第11話 わんぱく猫と一騎討ちの日

 翌日の夜のひざかり公園では、ロイを除いた七匹の猫たちがロイの到着を待っていた。


「ドニー、本当に来ても大丈夫だったのか?」


 ウニは心配げな様子で尋ねた。


「あぁ、コーナーでのサポートをどうしてもしたくてな。でも、無理はしないよ」

「そうか」


 その後もしばらく待つが、ロイの姿は一向に見えない。


「私、ちょっと見てくるね」


 ルルは、そう言い残してロイの家へと急いだ。


 ロイの家はひざかり公園からすぐ近くにある。猫の足でも三分あれば到着できる場所にあった。

 ルルはロイの家に到着すると、ガレージの小さなドアの隙間からガレージへと入った。


 ガレージには小さなドアから差し込む光と全体を照らしている小さな明かりだけが頼りだった。

 少し暗い室内でロイの姿を探す。すると、ロイはいつものキャットハウスで寝ていた。卵の殻に大きな穴を開けた形状をしている冷暖房付きのキャットハウスだ。決して閉じ込められているわけではない。それにしても決闘の日に呑気なものだった。


「ロイ! 起きなさい!」

「……ぅん? 何?」


 ロイはもそもそと体を起こすとルルの姿を捉えた。


「おはよう……」

「おはようじゃないでしょ! 今日は決闘の日よ! 早く起きて準備をしなさい!」

「……うん」


 ロイは完全に起きると、食事を済ませた。すぐにルルと共にひざかり公園を目指した。


「ロイ、遅かったじゃねぇか。緊張して眠れなかったのか?」

「逆よ。今までずっと寝てたの」


 ウニは少しだけ茶化そうとしたが、ルルが呆れた顔で否定した。


「今日は頑張れよ。みんなも応援しているからな」

「ありがとう、ドニー」


 全員がロイに、はげましの言葉をかけていく。次第にロイの心は高まっていった。


 ひざかり公園に八匹の猫が揃うと、全員でこもれび公園へと向かう。幸いにも人間の姿は見えなかった。ロイが思っていたよりも夜中のようだ。


 ロイの視界にこもれび公園が入り始めた。よく見るとこもれび公園に猫の姿が何匹か見える。どうやら観客が集まっているらしい。周辺の猫たちが一斉に集まっていたようだ。到着して、ざっと見たところ五十匹はいそうだ。


「随分と観客が多いな」


 隣のドニーが思わずこぼした。


「ええ、あっちにいるのがこみちの公園の猫たちです。けんぼく公園と大空公園からも来ていますね。あと、白山神社からも来ています」


 説明したのはけんぼく公園で受付をしていたマンチカンのリクだ。未だにロイは名前を知らなかった。


「負けたら、この地域の猫たちにはっきりと記憶されるわけだな」


 ウニは少しだけ焦っているようだ。


「それはそうですよ。忘れるわけがありません。負けても、もう一度挑戦できるかはわかりません。そもそも、今日勝たないと周辺の猫たちは納得できないでしょうね」


 マンチカンはさりげなく釘をさした。負けても何度でも挑戦できるわけではなく、一発勝負であることを示していた。


「こんばんは。今日はどうですか? 勝てそうですかな?」


 大空公園のサイベリアン、ソラが姿を現すなり言った。後ろにはマロンとルイの姿も見える。


「おう、ソラじゃねぇか。ロイの調子は完璧だよ。こいつ、直前まで寝てたからな」


 ウニが明るい口調で答えた。


「それは良いですな。俺たちも応援しているので、ぜひ頑張ってください」


 ソラは笑みをこぼしながら言った。


「ロイ、そろそろ行くぞ」


 ドニーがこもれび公園の中央を向いて言った。


「アイツらも、もういるみたいだな」


 ウニはこもれび公園の中央に座っていたテチハを指して言った。


「うん……行こう」


 ロイが答えると、三匹を揃ってこもれび公園の中央へと向かった。


「頑張ってね! ロイ!」


 最後に後ろからひざかり公園の猫たちが応援の声を送っていた。


 ロイたちはゆっくりとこもれび公園の中央へと歩いていく。


「ママのおっぱいはしっかりと飲んできたか!」


 テツの声だ。ハスとチルがその隣でゲスな笑顔を浮かべていた。当然のことながらロイは無視した。それに気づくとテツはロイを睨みつけた。


 すると、こもれび公園の中央に、先ほどのけんぼく公園のマンチカンのリクが歩いてきた。


「今日、レフリーを務めるのは、私、リクが行わせていただきます」


 ウニとドニーがロイから少しだけ距離をおいた。もしかしたらすぐに始まるのかもしれない。それを見てハスとチルもテツから距離を置く。


「試合形式は、猫の喧嘩です。噛みつきや引っ掻きはオーケーです。禁じ手である股間への噛みつきはやめてくださいね。他にも汚い攻めは判定が入ります。あくまでも猫の喧嘩のため、ほとんど止めることはないと思います。また、試合がいいところで止まった時に、声を上げますので、その時は休憩を取ってください」


