第10話 わんぱく猫とトレーニング

「今日、ドニーは来ないよ」


 ウニはひざかり公園で会議をしている猫たちに向けて言った。今日、ドニーは家で安静にして過ごすつもりのようだ。


 会議をしているのは、ロイ、レミ、ルル、ウニ、肉まん、スシとジルの七匹だった。


「別に構わないわ。それでは、ロイが一騎討ちをすると言うことでいいかしら?」


 ルルが全員に尋ねた。みんなは頷いて答える。


「ドニーのような被害者を生む戦争は無理だからね。本当にロイには申し訳ないけど、一騎討ちで勝ってもらうしかないわ」


 レミは簡潔に意見を述べながら、全員の顔色をうかがっていた。


「それに、双方が猫の軍団を作り上げて、泥沼の戦争なんてしたくないよ」


 スシは違う点から反対の意思を示した。みんなもその意見を肯定していた。


「みんなの意見はまとまったわ」

「ええ」


 レミとルルが頷き合う。


「最後にギョウザ長老に意見を求めましょうよ」


 肉まんは年長者の意見を参考にしたいようだ。


「そうね。早速行きましょう」


 他の猫たちも答えが気になったようだ。万全を期すためにも意見を求めた方が良いだろう。


 猫たちは連なって、ギョウザ長老の家へと向かった。


 初夏の陽気を反映しているかのような、快適な天気が住宅街を包んでいる。穏やかな風を切りながら、猫たちはギョウザ長老の家へと辿り着いた。


 「ギョウザ長老! みんなが来てるよ!」


 ウニが家へと向かって声を上げた。すると、しばらくしてのっそりとした様子でギョウザ長老が姿を現した。


「みんな来ておるのか? ふむ、いつものシャム猫がおらんのう」

「あぁ、あいつは事故に遭って、今日は休んでいるよ」

「そうか、それはちょっと心配じゃな」

「体調は問題ないよ。外傷はないからしばらく休めば元に戻ると思う」


 ウニが適当に返事していると、ギョウザ長老は縁側のふちに立った。


「今日は経済政策を考えておったんじゃが、行き詰まっておったから、気分転換にはちょうどいいのう」


『ケイザイ、セイサク?』


 ロイは言葉の意味がわからず、頭上にはてなマークが浮かびそうなほど疑問を表情に現した。


「それで、今日はどんな要件じゃ?」


 ギョウザ長老の声を聞いて、レミが少しだけ前へ出た。


 レミは、テチハとの戦争がエスカレートしており、結果としてドニーが事故に遭ったことや、双方が猫の軍団を作って最終戦争を考え始めていることを簡潔に告げた。


「それは厄介なことになったのう……猫の軍団か……そんなことすれば、本当に死ぬ猫が出てくるかもしれん」

「はい、それでテツは代替案として、ロイとの一騎討ちを要求してきました」

「ロイと一騎討ちか? なんでロイなんじゃ?」

「わかりません。多分、弱いと思ったからじゃないでしょうか」

「ロイは恐らく強いはずじゃ」


 ギョウザ長老はレミとの会話を一旦区切って、ロイの方を向いた。


「お主は純血種ボンベイを感じさせるスタイルの良い体格と、見事なカウンターを持っておる。よほどの相手でなければ勝てるはずじゃ」


 ロイはその言葉に返事をしなかった。


「猫の軍団同士の戦争は、完全にやりすぎじゃよ。そもそものきっかけはテチハが周囲の猫を攻撃したことなんじゃよな? いくらレミちゃんのことが好きとは言え、完全にやりすぎじゃ」

