第7章 石動村(1)
次の日、玲と真輝の二人は、岩本寺にて電話で借りたハイヤーに乗って高知の山道を走っていた。
真輝はウキウキと楽しそうな様子だ。玲はぼんやりと窓の外の山の風景をぼんやりと眺めている。
「ねぇ、玲ちゃん。お昼に食べた鰹のたたき美味しかったねぇ。このままどっか遊びに行こうよ!」
「駄目です」
玲はぴしゃりと却下した。
「なんでぇ? せっかく川が綺麗な四万十まで来たのにまだ三里橋も見てないんだよー」
真輝は不満げな声をあげる。そんな真輝を無視して玲はスマホでGoogle Mapを見ていた。
「すいません、運転手さん。そこの道を右に曲がってください」
玲に言われて運転手は不審そうに問う。
「またかい? 大丈夫お嬢さん? さっきから同じ山道をぐるぐると回ってるよ?」
「大丈夫です。そのまま曲がってください」
玲は平然と答えた。真輝が不安そうに尋ねる。
「どういうことなの玲ちゃん?」
「この古文書に書かれている石動村の行き方というのは、決まった道順で道を辿って、三途の川を渡らないといけないのですよ。だから私は書かれてる通りに進んでるだけです」
「ふーん、ゲームみたいだね」
真輝は感心したように言った。
やがて車は赤い鉄筋で作られた吊り橋を通過した。
玲はスマホを伏せて置き、窓から外を見て、再び運転手に指示を出した。
「そちらの山道の入り口に入って道なりに進んでください」
「本当に大丈夫なのかい? この先は何もないよ?」
「大丈夫です。行ってください」
玲が急かすと、運転手は渋々といった感じで再び車を走らせる。
しばらく進むと、舗装された道路がなくなり砂利が敷かれた細い山道へと入った。やがて、完全に道が途切れたところで車が止まる。
運転手は小さく呟いた。
「なんだい、あれは……」
そこには、錆た看板が立っていてそこには血のように赤いペンキで次のように書かれていた。
『此ノ先、日本国ニ非ズ。立チ入ル可ラズ』
玲は運転手に声を掛けた。
「運転手さん。ここまでで良いです。お姉ちゃんここからは歩いて行きましょうか」
「うん、行こっか」
二人はドアを開けて出て行こうとする。運転手は慌てて玲と真輝を止めた。
「待て! タクシー運転手の噂で聞いたことがある! ここは行ったらダメだ!」
玲は不審そうな顔で聞き返した。
「噂?」
「ああ、山道を迷って彷徨っているとこの看板のある村にたどり着くそうだ。昔、ここに入った奴らが何人も行方不明になってるという。噂によると迷い込んだ人は村人に惨殺されるらしい」
「へえ……ご忠告ありがとうございます。でも、私たちこの村に用事があるので」
玲と真輝は扉を閉めて歩き出した。ハイカーは急速なスピードでバックをして去ってしまった。
二人は看板のある入り口を抜けて、何も整備されてない砂利道を歩いてゆく。
真輝は疑問に思ったことをそのまま口に出す。
「ねぇ、玲ちゃん。ほんとにここは石動村なの? 普通の山道みたいにしか見えないけど」
玲はこともなげに答える。
「さっき、車で橋を渡ったときにスマホの電波が途切れました。私も、空気の肌触りが急に変わったのを感じます。恐らく常世の国の中です」
「ふーん、そんなもんかなぁ」
二人は黙って山道を歩き続けた。すると、森を抜けて前方に小さな集落が見えてきた。
「あそこですか……?」
玲はその光景に違和感を覚えたのか首を傾げた。
真輝も不思議そうに言う。
「なんか古風な家ばかり並んでるね」
石動村の建物は明らかに古びたものであった。戦前の日本家屋のような木造建築が並んでいる。屋根などは藁葺きである。
玲と真輝は、村の中の道を歩いていると、突然後ろから声が掛かった。
「おんしゃ、だれにゃあ!」
二人が慌てて振り返ると、顔を真っ黒く日焼けさせて顔には深く皺が刻まれた農夫が立っている。服装は着物だが、その色は赤茶色に変色して、裾はボロボロになっている。そして、その手には鎌が握られている。
