第9話 わんぱく猫と仲間からの支援攻撃

 翌日も晴天が続いた。カラッと晴れ渡る初夏の陽気は、猫たちの気分まで晴れやかにしてしまいそうだ。


 そんな中、こもれび公園ではテチハの三匹で話し合いが続いていた。


「これで、おおよその計画は進んだな」


 テツは少しだけ笑みを見せながら二匹に言った。


「あぁ、散歩中に他の猫が襲撃に来たら逃げる。こもれび公園では二匹が待機を続ける……そんなところだな」


 ハスが思い返すように答えた。


「本当に他の猫から襲撃があるのかな?」


 チルは少し不安げな様子だ。


 チルが不安になるのも無理はなかった。これまでテチハが襲撃した猫は、こもれび公園周辺のおおよそ全ての猫だ。復讐に動くとなれば、これらの猫全てが候補と言えた。


「流石にわからねぇな。ただし、猫は耳が早い。俺たちが負け始めていることは知っているはずだ」


 テツは吐き捨てるように答えた。


「当然だが、ひざかり公園からの襲撃も続くはずだ。残るはテツだけだからな。隙を見せないようにしたいところだ」


 ハスも少しだけ不安を覚えたようだ。


「それなら、どうしてわざわざ散歩に出かけるんだ? 危ねぇじゃねぇか」


 チルからすると、この作戦は却って不安のようだ。


「それはわかっている。だが、散歩に出かけずに家に引きこもれば、本当に負け猫にしか見えねぇだろ。他の猫が怖いから引きこもってまーす、てな。それに散歩中の襲撃は走って逃げればいいだけだ」


 ハスは少しだけ嫌がる様子を見せた。弱気なチルに苛立ちを覚えたようだ。


 この頃、実際にテチハの動向は筒抜けだった。ひざかり公園と大空公園、こみちの公園の猫たちから噂話は主に流れていた。特にこみちの公園の猫たちは代わる代わるこもれび公園に猫を送り監視していた。また、こもれび公園にいた一部の猫は、空き家の庭で集会を開いていたこともあり、猫のネットワークは現在も健在だった。もちろん、一番好まれていたニュースはテチハの敗北を伝えるニュースだ。


 そのため、テチハを襲撃しようとしていたのは、ロイたちとソラたちだけでなく、他にも存在していた。ただし、多くの猫は他の猫が襲撃してくれることを願っていただけだった。


「散歩はチルから行け。俺は少しだけハスと話があるからな」


 テツもチルに苛立ちを覚えていたようだ。


「ちっ……わかったよ。襲撃されたら全力で戻ってくるからな。絶対に公園にいろよ」


 チルはテツとハスの様子から、一旦距離を置いた方が良さそうだと察すると、さっさと散歩に出かけた。その様子を公園の隅にある植木からルイが監視していた。ルイは素早く公園を後にすると、ソラたちの待機ポイントへと向かった。


 ルイは全力で疾走して、ソラたちの待機ポイントへと到着すると、チルを襲撃するポイントへと移動した。


 その頃、こもれび公園ではテツとハスの話し合いが続いていた。


「テツ、これからどうするか決めたか?」


ハスがテツを睨むような顔で言った。


「いや、まだ決まってねぇよ」


テツは困った表情で答えた。


「まず、散歩中の襲撃だが、これは逃げる方針だ。それはいいな?」


「あぁ」


「だが、散歩中の襲撃から逃げ続けたら、どうなると思う?」


「知らねぇよ」


 テツは吐き捨てるように答えた。


「俺たちは見事に逃げまくりの情けねぇ負け猫になるわけだ。この一帯で俺たちは笑われるようになるってわけさ」ハスが苦い顔で進言を続けた。「つまり、逃げまくることはできない」


「ちょっと待て! もう詰んでるじゃねぇか!」

「そうだよ。かなりまずい状況だ」

「……わかった。ひざかり公園と交渉をしよう」


 テツは決心した様子で言った。


「交渉の提案と要求はなんだ?」

「提案は……猫の襲撃を止めることだ」

「ほう……猫の襲撃を止めるのか? 大丈夫か? そんなこと約束しても」


 ハスが憐れむような顔でテツに視線を送った。


 テチハがかつて猫の襲撃を始めたのは、この一帯の猫のヒエラルキーで最上位に勝ち上がるためだった。今ではこもれび公園を完全に手中に収めたが、強引にやりすぎた。その地位が今ではぐらついている。


