第7話 わんぱく猫と交渉の日
翌日のこもれび公園では、テチハの三匹が静かに話し合いをしていた。
「なぁ、テツ、今日の交渉ではどうするつもりなんだ?」
ハスは気になっていたことを切り出した。
「あぁ、交渉は多分、上手くいくだろう。妥協案は特にないが、話し合えばわかるはずだ」
テツはこう答えつつも、特に考えを深めてはいなかった。どうやら、出たとこ勝負を仕掛けるつもりらしい。チルとハスもそうした傾向には気づいていたため、確認していた。
「どうせなら、レミちゃんとの関係をすすめる交渉もしたいな」
テツが妄想を始めたので、チルとハスが呆れ始めた。
「それは構わないが、無理は言うなよ。交渉がこじれるからな」
「わかってる」
チルの注意にテツは適当に頷いていた。
「テツ、それなら、こちらからも提案をしたらどうだ?」
ハスが提案を続けた。
「こもれび公園に他の猫が来てもいいことにしないか?」
ハスは襲撃を繰り返した結果、テチハが孤立していることには気づいていた。そろそろ、こもれび公園に猫を戻さないと、最悪、他の猫グループからも襲撃されてしまうだろう。
「……うん、どうだろうな。他の猫たちが俺様のグループに忠誠を誓うなら、この公園に入れても構わないぞ」
テツには、夢があった。自分を頂点とした一大グループを作る野望だ。もっとも実際には三匹の猫が小さな公園を支配下に置いただけで終わっていた。
「それは、一旦置いておけ。まずは他の猫を戻す方が先だ。レミちゃんに打診して考えを聞き出したらどうだ?」
ハスの言葉を噛み砕くようにテツは考え込むと結論を述べた。
「そうだな。交渉の時に、ちょっと聞いてみるか」
静かなこもれび公園で、交渉の方針が少しだけ決まった。
一方のひざかり公園では、ロイたちが議論を交わしていた。
「今日の作戦は簡単だ。昨日と同じく、テツとハスが散歩に出たら襲撃する。ただし、集団で散歩している場合には撤退する予定だ」
ドニーの言葉に、ロイたちは頷いて答えた。
「今回も猫の契約を交わして、ひざかり公園の猫を襲撃しないようにする予定だ」
ドニーが続けて発言すると、その時、声が響いた。
「その必要はない」
ロイたちが慌ててひざかり公園の入り口へと目を向けた。すると、そこにテチハの三匹が腰掛けて座っていた。
「あんたたち何の用!?」
レミは唐突に姿を現したテチハに慌てていた。
「落ち着け、俺たちは交渉に来ただけだ」
ハスが一歩前に出て言った。
ロイたちが一斉にひざかり公園の入り口へと走った。ウニと肉まんは警戒心を覗かせるように真剣な表情を浮かべていた。
「交渉の内容は?」
レミは入り口の階段そばまで来ると言った。
「簡単だ。今後はひざかり公園の猫を襲撃しない。それだけだ」
ハスが簡潔に答えた。
「本当に!?」
「あぁ」
レミはそう言いながらも驚いていた。昨日の今日で降伏するとは思っていなかったためだ。ハスは肯定した。
すると、ひざかり公園の猫たちは安心したような様子を見せた。だが、ウニとドニーは嘘ではないかと内心では疑っていた。
「よし! 話は決まったな! なら、俺の話を聞いてください! レミさん!」
ここで、テツが気合を入れていた。レミはすぐに嫌な予感を感じ始めた。
「レミさん。俺はあなたのことが大好きです。今まで出会った猫の中で一番好きです。あなたのためならなんだってすることができます。この気持ちは出会った頃から変わっていません。ですから、俺が宙を舞うような返事を聞かせてくれませんか?」
「首を吊ったら?」
返事にテツは硬直してしまう。ひざかり公園の猫たちもフレーメン反応で起こしたように口が半開きだ。
しばらくテツが硬直したのち、静かに怒り始める。
「お前……俺のことが嫌いなのか?」
「ええ」
「はっきりと言う! お前が生涯で出会う猫の中で、俺が最強の猫だ!」