 マンチカンのリクがルールを説明すると、ロイとテツは真剣な表情で聞いていた。


「二人とも準備はよろしいでしょうか? 準備が整いましたら試合を開始します」


 リクがそういうと、控えていたウニとドニーが言葉をかけた。


「ロイ! いつも通り戦えば大丈夫だ! 落ち着いていけ!」

「お前ならいける! 勝てるから頑張れよ!」


 ロイは少しだけ緊張しているらしい。特に返事をしなかった。ドニーとウニはすぐにリングのコーナーへと向かった。そのそばにはひざかり公園の猫たちが集まっていた。


 会場となったこもれび公園に集まっていた猫たちの緊張感が高まっていく。耐えられなくなった猫たちの叫び声がそこかしこと上がり始めた。いよいよ試合開始だ。


「それでは、双方前へ!」


 リクが大声で二人に命じた。ロイとテツが中央へと向かう。テツは下を向きながら何やらブツブツと呟いているようだ。ロイからすると少しだけ怖い。


「こもれび公園が勝利した場合、今までの猫の契約を解消します!」


 周囲の猫からブーイングが一斉に響き渡った。テチハがどれだけ嫌われているかがわかるこどだ。


「ひざかり公園が勝利した場合、テチハは猫の襲撃を猫の契約で禁止します!」


 今度は歓声が上がった。ロイはどれだけ期待されているかを察すると、試合へと気分を高めていく。


「いいですか?! それでは試合を開始します!」


 一斉に会場が静まっていく。いよいよだ。


「始め!」


 マンチカンのリクが試合開始を宣言すると、同時にこもれび公園を包むように集まっていた猫たちからも叫び声が上がった。試合の始まりだ。


 ロイは試合に集中すると、テツの動きを注意深く見つめた。テツが時折、前足で牽制の引っ掻きを繰り出し始めた。ロイは最小限の動きでかわしながら、反撃の引っ掻きを返していく。

 すると、ロイがかわしたところで、テツが食いつこうとするような動作を見せた。どうやら引っ掻きはロイの動作を煽っているようだ。すぐにロイは気づいていた。

 事前に聞いていた話では、テツは先制攻撃型の猫ファイターだったはずだ。しかし、今は牽制とそこからの反撃を煽り、最終的にカウンターを狙っているように見えた。


『そっちがその気なら、僕は攻めるからね』


 ロイは先制攻撃を仕掛けることを決めると、タイミングを計っていく。何度もお互いが牽制するようなジャブを繰り出していく。そこで、ロイは前足で踏み込むような動作を見せた。まるで食らいつくような動作だ。その動作を見た瞬間、テツが飛び上がって上方から食らいつくような動作を見せた。しかし、ロイのフェイントだった。ロイは素早く飛び上がったテツの体へと食らいついた。


「「ワー!」」


 周囲の猫たちが一斉に歓声を上げた。ルルやレミも真剣な面持ちで観戦している。スシやジルは緊張感が高すぎるのか、目を瞑りながらお祈りでもしているかのようだ。


『クソが!』


 テツは内心で悪態をついた。ガッチリと食いつかれており簡単には離れそうにない。


「ぎゃうぅぅ!」


 テツは怒鳴り声を上げながら、体を必死にくねらせて抵抗を示した。だが、ロイは本気で噛みついており、離れそうにない。何度も体を暴れさせて抵抗した。ロイの噛みつきは三十秒ほど続いただろうか。しばらくすると、ロイは疲れたのか顎を離した。テツのお腹にはロイの牙がはっきりと刻まれて少しだけ出血している。


「テメェ! 絶対に負けねぇからな!」


 試合の最中にもかかわらずテツが大声で宣言した。当然のことながらテツからしても負けられる試合ではない。全ての猫に襲撃できなくなれば、テチハは猫のヒエラルキーでも最底辺の猫に格下げされてしまうことは明らかだったからだ。


 再び試合を仕切り直すと、今度は双方から威嚇する鳴き声を響き始めた。


「ウゥゥゥ!」


 お互いが睨み合いながら大きな鳴き声を発している。だが、双方ともに引こうとすることはなかった。しばらく睨み合いが続いた。そこで、テツが動いた。


『今だ!』


 テツが全力でロイに食らいついた。ロイは一瞬、牽制かフェイントだと考えてしまったが、その瞬間にはもう手遅れだった。ロイは噛みつかれてしまった。


『離せ! コイツ!』


 ロイは噛みつかれた体勢のまま、体を必死にくねらせた。しかし、テツの牙は簡単に外れそうにない。

 その光景をひざかり公園の猫たちは食い入るように見ていた。


「ロイ! 頑張れ!」


 ロイは息が上がりながらも、必死に体を動かしていく。しばらくすると、テツの牙は外れた。


『絶対に負けられないんだ! みんなのためにも!』


 ロイは休憩もそこそこにテツへと噛みついた。しかし、テツはふらつきながらもかわしてしまう。


「そう簡単にやられるかよ!」


 テツは余裕の笑みを見せつける。ロイはわずかに不快感を覚えながらも意識を決闘へと向けていく。『僕はカウンターが強い猫だ』とギョウザ長老からのアドバイスを思い出していた。


