第2章 快速「マリンライナー」
電車が岡山駅に着いたようなので二人は電車の出入り口から降りた。真輝は大きなキャリーバッグを下ろすのに手間取った。
玲はそんな真輝を見て面倒臭そうに言う。
「お姉ちゃん、私たちが高知で過ごすのはせいぜい数日ですよ。なんですかその大荷物は?」
「え、だって折角、水が綺麗な川辺の街に行くんだよ? 水着とかビーチボールとか色々準備が必要じゃないの!」
はぁ、と玲はわざとらしく大きなため息を着いた。玲の荷物は大きめのバックパック一つだけである。
「玲ちゃんの荷物は少なすぎじゃないの? カバンひとつだけじゃないの」
「私は大荷物を背負って旅行なんてしたくないんですよ。向こうに洗濯機もあるらしいので必要な着替えしか持ってません」
「もう、玲ちゃんはつまらないなぁ」
真輝はゴロゴロとキャリーバックを引いて玲の後ろを着いていく。周りを歩いている人たちはみんな足早に歩いていく。
午前9時ごろの岡山駅ホームは、まだ8月でも盆には早いためか人はそれほどいない。構内は熱気のために暑くて汗をかいてしまう。
二人はエスカレータを登り中央改札口へ向かって歩いていく。
「玲ちゃん。マリンライナーに乗り換えるのでよかったよね?」
「ええそうです。まずは坂出駅に向かって、そこから高知駅を目指し、在来線乗り継いで四万十市を目指します」
「一日仕事だねぇ……」
二人はターミナルビルの中を行く。あたりは玲たちが住んでる場所にある駅とは違っていて栄えており、さまざまなお土産物屋や飲食店などが店を構えている。
真輝は重そうにキャリーバックを引っ張る。何かを見つけたのか玲を呼び止める。
「玲ちゃん、吉備団子買って行こうか?」
「要らないですよ。うちの方でも買えるじゃないですか」
「じゃあ、おまんじゅう」
「お腹空いたんですか? 家出る時に朝食は食べたじゃないですか」
「むー、なんか食べてこうよ」
「時間ないですよ。マリンライナーは混むんですから急ぎましょう」
玲はすたすたと歩いていく。真輝はむくれて頬を膨らませる。
二人はチケット販売機で乗車券を購入して、エスカレーターでホームに降りた。
マリンライナーはまだホームに来てないようである。二人は乗り降り口に並んでる行列の後ろに並んだ。
真輝は玲に話しかける。
「そういえば二人で四国の方に行くのは初めてじゃなかったっけ? 前にお役目で神戸の方に行ったことはあったよね」
「あぁ、あの子供の亡霊の望みを叶えるために神戸に明石焼食べに行った時ですね。変な子でした」
「そうそう、世の中にはいろんな未練を持った霊が居るんだねぇ」
腕を組んで電車が来る前のレールの向こう側を眺めている。退屈しているのか真輝は玲に話しかける。
「玲ちゃんは結構、旅慣れてる感じだよね。いろんな場所を知ってるし、乗り換えしたりするのも手慣れてる」
玲は話しかけてくる真輝の顔を見て、気だるそうに答える。
「私はこれでもお役目のために全国各地を渡り歩いてますからね。私の活動範囲は基本的には瀬戸内海近辺ですけど、たまにおばあちゃんの代わりに常世の神様に報告するために東京に行ったりすることもあります」
「東京! いいなぁ。私は玲ちゃんと一緒になる前は山陽から出たことがなかったからなぁ」
「神無月には出雲で神様たちの会合があるはずなので、その時は私とおばあちゃんも島根に行く予定です。その時は貴方も一緒に行けるはずですよ」
線路の向こうからマリンライナーがこちらの方に向かってくるのが見えた。二人はそれぞれ荷物を持ち直す。周りの電車待ちの人々も再び並び直した。
真輝の大きなキャリーバッグを荷物置き場に置いた後、二人は指定席に座った。真輝が窓側で、玲は通路側に座っている。
真輝はわくわくした様子で車窓を眺めており、玲はスマホを適当にぽちぽちと触っている。
「あ、また玲ちゃんがスマホ触ってる! 私にも一台契約してよー!」
「貴方は戸籍がないじゃないですか……。どうしてもって言うならおばあちゃんにお願いしてくださいよ」