「だから、どうしたの?」
「だから! 俺にすればいいだけの話なんだよ!」
取り乱すテツにチルとハスが声を上げた。
「落ち着けテツ!」
「いいや、俺はやめないね! 大体、お前らが卑怯すぎるから、ここまで事態が悪化したんじゃねぇか!」
ここでドニーも声を上げた。
「何言ってるんだ! お前らが初めに集団で一匹の猫を襲うようになったんだろ!」
「だからなんだ!」
「俺たちはお前らのやり方が卑怯だと教えただけだ!」
怒りと屈辱にまみれたテツがプルプルと震え始めた。みんなはここで暴れるつもりなのかと焦り始めた。
「いい根性しているな! お前ら! はっきりと言っておく! 襲撃は続けるからな!」
捨て台詞を残してテツはひざかり公園の入り口から去っていった。慌ててその後ろを追うようにチルとハスも出ていった。
「まずいことになったわね」
全員がレミへと視線を向けた。
「襲撃は続くから、準備に入る必要があるわ」
ロイたちが再び、ひざかり公園の中央へと陣取ると計画の話し合いが再開された。
「本当に申し訳ないんだけど、襲撃が続くことになったわ。でも、私はテツと付き合うなんて無理だったから、いずれはこうなったと思う。それで、今後の行動計画について提案があるわ」
レミはロイたちに視線を送りながら続けた。
「これからは普段、行動する時にはなるべく複数の猫で一緒に行動してちょうだい。あと、テチハが現れたら、すぐに逃げ出すようにしてね」
レミの言葉に全員が頷いている。
「俺からもいいか? 残念だが、テチハの襲撃は続きそうだ。だから、俺たちも反撃を継続する。これは、ロイ、ウニと俺の三匹で反撃する予定だ。猫の手も借りたい時にはメス猫にも協力を求めるから、そのつもりでいてほしい」
ドニーの反撃宣言が静かな公園に響いた。
一方のこもれび公園では、内部で亀裂が生じていた。
「俺はあいつら全員を服従させてやる!」
「落ち着けテツ! あいつらの方が数が多いんだよ!」
「だからどうした? 俺はあんな奴らに従う気はないね! 俺様の言うことを必ず聞くようにさせてやるからな!」
そこで、チルが沈んだ表情で言った。
「すまんが、テツ……俺は参加しないからな」
その言葉にテツは更に苛立ちを感じたようだ。
「何言ってんだよ! 何言ってんだよ! 今更逃げる気かよ!」
「いや、違うんだよ。俺はすでにあいつらと猫の契約をしたんだ。せざるを得なかったんだが、俺は襲撃をしない。猫の契約は絶対的だ」
「ふざけるな! 今から俺がひざかり公園に行って、取り消させてやるよ!」
ハスも声をかけた。
「それはやめておけ。今頃、反撃の準備をしているはずだ。それに契約を取り下げる猫は滅多にいない」
「ふ! ざ! け! る! な!」
「怒りすぎだ! いいから落ち着け!」
興奮していたテツは必死に頭を回転させているようだ。少しだけ震えながらも怒りをこらえていた。
「ハスは襲撃を続けるんだな!?」
「……あぁ、俺は襲撃を続ける」
ハスは絞り出すような声で返答した。
「どうしてだ? やめてもいいんじゃないか?」
「簡単だ……チル。ここで負け猫になれば、俺たちの立場はもっと悪化するからだ。俺たちは戦って勝つ以外に選択肢なんてないんだよ」
ハスはそう言いながらも葛藤しているようで、大きなため息をついた。
「悪いが、俺は参加しないからな。俺の場合には、猫の契約にそむくことになる。戦いはダメだ」
「勝手にしろ! お前はもう負け猫だ!」
「……悪いな」
チルの言葉に、テツは更に怒りを感じながらも計画を考え直していた。この時のテツの様子は、まるで終戦間近のヒトラーでも見ているような光景だった。
そして、テツは必死に考えたプランをハスに話し始めた。
一方のロイたちも早速動き始めた。