『なら! フェイントだ!』


 ロイは前足で牽制しつつ、フェイントを繰り出した。今にも食らいつこうとしているように見せた直後、テツはかわすために上体をそらす。その一瞬後にフェイントだと気づいたが、遅かった。


「ぎゃううう!」


 テツの叫び声が響いた。周囲の猫は固唾を飲んで試合の進行を眺めている。


「離しやがれ!」


 テツの声がかすれそうなほど悲痛な叫びが響き渡る。


『絶対に離さないぞ! 絶対に!』


 ロイは心の中で誓いながら全神経を牙に集中させていく。その間、テツはジタバタと暴れて少しでも牙を離させようと試みた。


「テメェ! さっさと離しやがれ!」


 テツは必死の形相でロイを睨みつけながら体を揺さぶり続けた。今回も同様にしばらくしてロイが牙を離した。


「やめ! 休憩!」


 第一ラウンドがリクの一声で終わった。


「ロイ! 早くこっちに戻れ!」


 ドニーの声だ。試合のリングのコーナーにドニーとウニが待っていた。急いで、ロイは二匹の方へと戻っていく。


「ロイ! フェイントと先制攻撃と牽制をうまく混ぜていくんだ。テツの野郎が予測しにくいように動け!」


 ドニーもすっかり熱くなっているようで、大声で話している。ふと見ると、周囲のギャラリーもザワザワと賑やかだ。第一ラウンドを語り合っているらしい。


「今回は、猫の喧嘩だから、審判はブレイクを宣言して噛みつきを止めたりはしない。だから、限界まで噛みつき続けろ!」


 ウニも本気で忠告しているようだ。しかし、この言葉は試合の前に言って欲しかったとロイは思った。

 ロイは息が上がっているせいか、大きな呼吸をつきながら二匹のアドバイスを聞いていた。思ったよりキツい試合だ。ところどころ体が痛いし、血もにじんでいた。


 もう片方のコーナーにはテチハが集まっていた。テツが息を切らせながら、二匹のアドバイスを聞いている。


「テツ! びびってんじゃねぇぞ! あいつは色々と仕掛けてくるが、気にせずさっさと噛みつけ!」


 ハスは真剣な顔でアドバイスを叩きつけてきた。


「いいか! ここで負けたら、俺たちは見事に負け猫だ! 構わずに噛みつけばいいんだよ!」


 チルも似たようなアドバイスを送り、テツの闘争心に火をつけようと試みた。


「わかってる……わかってる。俺たちの強みは先制攻撃だ。だから、気にせず徹底的に噛み付くしかない」

「わかってるじゃねぇか! あんな新米猫に負けるんじゃねぇぞ!」


 テツはかろうじてうなずくと、休憩を最大限に生かそうと荒い呼吸を続けた。


 その後、しばらくして、審判のマンチカン、リクがリングの真ん中へと戻った。


「休憩は終わりです! 休憩は終わりです! 二匹は中央へ戻ってください!」


 その声を聞いて、ロイとテツの二匹がリングの中央へと戻った。


「第二ラウンド! 始め!」


 開始の声と同時に、ギャラリーから歓声が上がった。どうやら完全に熱くなっているらしい。


 すると、開始の合図と共に、テツが動いた。


「絶対に勝つ!」


 唐突の攻撃にロイは避けきれず、再び噛みつかれてしまう。


『くそう!』


 今回も同じように必死に体をくねらせて、暴れまわるようにする。少しでもテツのアゴに負荷をかけて、離させようと試みた。しばらくして、テツは牙を離した。どうやらアゴのスタミナが一時的に切れたようだ。


 第二ラウンドも、同じ展開が続いた。ロイが噛みつき、テツも噛みついていく。双方が次第に傷跡だらけになりながら、必死の死闘が続いた。時折、ギャラリーから歓声が上がっていく。