「見事に負け猫になるよな。せっかくあの狭いマンションから抜け出したのに、ここでも引きこもる羽目になるのかよ」


 テツはため息をついた。


「それはダメだ。いいか? テツもひざかり公園の猫を襲撃しないと約束しろ。それで一番やばい襲撃を避けるんだ」

「何言ってるんだ! 俺はレミちゃんを手に入れたいんだ! そんな約束できるか!」

「お前こそ何を言ってるんだ? 全ての猫の襲撃を止めるよりマシだろう?」


 ハスは完全に呆れているようだ。


「くそっ! 俺は諦めねぇからな!」

「わかったわかった。とりあえず、交渉の提案を考えておけ。今のは俺の意見に過ぎないからな」


 ハスは再びテツに視線を送るが、テツは少し震えているようだ。怒りを堪えているのかもしれない。


「くそがっ! 負け猫だけは絶対にならねぇからな」

「いいか? とりあえず話を戻すぞ。交渉の提案は一旦、置いておくぞ。要求はあるか?」

「要求は……当然レミちゃんと付き合いたい!だ!」

「アホか、そんな状況じゃねぇんだよ。そうじゃなくて、今までの猫の契約をどうにかしろ。このままだと俺たちは負け猫決定だ。どの猫が現れても愛想笑いするしかなくなるぞ」

「……わかった」そう答えるとテツは考え込むような素振りを見せて続けた。「俺が提案の材料を増やすことにする」


 テツは立ち上がった。


「待て、何をする気だ」

「お前らは猫の契約で役に立たないからな。俺が一匹でどうにかするしかない」

「何をする気か知らないが、無理はするな。あと、チルが戻ってくるのを待て」

「わかった」


 テツは再び腰を下ろすと、ゆっくりと計画を思案し始めた。




「おい、早く配置につけ。チルが来るぞ」


 ソラは小声でマロンとルイに言った。三匹が静かに襲撃ポイントにつく。


 その頃、ソラたちは予定通りに襲撃ポイントにつくと、チルが襲撃ポイントを通るのを待っていた。


 チルは周囲からの襲撃に備えるように散歩をしていたが、散歩コースはいつもと同じコースだ。そのため、チルはソラたちの待つ襲撃ポイントを通りがかる見込みだった。


 そのチルはゆっくりと散歩を続けていた。当然、警戒は怠らないが、平和でのどかな初夏の陽気を感じるほど、穏やかな散歩にしか感じられなかった。


 一方のソラたちは息を潜めて、完全に気配を消していた。三匹はそれぞれ駐車場のかげに隠れてチルが通り過ぎるのを待っていた。当然のことながら、チルはそうした襲撃を想定していなかった。ロイたちは全力で疾走しながら襲撃してきたため、同じパターンなら逃げるのは容易だったためだ。