「玲ちゃん……。この人なんて言ってるの?」
「分かりません。土佐弁みたいですけど訛りが強いです」
二人が小声で話し合ってると農夫は再び大声で話す。
「ほたえな!! あんまり、えらそう言いよったら、こたかすぞ!!」
農夫の剣幕に二人が黙り込んでしまうと、農夫は二人のすぐそばにまできた。
「おまんらはどこから来たんじゃ!? どっから来よったが!?」
二人が何も言わず黙っていると、目付きを鋭くして、二人の手を掴んで引っ張り始めた。
「ちょっと! どうしよう玲ちゃん!」
「分かりません! 今はこの人についていきましょう!」
二人は農夫の男に引っ張られるままに村の中を歩いてゆく、村の中の風景を見ると戦前で時が止まったような水車があったりするような農村の風景だった。
やがて、二人は大きな屋敷の前に辿り着いた。
「ここじゃけぇ、入れや」
男は二人を引っ張って中へと連れ込む。屋敷の中には別の男がいて、農夫はその男と話し始める。
「おう」
農夫は身振りで玲と真輝を示す。
「やっぱあの男は、やる事がざっとしちゅう」
中にいた男は顔を顰めつつ答えた。
「そんなけんまい事言いよったら、話しがまとまらんき」
農夫は、その言葉を聞いて不満そうな表情をする。
とにかく話が済んだようで、農夫は引き戸を開けて出ていく。
屋敷の中にいた男は、二人を立たせたまま言う。
「おまんらここで待っちょれ」
二人は取り残されてしまった。
真輝は不安げに玲に話しかける。
「ねぇ、玲ちゃん……」
玲は周囲を見回してから答える。
「多分、大丈夫でしょう。石動村のまとめ役のところに連れてこられたみたいです」
玲は、周囲を見渡した。屋敷の内部は大きな土間になっていて、奥の方では農作業道具らしきものが乱雑に置かれている。
しばらくすると、先ほどの男が人を連れてきて戻ってきた。
「おい、この子らがそうか?」
「おお、そうじゃ」
その奥から出てきた人物は、他の石動村の住民と比べると整った着物を着ており、髪は短く整えられている。
そして、その目は鋭い眼光を放っている。玲と真輝を不思議なものでもみるような目つきで見つめた後、口にした。
「どうやってここに入り込んだ?」
玲と真輝は小声で話し合う。
(ど……どうしよう玲ちゃん、なんだかとても危険な空気だよ……)
(とりあえずここは誤魔化しておきますか)
玲は、相手の目をしっかりと見て答える。
「私たちはただの観光客です。山道を彷徨ってたらこの村に迷い込んでしまいました」
相手は玲の言葉を聞くと、少しだけ考えこむように黙り込んでから、再び口を開く。
「嘘だな。お前たちはここに来るべき人間じゃない」
玲は聞き返す。
「どういうことですか?」
「ここは、常世の国と呼ばれている場所。死者の国だ。生者が入っていい場所では無い」
真輝は驚いて声を上げる。
「常世の国!?」
「ああ、そうだ。だから帰れ。俺も面倒なことは起こしたくない。現世まで送ってやる」
玲が何かを言い返そうとすると、横にいた男が割り込んできた。
「おまん、なん言いゆうが! 石動村から出ることは許されちょらん! おまんが決めつけいうことではないきに!」
まとめ役の男はそれを無視して、玲に向かって言う。
「さぁ、分かったら、ここから立ち去れ」
しかし、玲は首を横に振って答えた。
「嫌です。私たちはまだ帰らない。帰るわけにはいかないんです」
「ほう……。なぜ帰りたく無い?」
「石動夕夜のことを知りたいんです」
玲は真っ直ぐに男の瞳を見て言った。男は、不審な顔をしてしばらく黙り込んでから玲の目を見る。
「……何者だ? どうやらただの観光客ではないようだな」
まとめ役の男は二人に背を向けた。そして短く言い放つ。
「ついてこい。話を聞いてやる。石動夕夜は俺の子だ」
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