第4章 アルビノ
次の日の早朝、二人は早々に目を覚まして朝の身支度をした。真輝はなかなか起きず、玲に叩き起こされるという形ではあるが、なんとか宿坊から教えてもらった朝食の時間に間に合った。
宿坊の食堂には、他にも泊まっているお遍路さんの一団が朝食を取っていた。二人は軽く他の宿泊者に頭を下げて、奥の方の席に陣取った。
「ふぁーーぁ、まだ眠いよ。5時半だよ玲ちゃん?」
真輝は大あくびをするが、玲はそんな姉には構わず手を挙げる。
「すいません、朝食をお願いします」
そんな玲を隣で見ていたお遍路さんの装束をしていた他の宿泊客が教えてくれた。
「ここの朝食はセルフサービスだよ。自分で厨房の方に取りに行くんだ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
礼を言うと、玲と真輝は自分たちの分を取りに行った。そしてすぐに戻ってくると、二人ともテーブルの上に並べられた料理を見た。
「美味しそうだねぇ、玲ちゃん」
「そうですね」
そこには炊き立てのご飯や味噌汁、質素ながら趣向を凝らした朝食があった。
「じゃあ食べようか玲ちゃん」
「ええ」
二人は割り箸を割り、それぞれに朝食を口に運ぶ。今まで眠そうにしていた真輝は満面の笑みである。
「おいひぃねぇ、れいちゃぅん」
「食べながら喋らないでくださいよ……」
「うっ!」
ご飯が喉に詰まったのか、目を白黒させながら真輝は水を一気に飲む。玲は冷めたような目つきで真輝を観察していた。
「全く……、急いで口の中に詰め込もうとするからですよ。ちょっとは落ち着いてください」
真輝は詰まりが取れたのか、ぜいぜいと肩で息をする。
「はぁはぁ、危なかった……死ぬかと思ったよ……」
「貴方はもう死にません。安心してください」
「えー? でも死ぬほど苦しいよ?」
「分かってるなら最初からやらないでくださいよ」
玲の表情はあくまで冷めているが、真輝はそれにも構わず楽しそうに食事を続けるのだった。
食事を終えて、他のお遍路さんが出て行った後も二人は食堂にいた。真輝は湯呑みで茶を飲みつつ玲に話しかける。
「で、これから今日はどうする予定なの玲ちゃん?」
玲はぼんやりと入り口から外の方を眺めていて、そして話し始める。
「本堂の方の住職さんの朝のお勤めが終わるまではここで待ちましょうか。話は付けてあるので今回の依頼に関する要件を伺えることになってます」
「へぇ〜、それっていつ頃になるかな?」
「さあ……。私もそこまで詳しいことは聞いてないのでなんとも言えませんね」
「そっか〜」
真輝は気のない返事をして、再びお茶を飲む。玲はそんな真輝の様子を見つつも口に出した。
「そろそろ本堂の方に行ってみましょうか。おそらくそこで話を聞けるかと思います」
「うん分かった! 早く行こうよ玲ちゃん!」
そうして二人は宿坊を出ると、ゆっくりと歩き始めた。
それからしばらくして、二人は寺の敷地内にある本堂までたどり着いた。中に入るとそこには僧侶たちがぞろぞろと外に出て行こうとしているところだった。どうやら朝のお勤めは終わったらしい。その中に一際目立つ袈裟を着た男がいた。その男は二人の姿を目にすると、こちらに向かってきた。
「根神さんところの子たちかね?」
玲は一礼をして答えた。
「そうです。今回はそっちの方の仕事があると聞いて伺いにまいりました」
「ああ、君たちのおばあちゃんには色々と世話になっているよ」
そう言って彼は近くの椅子に座るように促す。二人は言われるがまま腰を下ろした。
「ではまず最初に……、今回の仕事の内容について改めて確認させてもらっていいでしょうか?」
玲はいきなり本題を切り出した。男は苦笑いを浮かべながら答える。
「まあまあそう焦らずに。とりあえずは自己紹介からだ。私はこの寺の責任者をしている者だ」
責任者と名乗った男は、二人の方に向き直った。
「私の名は『日下』と言う。よろしく頼む」
そう言うと、彼もまた軽く頭を下げた。
「はい、よろしくお願いします」
玲たちも同じように頭を下げる。
日下は威厳のある壮年の僧侶であり、僧侶の出立ちも様になっている。深く威厳のある声で後ろにいる僧侶たちに呼びかけた。
「おーい吉野、お前があの時に出会った子供について話してくれ」
本堂の端の方でたむろっていた僧侶の中から、『吉野』と呼ばれた若い僧侶がやってきた。
「なんでしょうか? 日下さん」
「あの、夫婦像の道祖神が壊された時の話をしてくれないか?」
それまで何ともなかった吉野の顔が急激に恐怖に歪む。それを見て真輝は不安そうに声をかける。
「あの……、すごい顔色ですよ。大丈夫ですか?」
「ああ……、問題ないよ。少し驚いただけだから」