 ここで、ロイが動き出した。


『絶対に避けるんだ!』


 と、言ったのはテツの攻撃を確実に避けた方が、結果として勝てると言った考えだった。


『ここだ!』


 ロイは心の中で強く念じた。ただ、テツの攻撃を避けただけだ。


 どうやら、テツは先制攻撃に賭けている様だ。フェイントはなく、カウンターもキレが弱い。そのため、ロイはひたすら先制攻撃を避けることに神経を集中させていく。


『くそが! ちょこまかと避けやがって!』


 テツがそうつぶやくのも無理はなかった。ロイは攻撃をほとんどしなくなり、ただテツの攻撃を避け続けている。


「フハハッ! 何怖がっているんだよ!」


 一生懸命にテツはロイを煽っていく。それでもロイは避けていく方針をやめようとはしなかった。次第に、テツの焦りが攻撃にも見え始めるが、ロイはひたすら避け続けている。


「やめ! 休憩!」


 マンチカンのリクが大声で試合を区切った。すぐにロイとテツはそれぞれのコーナーへと戻っていく。


「おい! 何やってんだ! さっさと攻撃をしろ!」


 ドニーはロイの試合運びに焦りを見せていた。まさか、試合中に避ける練習を始めたとは思わなかった。


「いいか! ロイ! 攻撃をしまくって優勢に立っている方が審判の審査でも勝ちやすいんだ! 必ず勝っているように見せないとダメだ!」


 ウニの言葉はわかっていた。ここでは休憩を優先して、とりあえずロイは頷いて答えた。


 もう一方のコーナーでも論争が始まっていた。


「テツ! もっと攻撃を当てろ! あいつはビビって避けているだけだ! 試合を放棄しているのかもしれない! 絶対に勝てるようにもっと攻撃を当てろ!」


 ハスの様子には焦りがにじんでいた。


「落ち着いていけ! あいつに比べたら、お前は喧嘩の練習を何度もしてきたはずだ! 絶対に勝てる! 落ち着いていけ!」


 チルの言葉もテツには響かなかった。


 明らかに試合を放棄しているようには見えない。理由があって避け続けているはずだ。と、テツは読んでいたが、本当の狙いはよくわからない。


「双方、リングの中央へ!」


 マンチカンのリクの声が響いた。すぐにロイとテツはリング中央へと向かう。


「第三ラウンド! 始め!」


 第三ラウンドが始まった。ロイは相変わらず避けることに重点を置いているようで、ひたすら攻撃を避けていく。


「臆病者! ちゃんと試合をしろ!」


 テツが苛立ちから怒鳴り始めた。


「テメェ! 逃げてんじゃねぇぞ!」


 このテツの声はギャラリーにも聞こえていた。ギャラリーもロイが避け続けることに疑問を感じ始めたようだ。時折、ロイが避けるとブーイングが上がった。


『仕方ないね。次の手を打つよ』


 ロイはこの展開を少しだけ予想していた。避けるだけでなく、次の一歩を打ち始めた。


『よっと』


 ロイは攻撃を避けた瞬間、攻撃をするふりをした。ただ、前足を踏み込んだように見せただけだった。フェイントだ。すると、テツは身を守るために上体を逸らした。しかし、ロイの攻撃はない。


『くそが! ふざけてんじゃねぇぞ!』


 テツは苛立ちを隠せそうもないほどに感じていた。流石にフェイントを仕掛けられていることくらいは気づいていた。だが、疲れからか、ロイのフェイントに何度も騙されるようになっていく。


『これならいけそうだね』


 ロイは心の中で肯定感を感じると、フェイントの後、そのままテツへと噛み付いた。今回も絶対に離さないように全力で噛みついていく。


「離せ! ぶっ殺すぞ!」


 テツの叫びも虚しく、ロイはテツの体にガッチリと噛みついていた。しばらく、ロイのカミツキが続いたのち、ロイは限界に達してアゴを離した。


 第三ラウンドは、次第にテツの攻撃が当たらなくなり始めた。一方で、ロイは先制攻撃を避けてからのフェイントで隙を生み出して、噛みつきを当てていった。


「やめ! 休憩!」


 ロイとテツは素早くコーナーへと向かう。


「いい感じだ! このまま、確実に噛みつきを当てていけば勝てるぞ!」


 ドニーの言葉にウニもうなずいている。ロイはひたすら回復のために時間を費やした。


 一方のテツコーナーでは焦りが更ににじんでいた。


「いいか! テツ! お前もフェイントを混ぜることはできないのか!?」


 ハスの顔は必死だった。


「……無理だ。ほとんど練習したことはなかった」


 テツが言葉を絞り出すように答えた。


「なら、あいつの攻撃をフェイントだと決めつけて、反撃することはできるか?!」


 チルは必死に頭を回しながら提案していく。


「……あぁ、それならできるかもしれない」


「なら、そうしろ! 徹底的に反撃していくんだ!」


 弾み続ける呼吸のテツは、やるだけやってみようと心の中で決めると、休憩を活かすため回復に努めた。


「双方! リング中央へ!」


 ロイとテツがゆっくりとリング中央へと歩み寄る。休憩をはさんでも疲れがにじみ始めていることが、ギャラリーからもよくわかった。


「第四ラウンド!」


 リクの声がよく響いた。ロイとテツは睨み合いながら中央で牽制を始めた。すぐにロイは前回と同じようにフェイントを始めた。しかし、テツが構わずに噛みついてきた。


『くそっ! もう効かなくなったの?!』


 驚きのあまり、ロイは心の中で大声を出すように叫んでいた。


 テツは必死に噛みついている。ロイも懸命にテツを剥がそうかともがくが、一向に離れるそぶりはない。相手も必死なだけに簡単には離れそうになかったが、今までよりも短い時間でテツはアゴを離した。どうやら疲労で噛み続けることが困難らしい。