 ゆっくりとチルが襲撃ポイントへ近づいてくる。車の影に隠れている三匹は心臓の鼓動の高鳴りを感じていた。


 三匹とも勇気のある猫ではなかった。以前言っていた通り、平和主義の三匹だ。それがこんな事態に巻き込まれるとは思ってもみなかった。


 チルがマロンの隠れた駐車場前を通りがかった。気づかずに通り過ぎていく。すると、マロンは駐車場の入り口へと移動した。


 次にルイの隠れた駐車場前を通りがかった。こちらも気づいていないようだ。ルイは静かに駐車場の入り口へと移動した。チルには全く気づかれていない。


 足音がソラの隠れている駐車場前に近づいてきた。そろそろだ。


「おっ、チルじゃねぇか」


 ソラはできるだけ偶然を装って、駐車場から姿を現した。一生懸命に平静を装っている。


「……誰だ、お前」


 チルは見たこともないサイベリアンを見て、少しだけ焦ったが、小心者に見られないように必死に冷静さをにじませているようだ。


「ちょうど良かったぞ。話があったんだ」

「話?」

「あぁ……いくぞ!」


 ソラが襲撃の合図を送った。


 駐車場入り口の影からマロンとルイが全力でチルめがけて疾走してきた。


「くそっ!」


 チルはその瞬間に襲撃であることに気づいた。そして、一瞬、マロンたちの方を向いた瞬間、ソラが食らいついてきた。


 ソラは驚いているチルを傍目に、全力で首めがけて食らいついた。痛みでチルが声にならない声を漏らしている。


「離せ! 畜生!」


 チルが全力でもがき始めた。しかし、追いついてきたマロンとルイも加勢してくる。マロンは右の肩に、ルイはお腹に噛み付いてきた。


 チルは必死に抵抗を続けた。その動きで空中にチルの毛が丸まって飛んでいく。何度も体をバタつかせて抵抗するが、完全に体を抑え込まれており抵抗ができない。


 だが、いくらなんでも三対一ではチルもどうしようもなかった。


「やめろ! 何がしたいんだ! 要求を聞くからさっさと離せ!」


 すると、マロンが口を離して問いかけた。


「全ての猫への襲撃をやめてください。これが要求です。飲まなければ、私たちもひざかり公園の猫たちと共に襲撃を続けます」

「待て! そんな要求飲めるか! 完全に負け猫じゃねぇかよ!」

「なら、チルさんが襲撃を受けた場合、自衛のための反撃は認めます。これでどうですか?」

「くそが! テメェら調子乗ってんじゃねぇよ!」


 しばらく、チルは悪態をつきながら必死に要求を下げさせようと試みたが、うまくいかなかった。そもそも、今は完全に嵌められた状況だ。ソラたちにハードルを下げる必要はなかった。


「要求を飲め! お前が要求を飲まなければ、こみちの公園の猫とも連携を取って、全員で徹底的に打ちのめすぞ」


 ソラが睨みつけながら言った。


「くそが……くそが……わかった……要求を飲むことにする」


 チルは完全に涙目で言った。


 チルにとって人生で最大の汚点がついた日となった。この時、チルは完全に抵抗もやめていた。ぐったりとしており、涙を滲ませた両目からは、まさに負け猫と言うほかない。


「この猫の契約は絶対に忘れるなよ」


 ソラは吐き捨てるように言った。


 ソラたちは猫の契約を勝ち取ると、チルを置いて立ち去っていった。残されたチルはしばらくの間、一匹で泣いていた。


 一匹で泣いた後、チルは立ち上がるとマラソンでもするかのような勢いでこもれび公園へと戻っていった。他の猫たちの動きは特に危険だ。すぐにテツたちに伝えなければならないだろう。


 全力で戻ってきたチルの様子を見て、テツは驚き、ハスは焦り始めた。


「襲撃されたのか?」


 ハスは尋ねるが、ボロボロになった毛並みを見てほとんど確信していた。


「あぁ! 今度は見たこともない猫からの襲撃だったぞ!」


 チルは息を切らせながら、必死に伝えた。


「どこの猫だ! 徹底的にやり返してやるよ!」


 テツは完全に激昂していた。


「わからねぇ、でも、俺たちのことは知っていたみたいだ」

「それでどうなったんだ?」


 ハスの顔には冷や汗がにじんでいた。


「俺は他の猫を襲撃できなくなった。自衛のための反撃しか出来ねぇよ。完全に負け猫だ!」


 チルは思い出すと再び泣きそうな顔で言った。


「まずいな」


 ハスの顔に余裕は一切なかった。


 すると、こもれび公園に声が響いた。


「お前ら、ちょっと話せるか!?」


 現れたのは三匹のサイベリアンだ。ソラたちだった。


「誰だ!」


 テツはまだ興奮状態だった。


「こいつらだ! 襲撃してきたのはコイツらだ!」


 チルが震え上がりながら声を上げた。


「何の用だ?」


 ハスが落ち着いた様子で尋ねた。


 すると、三匹は並びながらテチハに少しだけ近づいた。それでも3メートルほど距離を取っている。すぐに逃げられるようにしているようだ。


「いいか、テツとハスにも言っておく。要求を飲まなければ、いずれお前らも襲撃することになる。だから、要求を飲め」


 表向きから見えるソラは落ち着いていたが、この時、ソラの心臓は高鳴っており、落ち着いてなどいなかった。


「要求はなんだ?」


 ハスはソラを睨みつけながら尋ねた。


「他の猫の襲撃を一切やめろ。ただし、自衛のための反撃は認める」


 ソラははっきりと言った。


「はっ! 何ぬかしてんだ! そんな要求飲めるか!」


 テツは吐き捨てるように答えた。


「なら、俺たちもひざかり公園の猫たちと一緒に襲撃を続ける。当然、他の公園の支援も交渉して加わってもらうからな。それで、猫の軍団を作ってお前らを数で圧倒してやるよ」


