玲はスマホをポケットに収めながら話す。

「近くの三途の川まで早く行きましょうか。もうすぐ夜明けですし」

 玲は森の中を歩いていく。真輝も慌てて後を追いかけた。

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