第9章 石動村(3)
辺りは日が暮れて深紫の闇が近づいて来ている、追手から逃れた二人は相変わらず納屋の陰で息を潜めていた。
真輝は不安そうな顔で話す。
「ねぇ、玲ちゃん」
「なんですか?」
「私たち、本当に帰れるのかな?」
「……」
玲は無言のまま空を見上げる。半分の月が山に掛かっている。
「……状況は悪いですよ。でも、二人で村を出ましょう」
玲は自分に言い聞かせるように呟く。
すると、遠くの方から複数の人の話し声が聞こえてきた。
二人は慌てて息を殺す。
やがて、声は通り過ぎて行ってしまった。
「行きましたね」
二人は安堵のため息をつく。
「ちょっと、様子を見て来ましょうか」
「うん」
二人は納屋を出て村の入り口付近を見た。
「……」
「……うわ、焚き火をしてるね」
村の入り口では、村人たちが藁を集めて大掛かりな焚き火をしていた。その明かりは周りを煌々と照らし、そこだけ昼間のようである。
「これじゃ迂闊に出れませんね」
二人はその場から離れると、再び納屋へと戻っていった。
「これからどうしようか玲ちゃん?」
「……」
真輝はまじまじと自らの掌を見ながらいう。
「私の力を使って入り口を強行突破したらどうかな?」
玲は複雑そうな顔をして答える。
「それはダメです」
「どうして? 」
真輝は小首を傾げて尋ね返す。
「お姉ちゃんの力は基本的に怨念を使って不可視の力を行使する物です。常世の国でそれを使うと魑魅魍魎を呼び寄せます」
「えっと、魑魅魍魎って?」
玲は少し考えてから答えた。
「人の魂を食い物にする化け物ですよ。人は死んだ後に常世の国で裁きを受けて根の国へと帰ってゆくのですけど、その途中で魑魅魍魎に食べられると魂は完璧に消滅してしまいます」
「そっか……。力は使えないんだね」
真輝は黙り込んでしまった。玲も同じように黙って何かを考えていた。
その時だった、また外で何かの物音がした。
二人は緊張して身を固くする。
外でガサガサと何かが動いている音がする。その音の主は納屋の扉の前で立ち止まった。
二人は小さな小声で話し合う。
(……どうやら気付かれたみたいですね)
(どうしよう玲ちゃん? あれでなんとかできないかな?)
真輝が指差した納屋の片隅には、鍬などの農具が置かれていた。
(やってみましょう。私が先に外に出ますから、お姉ちゃんは後から続いてください)
玲はそう言うと、納屋の隅に置かれている鍬をとって、引き戸のそばにいき外を覗った。
「……」
玲は意を決して、引き戸を開けて鍬を振り上げた。
「あれまぁ! ちょっと待ちなさい!」
外に居たのは一人の老婆であった。先ほど、石動銑治の家にいた使用人のお良がそこに立っていた。
「やっぱりあんたらだと思ったよ」
お良は鍬を振り上げてる玲と奥でうずくまってる真輝を見て言う。
「とりあえず、それを下ろさないかい」
玲は一瞬逡巡して鍬を下ろした。そして、静かに尋ねる。
「私たちを捕まえにきたんですか?」
お良は腕組みをしながら言った。
「いいや、お前たちは夕夜のことで石動村に来たんだろ? 見せたいものがあるんだ」
玲と真輝は顔を見合わせた。
「ついておいで」
お良はそう言って歩き出した。
玲は少し迷ったが、大人しく付いて行くことにした。二人はお良について歩いていった。
お良は、村の裏道を歩いてどこかへ進んでゆく。どうやら人が通らない死角のような道らしく、誰とも出会わなかった。しばらく歩くとお良はある家に入って行った。
そこは、先ほど二人が逃げ出した石動家の屋敷であった。二人は恐る恐る中に入る。
「こっちだよ」
お良に連れられて二人が向かった先は、蔵のような建物であった。
「ここは何の建物なんですか?」
玲が訪ねると、お良は答えた。
「ここが夕夜が育った場所さ」
二人は蔵の入り口を抜けて、薄暗い室内へと入っていった。
「ちょっと待ってな……」
お良はそう言い残すと、棚の上にあるランプを取って戻ってきた。
お良はランプに火を灯す。
すると、ぼんやりとした明かりの中に浮かび上がったのは、大量のよく分からない道具だった。木で作られた馬蹄型や鉄の輪などが置かれている。中には見たこともないような道具もあった。
「……これは一体なんですか?」
玲は顔をしかめて尋ねる。お良は声を沈めて答える。
「石動村は、常世の中でも罪を犯して死んだ者たちが通っていく場所さ。ここにある道具は罪人を拷問するための道具だ」
「ひっ……!」
真輝は小さく悲鳴をあげた。玲は何も言わず沈黙していた。
お良は続ける。
「あの子はここで幼い頃から罪人が拷問されるのを観察しながら育ってきた。子供の時からずっと、見てきたんだよ。人間が苦しみながら悶える姿を」
「……」
真輝は真っ青な顔で俯いていた。玲は冷静に質問する。
「貴方は石動夕夜のことをよく知ってるようですが、何故私たちをここに連れてきたのですか?」
お良は玲の目をみて答える。
「あの子のことを……救ってやって欲しいのさ」
玲は少し黙った後、口を開いた。
「……それはどういう意味でしょうか?」
お良は滔々と語り始める。
「あの子は幼い頃に母親を亡くした。それも自分に宿ってる呪力で母親を殺したのさ。それから旦那様はあの子を憎み続け、あの子が家を出て行くまでは毎日のように殴りつけていた」
お良は一度言葉を切ってから話を続けた。
「さらに、村の中でも持て余してた狗神をあの子に押し付けて村を追い出した。遠かれ早かれ、あの子はあの狗神に祟り殺されるはずさ」
玲は感情を抑えて、淡々と尋ねた。
「どうして、私たちなのですか?」
お良は真剣な目つきで答える。
「賭けたのさ。この村に外からくる生きた人間は殆どいない。そしてあんたらは夕夜を知っていた。夕夜を助けられる最後の機会はあんたらじゃないかってね」
お良はそう言うと、また二人に背を向けて蔵の奥へと歩いていった。
「ついてきな」
玲と真輝の二人は顔を見合わせて、お良の後に続いた。
さまざまな拷問器具が置かれている蔵の中を二人は歩く。真輝は縋り付くようにして玲の手を握っていた。
「あそこだよ」
お良が指差した先には地面に取り付けられた古びた木製の扉があった。お良は、その扉まで歩いてゆくと取っ手を引いて扉を開けた。
扉の奥は階段が続いている。奥は真っ暗で何も見えない。しかし、階段の先から冷たい風が吹いてるのを二人は感じた。
「この先は外に繋がっている。これを持って行くといい」
お良は手に持ってた錆びたランプと、一枚の紙切れを渡した。
玲が確認するとそれは、地図のようであった。
「この先は迷路になっている。絶対に迷わないようにしなよ。ここで迷うと魂までもが永遠に深淵を彷徨うことになる」
玲と真輝は黙って聞いていた。お良はその様子を見てから続けた。
「それじゃ、あの子のこと頼んだよ」
そう言ってお良は、蔵の入口の方へ戻っていった。
玲は渡されたランプを手に取り、お良の後ろ姿を見送った。そして手を握りっぱなしだった真輝を振り返る。
「行きましょうか。お姉ちゃん」
「……うん」
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