 ソラは勝ち誇るように言った。


 サイベリアンは交渉には少しだけ有利だ。何より、強そうに見える首元の毛並みが良かった。迫力があり、何より強そうに見える。


「どうするんだ? テツ」


 ハスの目には完全に交渉余地がなく、圧倒的な不利な状況だ。事態を打開する方法が思いつかない。


「いいか、お前ら。その要求を飲む提案をしてやる」テツは落ち着きを取り戻すと言った。「お前らの三匹のうち、誰でもいいから、俺と一対一で戦え。それで、お前らが勝てば要求を飲んでやる。お前らが負ければ、チルに飲ませた猫の契約は解消してもらう」


 その言葉を聞いて、ソラたちが顔を見合わせた。ドニーたちから事前に聞いていた通りなら、テツはこの一帯で最強クラスの猫だ。一方のソラたちは、ひざかり公園の猫たちに乱取りで負ける程度でしかない。


「それは断る。俺たちはお前らに奇襲を仕掛ければいいだけだからだ。わざわざ要求を飲む必要はない」


 ソラは落ち着いて返答した。


「何を言ってるんだ? 襲撃なら俺たちもやってやるよ。お前らから猫の契約を勝ち取ってやる」


 テツは少しだけ余裕の表情で言い返した。


「わかった。交渉は決裂だな。これからひざかり公園に行って、お前らを潰すための最終計画を練りますぞ」


 ソラは捨て台詞を言い残すと、三匹でこもれび公園を後にした。


「どうするんだ? テツ」


 ソラたちの姿が消えたところで、ハスが尋ねた。


「どんどんエスカレートしているぞ。まずいんじゃないのか?」


 チルも弱った表情を浮かべていた。


「待て、こうなると最後の賭けに出るしかない。俺は交渉材料を増やしてくるからな。いいか、お前らはあいつらの要求を飲まないようにしろ」


 そう言い残すと、テツはこもれび公園を後にした。


「あいつ、何をやる気だ?」


 チルは不安を滲ませながらハスに聞いた。


「わからねぇな。アホなことしなければいいんだが……」


 ハスはため息をつきながら答えた。




 テツは身を潜めながら、ひざかり公園へと向かった。道は普段通る太い道路の方ではなく、裏道を通っていく。ここからは見つかると致命的だった。


 裏道を抜けていくと、ひざかり公園が見えてくる。そのままひざかり公園の周囲にある家を通っていき、ひざかり公園を偵察していた時に使っていたポイントへと移動した。そこはひざかり公園の全景が視野に入る位置だ。ひざかり公園に隣接する家の裏手だった。


 ちょうど、ソラたちがロイたちに状況を説明しているところだった。


「猫の契約を勝ち取ったことはわかった。でも、状況が不味すぎるな」


 ドニーはため息をついた。


「そうですぞ。テチハは猫の契約を破るかもしれません。そうなれば、どちらも危険です」


 ソラは窮鼠猫を噛むと言う言葉が頭に思い浮かんだ。


「それで、最終計画は猫の軍団って話か……協力してくれそうな猫はいるが、声をかけるのに時間がかかりそうだな」


 ウニは思案するような様子で言った。


「猫は単独主義ですからね。集団主義の犬とはだいぶ違いますから、協力してくれるかはわかりません」


 マロンも頭を悩ませているようだ。


「そうだな。でも、少しでも数が集まれば話は別だ」


 ドニーも悩んでいる様子だった。


「ひざかり公園、大空公園、こみちの公園で連合を組むのはどうだ? それで十分だろ」


 ウニが思いつきを口にした。


「確かに十分な数になりますな。メス猫にも協力して貰えば、最終計画は実行に移せますぞ」


 ソラの表情が少し明るくなった。


「早速、こみちの公園と交渉しないとな」


 ドニーが言った。


「それなら、俺たちで交渉へ向かいますぞ。もう、状況の説明は済みましたからね」


 ソラがそう答えると、ひざかり公園の猫は頼むことにしたようだ。そのままソラたち、大空公園の猫たちは去っていった。


 草むらに姿を隠しながら、様子を伺っていたテツは内心で焦りが募り始めていた。どうにかして最終計画を潰さないと勝ち目はない。


「俺はじいちゃんに相談してみる。何かいい案を持っているかもしれないからな」


 ウニはそう言うと、ひざかり公園から去っていった。素早くテツはその後ろを追いかけ始める。


 ウニの後ろ姿から察するに、今はリラックスして、帰宅しているだけだ。襲撃を予感したりはしていないように見えた。しばらく、そのまま歩き続けて、ひざかり公園から離れた地点まできた。そこでテツは仕掛けた。


