第8章 石動村(2)

 二人は男に連れられて、屋敷の奥へと進んでいった。

 二人は、屋敷の中を歩いてゆく。

 廊下の床板を踏むたびにギシギシと音が鳴り響く。真夏の日差しが照らす外とは違いひんやりとした空気が流れていて、どこか不気味であった。

 男は部屋の扉を開ける。

 そこには、畳が敷かれており、中央に囲炉裏があるだけの簡素な造りの部屋だった。

 男は部屋の上座の方へ歩いてゆき、腰を下ろした。

 二人も、その囲炉裏の向かい側の床へ並んで座った。

 男は手を打ち鳴らした。すると、腰が曲がった老婆が襖を開けて姿を現した。

「お良、茶をもってこい。俺のだけで良いぞ」

「かしこまりました」

 お良と呼ばれた老婆はしわがれた声で返事をすると襖を閉めて姿を消した。

 男は、二人の方を向いて言う。

「さて、お前たちの名はなんだ?」

 二人はわずかに視線を交わしたが、すぐに前を向き玲から名乗った。

「私は、根神玲といいます」

 真輝は、玲に続いて名前を言う。

「私の名前は根神真輝です」

 男は腕を組み、重々しく名を名乗った。

「俺は石動銑治いするぎせんじだ」

 玲は最初に口火を切った。

「単刀直入に聞きます。貴方は石動夕夜の父親なのですか?」

 すると、銑治は不機嫌そうな顔になり、二人から目を逸らした。

「……そうだ」

「では、教えてください。石動夕夜のことを」

 銑治は目つきを鋭くして、二人に問う。

「その前に俺の質問に答えろ。お前たちは何者だ? 石動村は生きてる人間がそうやすやすと入ってこれるような場所ではないぞ?」

「私たちは……姉妹で霊導士をやってるものです。ちょっと四国の地の状況視察のために行政の指示を受けてこちらに来ました」

 真輝は不安そうに玲をみる。玲はあくまでも淡々とした表情のままで続ける。

「この石動村では狗神を使うものが多数居るということで、少しお話を伺いたいと思いまして、そこで石動夕夜くんの噂を耳にしまして……」

 銑治は面倒臭そうにして懐手にしてた手を解いた。

「あぁ、お前らは『高天原たかまがはら』から指示を受けて来てるのか。ちょっと前も連絡しただろ。こっちの方の仕事は順調。きちっと死者たちを根の国に誘導してるし、死者に対する指導もきちんとやってる」

 玲は無表情で頷きながら銑治の話を黙って聞いていた。

「夕夜はどこかで好き勝手にやってるんだろ。俺が嫌いなのか家には滅多に寄りつかねぇ。俺が石動村に派遣されてからあいつは生まれたけど、一回も俺に懐いたことがねぇよ」

 襖が開かれて、奥からお茶をささげ持つお良が現れた。

「どうぞ、旦那様」

 お良は銑治の前に湯呑みを置くと、深々と頭を下げてまた向こうの部屋に行ってしまった。

 銑治は茶で喉を潤すと、訝しげに玲に訪ねた。

「なんで高天原から狗神や夕夜のことでわざわざ俺ん所まで視察まで来るんだよ? あいつ、何かやらかしたのか?」

 玲はぼんやりと銑治の表情を眺めながら、冷たい口調で言った。

「石動夕夜が四国中の弘法大師の封印を壊して回っています。狗神の力を使って僧侶に怪我をさせることもしました。これは明らかに理に反しています」

 銑治は玲の話を聞いて再び腕を組んだ。苦いものでも噛み潰したようにしかめ面をする。

「……やっぱりか、あのクソガキ。忌み子の生まれはろくなもんじゃねぇ。村から叩き出してやったのにまだ俺に祟るのか……」

 玲はぴくりと眉を動かした。

「忌み子、とは?」

 銑治はイライラした口調で答えた。

「あのクソガキは根の国の連中が選んだとかで途轍もない呪力を持って生まれてやがるのよ。それで近くにいる人間の心を狂わせやがる。あいつの母親も気を狂わされて発狂して死んだ。生きてるだけで周りの人間を祟る!」