「じゃぁ貸して!」
玲からスマホを奪い取ると真輝はすかさずYoutubeを起動させて動画を見始める。玲も真輝が操作する画面を覗き込んで並んで座っていた。
やがて車内アナウンスが出発する旨を伝える。ガタンと車内が動き電車が動き始める。
二人は並んで動画を眺めていたが、玲は飽きたように視線を外し、座席にもたれかかった。
「動いてる乗り物の中でスマホ見てると酔いますね」
「えー、玲ちゃんの意外な弱点見つけちゃったな。乗り物酔いに弱いんだね」
「スマホ返してくださいよ。ギガが勿体無いです」
玲は真輝が持っていたスマホを奪って動画を止めた。真輝は不満げに玲を見つめるが、玲は構わずにスマホをポケットに入れた。
真輝はつまらなそうに頬杖をついて車窓から外を見た。
「つまんないなー、これだったら何か本でも持ってきたらよかったよ」
「お姉ちゃんは何を読むんですか?」
「太宰治とかかなぁ。芥川龍之介でもいいけど」
「……見栄張ってません? 難しい作家を言っとけば良いとか」
「あ、玲ちゃんが失礼なんだよ! 私は本読むのが好きなんだよー!」
「人は見た目によらないものですね」
玲は腕組みをして真輝をまじまじと見つめた。真輝はそんな玲の様子を見て、にこりと笑みを返した。
玲は通路側の席から車窓の外を眺めていた。30分ぐらいは電車に揺られてるのだが、市街地を抜けて車外は完全に田園地帯の風景になってる。
マリンライナーが児島に到着して停車するとのアナウンスが入った。
玲が真輝の方をみると、真輝はすやすやと眠っている。
玲は真輝を起こそう思ったが、なんとはなしに真輝の寝顔に見入っていた。
何かといつもピンボケなことを言う真輝ではあるが、見た目は衆目麗しい整った見た目をしているのだ。
肌は陶磁のように白くきめ細かい。睫の長い大きな目はよく動き、真輝の豊かな感情を伝えてくれる。腰の方まである長い髪は軽くブリーチされているが髪質は良く、ベルベットのような緩いウエーブをして陽光を照り返している。
黙っていれば誰もが振り返るような美人であるのだが、どうにも子供っぽいところがあり玲は振り回されてばっかりだ。
玲は真輝の寝顔をみて黙考する。思えば玲と真輝の出会いは普通のものではなかった。
真輝は、暴力的な男に突然殺されて、人気がないような場所に埋められて十数年もその場所に囚われていた地縛霊だ。それを玲が妄執による囚われから救い出してやり、二人は血がつながらない姉妹になった。
玲もなし崩しにそんな状況に慣れてしまったが、どうにも牽強付会な展開に疑問を感じることもある。なぜ、おばあちゃんはこんなに簡単に常世と現世の理を覆そうと思ったのだろうか? 本来、真輝の存在というのはありうべからざるものである。
玲は誰にともなく独りごちた。
「……それをいうならば私もそうか」
玲は、鬼子として生まれその場に存在するだけで周りの霊的な場に干渉する。長く接触するものがいれば、その精神を狂わせて祟り殺す。そのためか、母親は出産の時に死んでしまい、父親は玲を恐れて幼い時に玲を置いて出奔してしまった。
おばあちゃんの言う事によれば、玲は、神様に選ばれて生まれてきたのだという。生まれながらにして高い霊能力を持ち、呼吸をするように死者たちの声を聞き、そして未練を叶えてやる。
幼い頃から多くの未練を持った霊とコミュニケーションをとり、そして常世へと導く仕事をしていた。元々の血筋がそのような迷える魂を導く霊導士の家系であるために玲のような存在が生まれたのかもしれない。
再び真輝の顔を見る。
何も迷いがない天使のような寝顔だ。真輝が置かれた境遇というのは、生まれた家と家族から切り離されてしまったのに、天真爛漫に日々の中で泣き笑い、そして玲のことを妹として接してくれる。
「私は、貴方のことを幸せにしてやれるのでしょうかね?」
真輝のことも、そして自分自身の未来のことも全然見通しが立たない。玲自身、将来的に 自分がどうなっていくのか真っ暗闇な道を歩いているようなものだ。