 素早く走り込み食らいつく! しかし、直前に気づかれてウニは攻撃をかわした。


「テツ!」


 ウニはそう叫びながら睨んだ。一方のテツは何も言わずに睨み返す。


 ウニは仕掛けてこないテツをしばらく眺めると、一目散に駆け出した。


『ひざかり公園に戻りたいが、遠いな。自宅に逃げるしかないか!』


 ウニは心の中で方針を決めると、自宅へ向けて逃げ出していった。


「何度でもお前らを襲撃してやるよ!」


 テツの宣言が響き渡る。かろうじてウニの耳にも届いたようだ。


 テツはウニが見えなくなると、道を引き返してひざかり公園の偵察ポイントへ戻っていく。今も会議が続いているようだ。幸いにも先ほどの襲撃には気づいていないらしい。


「連合を組むのなら、けんぼく公園の長老会にも連絡した方がいいんじゃないの?」


 ルルの提案だ。


「そうだな。参加してくれる猫もいるかもしれない。少しでも人数が増えれば問題ないからな」と、ドニーが言った。「なら、俺が交渉に行くよ」


 ドニーはけんぼく公園へと続く太い道路から出ていくようだ。


「結果はすぐに知らせるからな。ちょっと待っててくれ」


 ドニーはそう言うと、ひざかり公園から出ていった。


 再び、後ろ姿をテツが追跡していく。こちらも警戒感は見られない。しばらく歩いて、ひざかり公園から距離を取ったところで、テツは仕掛けた。


 テツは上り坂をもろともせず、懸命に駆けていく。残念ながら、ドニーはその足音ですぐに気づいて後ろを一瞬振り返った。すぐにテツの姿に気づいて逃げ出していく。


『くそっ! テツの野郎かよ!』


 ドニーは愚痴りながら懸命に駆けていた。


 ドニーはけんぼく公園に駆けていくを諦めて横道へと入っていく。太い道路からやや細い道が並ぶ住宅街内部の道へと入っていった。


『ひざかり公園に戻るしかない!』


 ドニーは心の中で方針を決めると、ひざかり公園へと向かう道へと走っていく。すぐ後ろまでテツは迫っており危険だ。


 全力で懸命に足を走らせて駆けていく。こんなに全力で走る羽目になるとは思わなかった。すると、ひざかり公園が見える道に差し掛かる。すぐにひざかり公園近くの道までドニーは戻ってきた。再びドニーは意識を逃げることに集中させる。しかし、意識がひざかり公園と逃げることに集中しすぎてしまった。