 再び、ロイとテツは睨み合いを始めた。


『なら、カウンターで攻めるしかない!』


 ロイは方針を簡単に決めると、ロイのフェイントから、テツのカウンターの流れを、更にカウンターで潰す方針だ。

 いつの間にやら戦略が多重化しているが、勝てれば問題ないと考えていた。


 試合の流れは、相変わらず、牽制とフェイントの繰り返しだ。時折、ロイやテツが唸り声を上げて脅しているが、効果はない。すぐに試合は牽制、フェイントにまみれて、どっちが優勢なのかわからなくなっていく。お互いが疲れ切っていたこともあり、噛みつきをできる状況でもなかった。


「やめ!」


 リクの声が響いた。第四ラウンドは牽制でほとんどが終わってしまった。


 すぐにロイとテツはお互いのコーナーへと急いだ。


「大丈夫か! 完全に持久力不足だな! 噛みつきは一ラウンドに一回くらいしかできる余裕はないのか?!」


 ドニーの問いかけに、ロイはとりあえずうなずいて答えた。


「いいか?! とにかく噛み付けばいい! 普通はそうやって勝つんだからな! 次のラウンドでもとりあえず噛みついていけ!」


 ウニも大声でロイに注文をつけていく。確かに噛み付くべきだが、体力があまり残っていないようだ。


「双方、リング中央へ!」


 再びリクの声がする。ロイは息を弾ませながらリング中央へと立った。すぐ目の前にはテツが立っている。同じく息を弾ませながらロイを必死の形相で睨みつけていた。


「始め!」


 試合開始の合図と共に、ロイは仕掛けた。フェイントだ。


「くっ!」


 目の前のテツから思わず息が漏れた。いきなり仕掛けてくるとは思わなかったらしい。


『流石にもう慣れていると思うから……』


 ロイは心の中で呟くと、今までよりも半分ほどの時間……まばたきほどの時間で噛みつきを始めた。早すぎてカウンターとは言えない攻撃だった。しかし、虚をつかれたテツは反応ができずに噛みつかれてしまった。


「ゥニャアアアア!」


 唐突の噛みつきにギャラリーが盛り上がっている。どうやらロイの支持者しかいないようで、ロイの攻撃ではみんな熱くなっているようだ。


『クソッタレ! 離しやがれ!』


 疲れのせいか、テツの言葉は口からは出なかった。暴れる動きにもキレがなく。だるそうに暴れているように見えた。


『アゴが……持ちそうにない……』


 ロイも同じく疲労から噛みつきが続けられそうになかった。


 その後、今までの時間よりも短い時間、約十五秒でロイのアゴは離れた。


『ついてないなぁ、体力不足なんて……』


 ロイにとって幸いだったのは、テツも同じ時間で疲労し切っていたことだった。おかげで特別ロイが弱そうには見えなかった。


 わずかな時間をはさんで、再び試合が再開された。


 牽制とフェイントが始まる。その合間をぬうように弾んだ息が響いては消えていく。どちらも限界に達したようだ。唸り声を上げての威嚇はなくなった。ギャラリーも静まり返り、試合の進行を見守っていた。


 時折、ロイやテツが仕掛けるが、噛みつきの速さが遅い。しかし、疲れ切っているせいか、どちらの噛みつきも当たり始めた。その度に双方が唸り声を上げながら必死に暴れていく。


「やめ!」


 ちょうどロイの噛みつきが終わったところで第五ラウンドは終了した。


「いいか!? ロイ! 攻撃は当たっている! だが、食らわないようにしないとダメだ!」


 ドニーの声がロイの鼓膜を突き破ろうとしているみたいだ。ロイはだるそうにうなずいて答えた。


「ロイ! 大丈夫か! 猫猫ネットワークの猫に水を用意してもらったから飲むんだ!」


 ウニの言葉を聞いて、ロイが足元を見ると水を入れた皿が用意されていた。すぐにロイは水を飲み始めた。


「相手はもうすぐ倒れるはずだ! よく頑張ったな! もう少しだぞ!」


 ドニーはどうやら久々に興奮できる試合に影響されてか、だいぶ盛り上がっているようだ。ロイも、そのうち他人の試合をのんびりと見てみたいと思った。


「始め!」


 双方がリングの中央に揃うなり、リクは合図して試合を再開した。


 しかし、どちらの動きにもキレがない。かなりふらつきながら適当に相手をしているようにも見えた。よく見ると、どちらの毛並みも何度となく噛みつかれたせいかボロボロになっていた。


『噛み付くんだ! とにかく噛み付けば勝てる!』


 ロイは心の中で何度も目標をつぶやいた。しかし、何度となく攻撃はかわされている。


 テツもほとんど変わらない状況だった。だが、今までの噛みつき時間は、125秒ほどだった。ロイは200秒噛み付いているため、判定ではロイの勝利となるだろう。それだけにテツは焦りを感じていた。


