第3章 真輝の親友

 日も西に傾きかけてきた頃、玲と真輝の二人はようやく目的地である岩本寺へ到着した。電車を何本も乗り継いで、窪川駅から最後は歩いて辿り着いた。

 真輝はキャリーバックを引きつつ疲れ果てた様子である。

「……やっと辿り着いた……もう私はふくらはぎがパンパンだよ」

 玲はそんなへとへとの様子の真輝を見て、こともなげに返す。

「ひ弱ですね。まぁ、これ以上日が暮れる前に辿り着けて良かったです」

「玲ちゃんは大丈夫なの? 私たち結構、歩き回ったはずだけど」

「私は陸上部で鍛えてますからね。ちゃんと毎日ランニングで走り込んでます」

 そういえばそうだった。真輝は玲が早朝にトレーニングウェアを着込んでどこかに出かけていくのを思い出した。

「まぁ人間は体力が資本ですからね。貴方のような都会っ子には分からないかもしれないですけど」

 二人は、前もって電話で聞いていた岩本寺の宿坊の門を潜った。


 宿の者に受付を済ませて二人は部屋に案内された。

 引き戸を開けるとそこにはこじんまりとした和室があった。宿の者が気を利かせて空調をつけてたらしく、部屋の中は涼しい。

 真輝はキャリーバックを部屋の隅に片付けて、すぐさま畳間に大の字になった。

「もー、疲れたよ玲ちゃん! 早くお風呂と晩御飯を済ませて休もうよ!」

 玲は閉じられた窓を開いて外の方をみている。

「案外、街が近いんですね」

 真輝は和机の方へずるずると這っていき、備え付けで置かれてたお茶と茶菓子を食べ始めた。机にもたれ掛かりながら話す。

「お寺の住職さんに話を聞いたりするのは明日かな? もう夜になっちゃいそうだし」

「ですね、今日は私たちも早々に寝てしまって明日の朝のお勤めの時にでも話に行きましょう」

 真輝は備え付けのTVの電源を入れて、地元のローカル民放へチャンネルを合わせる。TVでは夕方の報道番組が流れていた。

「やはりこちらの方だとCMとかも違うんですね」

「聞いたことのない場所ばっかだねー」

 二人は和室でゴロゴロとしつつ気もなくTVを眺めていた。

「なんか時間がゆっくりだねー、玲ちゃん」

「そうですね。特にやることもないですから」

「もう、お風呂にでも行く?」

「そうしますか」

 玲と真輝はTVを消して立ち上がった。


 電話で話には聞いていたが宿坊の風呂場は狭いということで、二人は近くの旅館の風呂を借りることにしていた。

「すいませーん」

「はいはい、お風呂ですね。どうぞ奥の方へ」

 女湯と書かれた暖簾を潜って二人は脱衣室へ入った。

 湿気のこもった湯の香りと、木の香りが入り混じっている。湯気で曇った浴室の方をうかがってみるが、どうやら中には誰も居ないらしく貸切状態のようだ。

 棚に入ったカゴを取り出し、着替えの服とバスタオルを入れておく。玲は不満げな表情で口に出す。

「別に私は宿坊の方の風呂で一人づつ入るのでも良かったんですけどね」

「ダメだよ玲ちゃん! 疲れを取るためにもしっかりと大浴場でお風呂に入らないと! 旅の醍醐味だよ」

「まあ、いいですけど」

 玲は文句を言いつつも上着を脱ぐ。脱いだ衣服はカゴの中に入れた。

 玲は服を脱ぎつつも隣で一緒に服を脱ぐ真輝が気になってしまう。真輝は、服の上からでもそうとわかるぐらいにグラマラスな体つきをしている。衣服を脱いでしまうと、出るところは出ていて締まるところはしっかりと絞られている魅力的なスタイルが強調されてしまう。

 一方、玲は自分の体型をかえりみる。真輝からはスレンダーだと言われるけど、胸も腰もストンと落ちてしまうようなまな板のようだ。どうにも悔しいのだが、真輝の女性的な魅力に比べると自分は月とスッポンだ。