今はこうやって二人で共に歩くことが出来ているものの、二人の生の在り方が違うことを考えればいずれは別れが訪れるだろう。
果たして、自分の行動は正しかったのか? 玲は一つため息をついて、瞑目した。
「そういえばそうでした」
玲は真輝から瀬戸大橋を渡る時は起こしてくれとお願いされていたのを思い出した。
「お姉ちゃん。起きてください」
玲は真輝を揺り動かして起こそうとする。
「んー……? どうしたの玲ちゃん?」
真輝は気だるげに薄く目を開き、寝ぼけたように玲の表情を見つめる。
「起きてください。瀬戸大橋が見たかったんでしょう?」
慌てて真輝は車窓の外を見つめる。
「真っ暗じゃないの」
「今はトンネルだからですよ。ここを抜けると瀬戸大橋です」
真輝は座席から背を浮かせると、両手を組んで背を伸ばした。
「あー、よく寝た。おはよう玲ちゃん」
玲は何も答えずに前の方をぼんやりと眺めている。
真輝は不思議そうな顔をして、頭に手をやって寝癖ができてないか確認した。
やがて、マリンライナーがトンネルを抜けたのか車外が明るくなる。
車窓の外は一気に風景がひらけ、遠景まで広がる海の風景になる。
「わあー!」
真輝は子供のように歓声を上げる。窓に張り付いて橋の下の海を眺めようとしてる。
「天気がいいねぇ! 今日は大渦見れるかな? 玲ちゃん?」
そうやってはしゃぐ真輝を横目に、玲はあくまでも沈み込んだ雰囲気である。
「……大渦は鳴門海峡ですよ。瀬戸大橋は違います」
「え!? そうなの!?」
真輝は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。玲は淡々と続ける。
「え、そうなのって、お姉ちゃん、常識じゃないですか……」
「てっきり私は四国の周りはどこでも大渦が巻いていて、近づく船を次々と沈めてるものなのかと……」
玲は、はぁとため息をついてそっぽを向いた。真輝は不思議そうに玲の表情を伺う。
「玲ちゃん、なんか疲れてるね。普段だったらもっとお説教するのに」
「…………なんでもないですよ。貴方はいいですね。いつでもお気楽で」
玲は鬱々と黙り込んで、俯いてしまう。真輝はそんな玲の姿をじっと見ていた。
玲がそうやって鬱々と黙り込んでいると、頭に何かがふわりと乗せられた。
真輝は、手のひらを玲の頭に乗せて撫でてやっていた。
「何やってるんですか、お姉ちゃん!」
玲が真輝の手を振り払おうとすると、真輝は玲の肩を抱き寄せた。真輝は優しく語りかける。
「何か不安になるようなことを考えていたんでしょ? いつもそうだよね。一人で悩み込んで、そして不安になって沈み込んでしまう」
「…………」
真輝は額を玲の顔に近づけて、穏やかに語り続ける。
「一人で悩まなくて良いんだよ玲ちゃん。玲ちゃんにはおばあちゃんもいるし、私もいる」
「……お姉ちゃん」
「玲ちゃんがなんで悩んでるのかわからないけど、私たちは絶対うまくいく。玲ちゃんはすごく頑張ってるんだもん」
玲は悲しそうな表情で俯いてしまった。ずっと一人で苦しんでると考え、一人で全部抱え込もうとしてたことに気がついた。自分は頑なすぎて真輝のことも信用できてなかったのかもしれない。
玲は勇気を出して、真輝に心の底で思っていることを言おうとした。
「……お姉ちゃん。私は……!」
その時だった、真輝のお腹からぐーきゅるきゅると大きな音が鳴り響く。
「お腹すいたねぇ玲ちゃん。坂出駅でうどんを食べようよ」
玲は拳を固めて真輝の肩を殴った。
「痛いよ! いきなり何するの玲ちゃん!」
「貴方って人は! 決めるところぐらいしっかりと決めてください! 私がバカみたいじゃないですか!」
「え!? 玲ちゃんが何を言ってるのか分からないよ!」
マリンライナーは瀬戸大橋を抜けたようである。二人を乗せて、列車は目的地へ向かってゆく。
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