 玲は頷きつつも再び問うた。

「なんで根の国はそんな子供を生み出そうとしてるのですか?」

 銑治はその問いにめんどくさそうに答えた。

「お前らも知ってるだろ。上の連中の代替わりが近いとかで次の世代を選ぶんだとよ」

 真輝は恐る恐る玲の表情を伺う。玲が銑治を見る視線はあくまでも冷たい。

 玲は静かに口を開いた。

「石動夕夜は狗神を連れてますよね。あれは石動村のものですか?」

 玲の言葉を聞いて、銑治は鼻を鳴らして笑った。

「あれは石動村の最後の狗神だ。今日日、狗神なんて術者を祟る忌まわしい呪術なんぞ、この村でも使わねぇ。俺があいつに狗神を始末する仕事をやったのよ。ついでだから、村の連中に貢献できるように精々励めと命令した」

 銑治は、茶碗の中のお茶を一気に飲み干した。そして、二人に告げた。

「夕夜に会ったら、村に二度と戻ってくるなと伝えろ。お前らの質問に答えるのはここまでだ」

 場を沈黙が包む。銑治は指を鳴らし、粘着質な目で玲と真輝を睨め付ける。

「……俺も舐められたもんだな。お前ら、高天原から指示を受けてきた使いじゃないだろ?」

 二人は目を見開き、息を呑んで固まった。

 玲は冷静を装いつつ、口を開く。

「……どうしてそう思うんです?」

 銑治はニヤリと笑う。

「お前らは俺がなんの能力もない無能だと思ってやがるだろ。俺はこれでも常世の拠点を一つ任されるぐらいだぞ。そこそこ視えるし、分かるんだよ」

 玲は内心舌打ちをした。銑治は続ける。

「お前は確かに霊導士っぽいな。だが、そっちの女はなんか存在が妙なんだよ。魂の存在がダブって見える。なんだ? もうちょっとちゃんと見せてみろよ」

 真輝は恐怖のあまり、声も出せずに震えていた。

 銑治の表情がにやけ顔から驚きに変わる。

「おい、お前、死んでるだろ」

 玲は急に立ち上がり、囲炉裏に掛かっている鉄瓶を蹴り上げた。

「お姉ちゃん!! 逃げますよ!!」

 突然の行動に呆気に取られている真輝の腕を掴むと、玲は出口に向かって駆け出した。

 鉄瓶の中に入っていた水を浴びせられて怯んでた銑治は、すぐに立ち直り奥に叫ぶ。

「おい! お良、猟銃を持ってこい!」

 銑治の声に反応して、襖の向こうにいたお良が慌ただしく動き出す音が聞こえた。

 玲と真輝は、廊下に出るとそのまま玄関まで走り抜ける。

「待てぇっ!!!」

 後ろから怒号と共に追いかけてくる足音と気配を感じた。

 玲と真輝は、土間で急いで靴を履き、入口から外へと飛び出す。その様子を屋敷にいた男たちが呆気に取られて見てた。

「お前ら! そいつらを逃すな!!」

 背後から銑治の叫び声が響く。玲は振り返らずに、屋敷から遠ざかる道を走る。

「玲ちゃん、待って! 私転んじゃう!!」

「今立ち止まると本当に殺されますよ! しっかり走ってください」

 玲はそう言うと、真輝を引く手をしっかりと握り直した。

 あたりを見ると、畑を耕している石動村に住むものたちが不審そうな顔で眺めている。その時、背後から銃声が聞こえた。銃弾は二人の足元の大地を抉った。

「玲ちゃん!」

「大丈夫です。とにかく今は走ることに集中してください」

 玲はそう言って、真輝の手を引いてひたすら走った。

「はぁ……はぁ……」

 真輝は荒い呼吸を繰り返しながら、必死に走っていた。

 玲は辺りを警戒しつつ真輝に話しかける。

「もう少しで山に入り込めば追手を振り切れます。もうすぐ村の入口です!」

 あたりは先ほど農夫に捕まったあたりまで来ている。入り口はもう少しである。

 その時二人は立ち止まった。

 石動村の入り口付近には、鍬や鎌を持った男たちが二人を待ち構えていた。

「玲ちゃん! どうしよう!?」

 玲は慌てて周りを見回す。農家の大きな屋敷が少し戻ったところにあるのを見つけた。

「あそこに行きましょう。あそこの納屋なら隠れられそうです」

 二人は再び走り出し、その大きな屋敷の庭にある納屋の陰に隠れる。

「はぁ……はぁ……。もうだめ、走れない……」

 真輝は息も絶え絶えであるが、玲も肩で息をしていた。

「なんとか、ここで連中の隙ができるのを待つしかないみたいですね。このまま夜を待ちましょう」

 日は西に傾いて、夕暮れが近づいていた。もう1時間も待てば日が暮れそうだ。

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