「ドンッ!」


 住宅街に重い音が響いた。すると、音を立てた自動車は、そのまま走り去っていく。


「何の音?」


 ひざかり公園にいたレミがその音に気づいた。すぐにレミを先頭にして猫たちが音がたった方向へと走っていく。


「ドニー!」


 猫たちが叫んだ。ドニーは目を閉じたまま、道端に横たわっている。


「……ロイか……」


 真っ先に駆けつけたロイを見ながらドニーが言った。


「ドニー! 無理しないで!」レミも慌てている。


「……へへ……やられちまったよ。いつも注意していたんだけどな……自分もこんな終わりだとは……思わなかったよ」


 ロイは懸命にドニーの様子を確認している。特に外傷は見られない。


「……実は俺さ……昔は野良猫だったんだ」


 ドニーの告白が響いた。けれども、猫たちはそれどころではない。ロイはドニーの言葉を理解はしているものの、どうして良いかわからないようで、困惑しているようだ。


「……落ち着け……お前にはこれからも似たような状況が待っている。俺は似たような死に方をしている猫に何度も出会った……お前がみんなを見送ることもあるはずだ」


 ドニーの掠れた声を必死に聞こうと、ロイはドニーの前に座り直した。ドニーを助ける方法がわからない。


「……覚えておけ……ロイ……猫の一生には幸せしかない」


「……ドニー……」


 ロイの呟くような弱い声が響いた。


 すると、レミがドニーの様子を見て言った。


「大丈夫。多分、脳震盪だわ。ドニーはしばらく動かないで」


 幸いにもドニーは低速で走行していた自動車にぶつかっただけだった。頭を打って、脳震盪を起こしていただけだ。もっともしばらくは安静にした方がいいだろう。


「どうしてはねられたんでしょうか?」


 スシは状況に理解が追いついていない様子だ。


「いいか、お前ら! よく聞け!」


 すると、そこにテツの大声が響き渡った。


「これからも、お前らを襲撃してやる! 俺一匹でもお前ら全員を襲撃してやるからな!」

「待ちなさい! 襲撃はもうやめなさい!」


 レミが大声で言い返す。


「そう考えるなら、俺からの交渉を受け付けろ!」


 テツも大声で言い返してきた。


「要求は何?!」


 ルルも怒りを隠せない様子だ。


 すると、テツは少しだけ間を空けてから答えた。


「提案は、俺たちテチハが他の猫への襲撃を止めることだ。ただし、これは猫の契約ではない。破った際の罰則のない契約だ。要求は、今までの猫の契約を全て解消しろ! それと、レミちゃんとも付き合いたい!」


 すると、レミはため息をついた。それもわざと聞こえるように大きなため息だった。


「付き合いません! 私は嫌いな猫とは付き合えません!」

「それなら、猫の契約を解消しろ!」


 テツは断られても強気を崩さない。振られるのに慣れてきたようだ。


「いい? もう、襲撃をやめなさい! このままでは死ぬ猫が出てくるから!」


 ルルも怒っているようだ。


 そこで、双方の怒鳴り声が止んだ。


「なら! 襲撃を止める条件は簡単だ。そこの黒猫! お前と一騎討ちをしてやる! お前が勝てば、猫の契約で他の猫への襲撃をやめてやる! お前が負ければ、猫の契約を全て解消しろ!」


 ターゲットにされたロイは流石に驚いていた。


「どうして、僕が一騎討ちなんてしなくちゃいけないの?」

「お前なら勝てそうだからに決まっているだろう!」


 テツは少しだけゲスな笑みを浮かべていた。


 レミやルルたちは黙り込んでいた。ギョウザ長老の言葉が事実なら、ロイは相当強い方に入るはずだ。


 すると、先ほどから倒れていたドニーが懸命に口を動かして答えた。


「一対三で、お前を潰してやるよ。絶対にお前を潰してやるよ!」


 ドニーは朦朧とした意識でもテツに対する怒りを隠そうともしなかった。ハスとチルはドニーたちに反撃できない契約を利用しての計画だった。


「お前、いい根性してるな。だが! 俺はこもれび公園周辺に住んでいる猫を全て襲撃して、猫の契約を押し付けてやる! それで、ひざかり公園を猫の軍団で襲撃してやるからな!」


「もうやめなさい! わかったからテツはもう帰れ!」


 レミたちの声が響き渡った。


「覚えておけ! 俺たちは今からでもいくらでも反撃できるからな! 一騎討ちにしたければすぐに言うといい!」


 それだけ言い残すと、テツは姿を消した。


「どうするの?」


 心配げにスシが言葉を吐き出した。


「わからないな。とにかく会議をした方が良さそうだ」


 ふらつきながらもドニーが立ち上がった。


「ドニーは安静にしてないとダメよ」


 ルルがドニーを抑えるように言った。


「心配するな。俺はすまないが帰ることにする。今日は家で休むことにするよ」

「ええ、そうした方がいいわ」


レミが答えた。


「なら、私が送ります」


 ジルが名乗り出た。


 ふらついているドニーとジルを見送ると、ロイたちは再びひざかり公園へと戻った。


「それでは会議を始めるわね」レミが宣言した。「今のままではテツたちが本当に猫の軍団を組織して私たちを襲撃してくるかもしれないわ」


「本当にそんなことできるのかしら?」


 ルルは疑問に感じたようだ。


「一応、現実的にできなくはないわね。テツとハスの二匹で襲撃を繰り返すことになるけど、追い詰められれば本当にやるはずだわ」


 レミが答えた。


「でも、どの猫もやる気はないはずよね」


 肉まんも疑問のようだ。


「本気で襲撃しろと命じれば、やる気を出さざるを得ないと思う」


 再びレミが答えた。


「なら……」ルルと肉まんがロイに視線を向けた。「本当に一騎討ちをするしかないのかしら?」


 視線を向けられたロイは静かに決心を固めつつあった。

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