「どうしたの玲ちゃん。ぼんやりと私なんかみつめて」

「いいからそんなもの丸出しにしてないでさっさと隠してくださいよ。目の毒です」

 玲に指摘されて、真輝は恥ずかしそうにいそいそとタオルで体を隠した。


 玲は浴室の引き戸をガラリと開ける。肌を温かい湯気が包んだ。真輝が歓声を上げる。

「わぁ、綺麗な浴室だねぇ」

 浴室は築浅であるらしく、まだ床も天井もピカピカである。大きな浴槽には清潔な湯が張られている。

「手早く体を洗ってしまいましょう」

 玲は素足で洗い場に歩いて行って、蛇口を捻り風呂桶にお湯をためはじめる。真輝も、隣の洗い場に並んでシャワーのレバーを捻った。

 二人は手早く体を洗い、頭から足までの旅の埃を綺麗さっぱり流してしまった。

「じゃあ私はお湯に浸かるね」

 玲が背中を流していると、真輝は早々に体を洗うのを終わらせて湯船の方へ歩いて行く。

 玲が体を洗い終えて湯船の方へ歩いてゆくと、真輝は手招きしていた。

「気持ちいいよ玲ちゃん。早くおいでよ!」

 玲は湯船の中に浸かっている、真輝の隣に腰を下ろした。

「温泉ではないんですね」

「でも、檜風呂だよ」

 確かに湯気の中には檜の爽やかな香りが混じっていた。

 玲は肩まで湯の中に沈める。ついため息のような息が漏れてしまう。

 真輝もリラックスした様子で鼻歌など歌っている。玲の方を向くと思い出したように話し始める。

「なんかさ、玲ちゃんをみてると私の親友のことを思い出すんだよね」

 玲は特に気負う様子でもなく聞き返した。

「生前の話ですか?」

「そうだね」

 そこまでいうと真輝は声を絞った。今までのご機嫌な様子とは打って変わって、沈み込んだ声音である。

「その子は、年下の後輩だったんだよね。玲ちゃんみたいにスポーツやってて、すごくカッコいい女の子だった」

「仲が良かったんですか?」

「その子がすごい私のことを慕ってくれてたんだ。私のことをお姉ちゃんみたいだって言ってたんだ」

「…………」

 玲は真輝の様子をじっとみていた。一方で己の中の感情を観察するようにして、平静にしている。

「私、その子のこと大好きだったんだ。でも、ダメだよね。結局、私が死んじゃうんだもん」

 玲は真っ直ぐに前の壁を見つめた。真輝は話を続ける。

「夏子が今どうなってるのか考えることがあるんだ。あの子は今でも私を待ってるのかなって…………きゃ!」

 玲は真輝の顔に風呂のお湯をかけた。その視線には剣呑な色が混じってる。

「まだ現世にそんな未練を持ってたんですか。私はその子じゃないからわからないですよ」

「…………ごめん」

 玲は再び前を向く。そして決然とした口調で言った。

「でも、その子の気持ちはわかります。自分のせいでお姉ちゃんが再び迷うようなことがあれば、私は絶対に後悔する。今まで貴方のおかげで幸せだったから迷わず安らかに逝ってほしいと思います」

 真輝は何も言わなかった。ただ黙って玲の言葉に耳を傾けている。

「だから、もう忘れてください。貴方がその子のことを強く思うことも相手にとって悪影響になることがあるのです。貴方がこの世に留まる理由を考えてください」

 二人は黙って湯船の中に座っていた。

 玲は気丈に振る舞おうとしてたが、やがて気弱な表情を見せて俯いてしまった。

 しばらく二人の沈黙が続いていたが、真輝は玲の手に自分の手を重ねる。

「大丈夫だよ。私は玲ちゃんがいる限りはずっといるから」

 そう言って微笑むと、湯の中で手を握りしめた。

「……うん」

 玲は小さく頷いた。


 二人は湯船を上がり脱衣室に戻った。体を拭き、服を着て外に出る頃には、すでにあたりは宵闇に包まれている。二人は夜道を歩き宿坊へ戻った。その間、二人はずっと言葉少なであった。

 宿坊に戻ると、夕食の準備ができており、二人とも空腹だったことを思い出した。

 食事を終えるとすぐに就寝時間になった。二人は部屋に戻って眠りについた。

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