 試合の進行は一気に泥沼化した。どちらも噛みつき攻撃が当たらないし、フェイントも反射神経が鈍った今では効果がなかった。テツは構わずに噛みつき攻撃を繰り出してくるが、当然のごとく当たらない。


 このラウンドを一言で言うなら疲労感に支配された試合だった。ロイもテツも疲れ切っており、二匹の呼吸音の方がギャラリーの喧騒よりもうるさく聞こえるほどだった。


 観衆は真剣な眼差しで試合の行く末を見守っていたが、一進一退の展開が続いて、更に緊張感が高まっていく。二匹の動きから察するに、試合はすぐにでも終わりそうだ。だが、どちらが勝つのかは一切わからない。ロイは完全にふらついており、今にも倒れそうだ。一方のテツも同じくふらついていた。どちらもとても勝てそうにない様子だった。


「ロイ! 頑張れぇぇぇ!」


 ギャラリーから歓声が上がる。よく見るとルルとスシが必死に叫んでいた。


 ロイはその声を聞いて、自分自身をふるい立たせるように気合を入れ直した。


『もう一回!』


 その時、一度目の攻撃はかわされていた。しかし、すぐにロイはもう一度噛みつき攻撃を繰り出していく。


『うぉぉぉ!』


 テツは攻撃は一度だけだと勝手に思い込んでいた。テツは内心で叫びを上げながら、必死に二度目の攻撃を避けようとした。しかし、一度目の攻撃をかわした直後に脱力していたこともあり、ロイの噛みつき攻撃は通ってしまった。


「ウニャァァァ!」


 テツの情けない鳴き声が響いた。ロイや観衆たちはテツの敗北を感じ始めていた。


 しばらくロイの噛みつきは続いた。だが、テツはキレのない鈍い動きで抵抗を示しただけだった。最後はロイが疲れてアゴを離した。


「やめ!」


 リクの声がロイの鼓膜に遅れて届いたような感覚だった。ロイは全神経を噛みつきに割いていたせいか疲労でふらついている。コーナーへと戻ると、ドニーもウニも今までのように何かを叫んだりはしなかった。


「ロイ、もう少しだ。頑張れよ」


 ウニがポツリと一言言った。ロイはうなずいて答えた。


 すぐに休憩時間が終わり、ロイとテツはリング中央へと歩み寄った。どちらも疲れをにじませるようにふらついていた。


「頑張れ! ロイ! 頑張って!」


 ロイの鼓膜にルルの応援が届いた。その声に耳を震わせるように、ロイの心が少しだけ震えた。絶対に勝たなければならない試合だった。みんなを守りたい。その一心で、ロイは戦ってきた。幸いにも目の前のテツはふらついていた。余裕は一切ないように見える。ロイも同じだったが、観衆は全員がロイの応援をしていた。テツはアウェーで戦う孤独な猫にすぎなかった。


「始め!」


 第七ラウンドが始まった。双方の動きは鈍くなっており、二匹のマタタビ酔いを起こした猫たちが喧嘩をしているような光景だった。観衆は心配げに試合の行く末を眺めていた。応援の声もほとんど上がらない。静かな緊張感が試合を支配しているようだった。


 時折、片方の猫が攻撃を仕掛ける。牽制、先制攻撃、フェイントだったが、キレがなさすぎて単なる攻撃にしか見えなかった。だが、そうした攻撃でも地味にダメージが通っており、体力を削っていく。


『今だ!』


 テツの攻撃は唐突な思いつきにすぎなかった。ロイは避ける動作には集中力を残していたため、難なくかわしていく。


『くそ……くそが……当たらねぇ』


 テツは思わず言葉を心の中でこぼしていく。行き場を失った言葉がにじんでは消えていく。焦燥感がテツの心を支配し始めていた。


 一方のロイは、少しずつ体勢を立て直し始めていた。数々のラウンドでロイは攻撃を避けることに重点を置いていた。その成果が密かに開花し始めていた。結果として、今ではテツの攻撃を難なく避け続けていた。


『ここだ!』


 今度はロイが仕掛けた。何度となく双方が仕掛けていたが、今回は違った。テツの動きが鈍いだけでなく、ガラ空きだった隙を突かれてしまった。


 ロイの牙が無防備なテツの体勢に噛みついていく。その場所は首だった。


 首への攻撃は特別な意味を持っていた。それは完全に攻撃が決まったと言う意味だった。柔道や剣道なら一本が叫ばれるほどだ。


『畜生! 決められた!』


 テツは必死に攻撃が決まっていないように振る舞おうとして懸命に暴れ回った。しかし、首への噛みつきは甘くない。暴れ回っても重心から離れていないため、それほどロイを疲れさせることはできなかった。逆にテツのスタミナをあっと言う間に削ってしまった。