そう言いながらも額からは冷や汗を流している。明らかに何かあったようだが、無理強いするわけにもいかないので、真輝はそれ以上追及しなかった。
「分かりました。お話しします。あれはうちの方の寺の近くの道祖神が壊された時のことでした」
そう言って吉野は語り始める。
「四国中の弘法大師様の封印が破壊されているというのは、八十八箇所の寺社の僧侶たちの間でも噂になってました。それで、我々のような若い僧侶たちでは自警団を組んで、封印を守ろうという動きがあるのです」
玲はこくりと頷き、話を促す。
「その封印を破壊している者の動きが四万十の近くでも見つかったということで、私たちは道祖神のパトロールを行なっていたのです。ある時、道祖神を壊している『それ』を捕まえました」
「それが、貴方がたが見た白い子供ですか?」
玲の言葉に吉野は静かに首肯する。
「ええそうです。白い髪に赤い目をした、白子症の子供でした。そして、その子供は呪詛を使って道祖神を破壊してました……」
吉野はそこで言葉を詰まらせた。
「呪詛、ですか?」
玲が問いかけると、吉野は震えながら答える。
「はい……。道祖神に血を掛けて、何かしらの儀式を行った形跡が残されてました。そこにあった封印は破壊されて一欠片も残っていなかったのです。そして、我々にそれを見咎められたその子は……」
そこまで言うと、吉野は肩を抱えて大きくガタガタと震え始めた。明らかに尋常ではない様子に玲たちは驚き、慌てて声をかける。
「大丈夫ですか!?」
「私一人を残して……仲間たちが次々と見えない何かに襲われて……大怪我をして倒れていって……」
吉野は涙を流しながら、そう訴えた。どうやらかなり錯乱しているらしい。
「ここからは私が話をしましょうか」
怯えている吉野を宥めるように、日下が前に出る。
「ありがとうございます。それじゃあ、お願いします」
玲は日下に頭を下げて、吉野の代わりに説明を任せることにした。
「先ほど吉野が言った通り、我々はその子供を取り押さえようとした。しかし、逆にその子供に僧侶たちが襲われてしまって大怪我をして、今でも病院で治療を受けてます。幸い命に関わるような傷ではなかったようですがね」
日下はそう言うと、ちらと横目で後ろの僧侶たちを窺う。そこには何人かの僧侶たちがおり、彼らは一様に暗い表情をしていた。
「そんなことが……。それで、私達にその子供をどうにかしてほしいと言うことなのですか?」
日下は首を振る。
「いやそこまでは……。その子供は私たちが捕まえます。根神さんには破壊された道祖神の封印をなんとかしてもらいたいんです」
日下はそう言って、玲に微笑みかける。だが、玲の目は笑っていない。
「封印に関してはまずはその子供の居場所を突き止めないと堂々巡りですよね? それからどうするか考えるべきでしょう」
「しかし、あなた方にそんな危険な事をやらせる訳には……」
「そちらが勝手に危険を冒しておいて、こちらには手を出すなと?」
玲は冷たい視線を向けて、淡々と話す。
「それは……、確かにこちらが悪い。申し訳ない。だがこちらも、この寺を守る責任があるのだ」
日下は悔しそうに唇を引き結ぶ。
真輝は慌てて日下と玲の間に入った。
「まぁまぁ玲ちゃん、落ち着いて! そんな言い方はないよ」
日下は真輝に頭を下げた。
「すまない。だが、本当に君たちに頼んでいいものなのかと悩んでいるんだ。君たちのおばあちゃんに、君たちのことは頼まれているが、それとこれとは話が別だ」
玲は再び冷淡に話し始める。
「呪詛のことも、現世と常世のことも、専門では無い貴方がたが解決できるような問題では無いのですよ。これは、私たちの領域の話です」
真輝は心配そうに玲の顔を見る。
「玲ちゃん。本当にこんな危ない話を私たちだけで解決できるの? やっぱり大人の人に頼んだ方が……」
玲は首を横に振る。
「駄目です。この件に関して、これ以上余計な人間は関わらせない方がいい。犠牲者が増えるだけです」
「でも、それなら尚更……」
「お姉ちゃん、私の祖母が何故私達を呼んだのか分かりますか?」
玲の言葉に、真輝は黙り込む。
「今回の件を解決できるのは私たちしかいないからです。だから私たちなのですよ。他の人を巻き込まないように」
玲はそう言い切ると、じっと日下を見つめる。
「そういうことでしたら、無理に止めません。ですが、どうか気をつけてください。私たちは貴方がたが無事に帰ってくることを祈っています」
そう言うと、日下は玲に深く頭を下げる。
玲は吉野の方を向く。
「さて、それでは吉野さん。詳しい場所を教えてください」
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