「なら、一騎討ちを受けるしかないんでしょうか?」

「……うむ、被害は最小限に抑えられるはずじゃ。ところで、勝敗の要求はなんじゃ?」

「ひざかり公園が勝った場合、テチハが襲撃を止めます。テチハが勝った場合、今までの猫の契約を解消します」

「……ふむ」


 そこで、ギョウザ長老は少しだけ頭を巡らせた。


「それなら、問題のない条件じゃよ。もし、負けたら猫の契約を一度解消するんじゃ。それで、もう一度お主たちがテチハを襲撃して再契約すれば良い」

「もう一度襲撃するんですか?」

「ンニャ、そうじゃよ」

「それでは、再び戦争が起きますよ」

「それなら、テチハが再び動き出したらやれば良い。……でも、本当に面倒じゃな。ロイが勝つまで襲撃は止まんのか……」


 ギョウザ長老は少しだけため息をこぼした。


「とりあえず、先のことを心配するのはやめじゃ。ロイが勝つことを期待しておった方が良いのう」

「わかりました。今日は貴重なご意見をいただきありがとうございました」


 レミはギョウザ長老に頭を下げた。


「ンニャ、ワシの意見なんぞ、暇があればいくらでもくれてやるわい。ところで、お主たちは一騎討ちに賛成しておるんじゃよな?」

「はい、これからテチハに一騎討ちの決行を伝えにいくつもりです」

「そうか、トレーニングならうちですると良い。くれぐれも無理せんようにな」

「はい」




 ギョウザ長老との会話を切り上げると、七匹の猫たちはテチハのいるこもれび公園へと向かった。太陽の光が穏やかに照らす中、七匹もの猫が歩いている光景は滅多に見られないだろう。しかし、人間とすれ違うこともなく、こもれび公園へと到着することができた。


「フハハッ! 降伏でもしにきたのか?!」


 出会って出てきたテツの言葉がこれだった。


「バカじゃないの? 一騎討ちの約束をしにきたのよ」


 レミは呆れ顔で答えた。他の猫も呆れている。


「一騎討ちか……本当にこのテツ様にかなうと思っているのか? 俺は喧嘩で負けたことはほとんどないんだが」

「あらそう! それは良かったわね。このロイははっきり言って強くないから、あなたが勝つに違いないわ!」


 レミは思いっきり馬鹿にするような口調で言った。少しだけ演技じみているが、テツは苛立ちを覚えたようだ。


「フンッ! 俺が強いのは事実だ! ポッと出の黒猫に俺様が負けるわけねぇだろ!」


 怒りの導火線に火がつくのが早い猫なのかもしれない。


「なら、一騎討ちを受けてちょうだい! ロイが雑魚ならすぐに勝てるからお得でしょ?」


 レミは相変わらずテツを煽っている。


「……あぁ、受けてやる。おい黒猫! お前は必ずボコボコにしてやるからな!」


 一人で炎上しているテツをそのままにハスが声を上げた。


「なら、明日の夜でどうだ? 俺たちはいつでも構わないからな」

「別に構わないわ。明日の夜、ここで一騎討ちね」


 レミは話をまとめると、こもれび公園から立ち去っていく。テツと同じ空気など吸いたくない、とでも語っているかのような後ろ姿だった。すぐにひざかり公園の猫たちはその後を追った。


 ひざかり公園の猫たちが見えなくなるとハスが口を開いた。


「本当に勝てるのか?」

「あの黒猫は最近見るようになった猫だ。まだ若いみたいだし、多分弱いだろ」


 テツはハスの懸念を切り捨てるように答えた。


「……その通りならいいんだがな……あいつらが簡単に了承してきたのが引っかかるんだよ」

「気にするな。どうせ、余裕がないから一発勝負に出ただけだろうな」




 一方のロイたちは、こもれび公園での話し合いを終えると、そのままギョウザ長老の家へと向かった。ギョウザ長老はすぐに戻ってきた七匹の猫たちに少しだけ驚きを見せたが、すぐにトレーニングを開始した。翌日が決闘の日なので、今日は軽く様子を見るだけのようだ。


「今日はロイの乱取りがメインじゃ。でも、ロイは疲れたら言うんじゃよ。明日に備えなければならんからのう」


 ギョウザ長老の言葉を聞いて、ロイは乱取りを始めた。練習相手は、ウニと肉まんだった。二人ともトレーニングをみっちりと積んでいるので、練習相手としては申し分ない。


「ギョウザ長老、ロイはどうでしょうか? 明日は勝てそうですか?」


 ルルが話しかけた。やはり、明日が心配な様子だ。芝生の道場では、ウニとロイが練習を続けている。


「うむ、わしはテツとやらがどれだけ強いかはわからん。しかし、ロイはだいぶ強いようじゃ。ロイがここに来て数日しか経っておらんのに、もうウニは苦戦しているようじゃ。特にカウンターの素早さが見事じゃ。大抵の猫は、あの素早さにはついてこれんよ」


 ギョウザ長老は真剣な眼差しでロイの試合を分析していたようだ。


「若い頃のワシを見ているような気分じゃよ。ワシもカウンター主体の猫じゃったからのう」


 その言葉を聞いて、ルルは少しだけ安心したようだ。


「本当に戦いが終わってくれるといいのう」


 そう言ったギョウザ長老の目は憂を帯びているかのようだった。


 その後もしばらくの間、ロイの乱取りは続いた。過度に疲れないように1時間ほどでトレーニングは終わった。


「ロイよ。明日、勝負に行く前には爪研ぎを忘れんようにするんじゃよ」


 この日聞いた、ギョウザ長老の注意を胸に、ロイは一騎討ちへと心を固めていった。

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