『ダメだ! 全身が痛い! 疲れた! もう……』


 テツは一気に敗北を感じ始めていた。もうダメだ……と言う言葉を必死に考えないようにしながら体を必死にくねらせる。しかし、効果はない。それどころか、消耗し切った体力が完全に燃え尽きていくような感覚がする。要するに限界だった。


『もう……ダメだ……もう……ダメだ……』


『テツにいちゃん! 頑張って!』


 テツの頭の中で声が聞こえた気がした。同時に消えかけていた心の火が再び灯ったような気がした。


「マリ! マリ! にいちゃんは強いんだぞ!」


 頭の中で響いた声に言葉を返す。残念だが、返事はなかった。


「俺は! 俺はマリの自慢の兄貴だ!」


 テツの言葉を聞いたロイには意味がわからなかった。


「マリ! 俺は絶対に勝つ!」


 死に物狂いで暴れているテツをロイはなんとか抑え続けた。


 テツの必死の形相を見ているうちに、ロイにもテツの動機が理解できたような気がした。




 半年前のある日のことだ。


 テチハはマンションに飼い主と共に暮らしていた。


 そこには何もなかった。当然、キャットハウスとトイレ、水飲み場はあったが、あったのはそれだけだ。飼い主は1日に少しいればいい方で、ほとんど姿を見なかった。


 そこにはテチハ以外にも一匹の猫がいた。マリだ。テツの妹だった。病弱で元気があまりなかった。歌うのが好きで、テツはマリの歌声を好んで聞いていた。


「テツにいちゃん! チルにもハスにも負けないんだね!」


 テツはマリの笑顔を見るのが何よりも好きだった。


「おう! にいちゃんは強いんだぞ! きっと俺なら誰にだって勝てる!」


 強がっているテツを見るのがマリも好きだった。


 だが、この二人の人生がゆっくりと離れ始めていることをチルもハスも知っていた。


 非再生性貧血。


 テチハは知らなかった。


 こんなことが起こるなんて知らなかった。


 日に日に食欲を失っていくマリを見て、励ますために一生懸命にテツは馬鹿なことをした。


「にいちゃんはヒーローだぞ! 絶対にマリを元気にするんだ!」


 テツはチルとハスを悪役に見立てて、ヒーローショーを見せるのが好きだった。


「チル! ハス! お前らをやっつけてやる!」


「フハハッ! 何を言っているんだ! チル様とハス様こそお前をやっつけてやる!」


 チルとハスも悪ふざけに乗るのが好きだった。


「……ふふっ」


 そうして、微かにマリの笑いがテチハの空間を彩った。


 それだけで、テチハは少しだけ救われた気がした。


 何もできない自分達の罪から。




「……テツ……もう諦めろ」


 静かな室内にハスの最終通告が響いた。


「マリ……マリ……」


 静かになった亡骸を前にテツは静かに泣いていた。


「俺は……俺は! 絶対にマリに恋人を紹介するんだ! 俺たちの子分を見せるんだ! 俺の世界を見せて! 喜ばせてやるんだ!」


「……テツ……」


 チルも痛ましいテツの姿に心を痛めた。


「俺は……マリを心配させたりしない! マリが大好きだった兄として! 絶対に後悔のない人生を歩んでみせる! 絶対に!」





「マリ! ……マリ!」


 少しだけテツは意識を失っていたようだ。テツが気づくとロイに首元を噛みつかれていた。動くことはほとんどできない。


「マリィィィ!」


 遠吠えのようだった。声は甲高く、澄み渡るように遠く響いた。


「にいちゃんは……」


 再びテツは意識を失い始めた。


「……強いんだぞ」


 その声を最後にテツは倒れ込んだ。


 当然のことながら、それをリクが見逃すはずもなかった。


「やめ!」


「「ウニャアアア!」」


 リクの声が響いた瞬間、観衆からの弾けるような声が上がった。


「良かったよ! ロイ! 本当にありがとう!」

「ロイ! おめでとう!」


 ひざかり公園のスシとルルからも歓声が上がっていた。


「勝者! ロイ!」


 リクの宣言が上がるとともに、再び観衆が沸き立つような声を上げた。


 ロイの目が観衆の姿を捉えていた。


『勝った……僕は勝ったんだ!』


 ロイが一匹で感動していると、ドニーとウニが駆け寄ってきた。


「お前! 本当に強いな!」


 ウニは興奮が全く冷めていない様子でロイを祝福した。


「ロイ! お疲れ様!」


 ドニーもロイに一声かけた。先日、交通事故の原因になったテツに復讐ができて、スッキリしたような笑顔を浮かべていた。


「テチハの三匹は帰らないでくださいね。猫の契約がありますので」


 リクたち長老会の猫たちは早速、猫の契約を始めるようだ。


「それでは、テチハとロイはリング中央へとお願いします」


 リクの案内が響いた。

 目を覚ましたテツを連れて、ハスとチルがリングの中央へ向かう。


「ロイさん、テチハと猫の契約をお願いします」


 ロイはうなずくと宣言を始めた。


「テツ、チル、ハスの三匹は今後、他の猫へ襲撃できません!」


 ロイの言葉にテチハは力無くうなずいた。


「テチハの三匹に言いますが、ロイさんの今の言葉を宣言してください」


 リクが短く注文をつけた。


「俺たち三匹は! 今後! 他の猫を襲撃しません!」


 その宣言を聞いた観衆から再び歓声が上がった。


「……畜生……調子に乗って俺たちを襲撃するなよ……くそが……」


 テツは最後に捨て台詞を吐いて、三匹一緒に家へと戻っていった。


「ロイさん! 今日は猫猫ネットワークの猫からお祝いがあるそうです!」


 リクの言葉が響き渡ると、観衆も一気に静まり返った。


「こちらが猫猫ネットワークのネネさんです。どうぞ」


 リクが紹介したネネはジャパニーズボブテイルのメス猫だった。全身が白と黒のまだらで彩られている。毛並みは綺麗で美しい猫だった。


「こんばんは、ロイさん。今日は猫猫ネットワークから用事があって派遣されました」


 ネネがロイに向けて言葉を送っていたが、周囲の猫たちも注目しているようだ。


「今日、試合に勝利したので、私たちから魔法を一つお贈りします」


 すると、ネネはロイの額に右の前足を置いた。すると、ほんの僅かに額の位置が光り輝いた。


「終わりました。お贈りした魔法はアイテムボックスです。5つしか収納できないので注意してくださいね。魔法を持っている猫はわずかしかいないので、猫猫ネットワークから仕事を依頼する場合があります。その時は改めてよろしくお願いします」

「アイテムボックスってどうやって使うの?」

「対象の物に触れて『収納』と心の中でつぶやいてください。出すときは『展開』で構いません。展開の時には物の影が現れます。5つから選択して、視線で位置を決めたら、もう一度『展開』と考えてください」

「わかりました。そのうち練習してみます」

「一応言っておきますが、人間の前では一切使わないでくださいね。人間の前で日常的に使用された場合、魔法を没収しますので」

「はい」

「それでは、私は行きますね。頑張ってください。数奇な運命を生きるロイさん」


 ネネはそう言うとすぐに帰っていった。リクに聞くと猫猫ネットワークは多忙らしく、滅多に姿を見せないらしい。現れる時は大抵、何かが起こっている時だった。


 ネネが去ると、観客たちが一斉に沸き立つように声援を送り始めた。ロイは唐突のことに驚いたが、今まで待っていた猫たちがロイの健闘をたたえた。


「ロイ! 本当によく頑張ったな!」


 ドニーは大喜びの様相で言った。ロイは周囲の猫たちが懸命に声援を送る中、苦笑いをしながら照れ隠しをするのがせいぜいだった。

 ドニーの他にも、ルルやスシたちも大喜びしながらロイをたたえた。


 しばらくの間、ロイはヒーロー気分を満喫しながら、観客たちの声に応えた。ヒーローインタビューは照れっぱなしだったが、気分は悪くなかった。この戦いに勝てて良かったとロイは感じていた。


 その後、観客が静まったところで、ロイは退場した。ルルたちと合流すると、ホームであるひざかり公園へと戻って行った。


 ひざかり公園へ到着すると、そこには一匹の猫が待っていた。


「お疲れ様じゃのう。試合はどうだったんじゃ?」


 ギョウザ長老だ。珍しくこの公園に顔を出していた。


「ロイが勝ちましたよ!」


 ルルは大喜びでロイの勝利を報告した。


「それはよかったのう。ロイは強いから勝てると思っておったよ」


 ギョウザ長老は笑顔を綻ばせながら、勝利を喜んでいた。


「それで、今日はどうしてこちらへ?」


 スシからすると疑問だったようだ。


「ふむ、噂では猫猫ネットワークから魔法を授かる予定じゃと聞いておったよ。それで、魔法はもらったのかのう」


 ギョウザ長老はロイを見つめながら尋ねた。


「はい、アイテムボックスを授かりました。5つだけ持てるようです」


 ロイは丁寧に答えた。長老に対する敬意は忘れていないようだ。


「ほう! わしと同じか! それは良かったのう。本当に便利じゃから、人間に見られんように使用するんじゃよ」


 ギョウザ長老は大喜びで応えた。


「せっかくですからお見せしますね」


 ロイは、手近な小石を出したり消したりして見せた。


「ふむ、問題ないようじゃな。家に帰ったら、自動給餌器と自動給水器を収納しておくんじゃよ。本当に便利じゃからな」


 ギョウザ長老は真剣な顔で進言した。すると、ロイは頷いて答えた。


「それではワシはそろそろ戻るわい。お主たちもあまり遅くまではしゃがんようにな」


 魔法を確認したギョウザ長老は静かに家へと戻っていった。


 その後、ロイたちは試合の感想を述べ合うと、今日のところは解散の流れとなった。

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