「ロイ! ウニ! 今日もギョウザ長老のもとへトレーニングに行くぞ!」
「うん、そうした方がいいね」
ドニーに連れられてロイとウニはギョウザ長老の家へと向かった。
今日のトレーニングも一対二でのトレーニングだ。ロイの成長が目覚ましいため、ドニーとウニはロイのトレーニングを再開した。
ロイには休憩を挟みながら、連続した試合を経験させている。
「ふむ、ロイは成長が早いのう。何か秘訣でも教えたのか?」
「いいや、爺さん。最低限のことしか教えてないよ。効果的なステップと、噛みつき方くらいのものかな」
今、目の前では、ロイとドニーが取っ組み合いを続けていた。ウニは休憩に入っていた。明らかにドニーも本気で相手をしているようだ。じゃれあっていると言うよりも本気でうなりながら、攻撃を続けている。ただし、それでもトレーニングのため、威嚇するような動きはなかった。
ロイはこの数日で目覚ましい成長を遂げた。元々、体格が良く、センスも良いせいか、取っ組み合いでもドニーやウニよりも強くなり始めていた。
「どうでしょうか? ギョウザ長老。このペースなら、テチハにも劣らない戦力になりうると思うのですが」
「うむ、ワシはテチハについては知らんが、知っている限りでは既に強い猫になっておる。」
ロイは懸命に訓練を続ける中で、かつての兄弟に感謝の念を感じていた。おそらく兄弟や母親は、良いトレーニングをロイにもたらしたのだろう。ギョウザ長老の言葉が聞こえるたびに、次はテチハに負けないと強く決心を固め始めた。
その後もトレーニングは続いた。ギョウザの飼い主がみんなに食事を振る舞ったところで、少しだけ眠ってしまったが、気分は悪くなかった。
一方のレミたちは大空公園のサイベリアンと、長老会への連絡に向かった。スシとジルが大空公園へと向かっていた。
この日もサイベリアンは、公園入り口にある小山に登って何かを見ているようだった。しかし、閑静な住宅街にあってか、特に面白い風景が見えるわけではなかった。もしかしたら、天気でも考えていたのかもしれない。
「ソラさん!」
ジルが大声でサイベリアンに話しかけた。すると、サイベリアンのソラはスシとジルの姿を認めると、山から降りた。
「やぁ、ジルさん。どうしました?」
「今日は相談があって来ました」
「……やな予感がしますな」
サイベリアンのソラはすぐに察した。テチハの件だろう。
「まず、今日はテチハとの交渉がありました。でも、交渉がこじれてしまったんです。それで、テチハは襲撃を継続すると宣言しました。ひざかり公園の猫たちが危険です! 大空公園の猫に協力を求めることはできないでしょうか?」
ソラは少しだけ大空へと目を送った。少しだけ考えているようだ。ジルには何を思っているのかがわからなかった。ソラの頭をよぎったのは簡単なことだ。ソラの大事な家族、そして仲間のためにいつも頑張ってきた。でも、ひざかり公園のトラブルにまで仲間は協力してくれるだろうか。
「……仲間と一度話し合いをしてみます」
ソラはようやく言葉を返した。
「ソラさん、テチハのターゲットは確かにひざかり公園です。でも、大空公園もそれほど離れていません。それに、周囲の公園は全て危険です。今、猫たちが動かないと、周囲の猫たちは危険な状況が続きます。テチハがグループや勢力を拡大する前に潰す必要があるんですよ」
スシも真剣な表情で自分なりの読みを説明した。
「なるほど……確かに危険ですな。要は周囲の猫はいずれ巻き込まれると」
「はい、その通りです」
ここで、少しばかり沈黙が降りた。ソラは再び頭の中で考え始めた。この住宅街がテチハの傘下に落ちればどうなるだろうか? 多分、家族は散歩もまともにできない最悪の環境になるかもしれない。それに、目の前のスシやジルもそうだ。最悪の場合、テチハがいじめを始めて、スシは感情を失った人形に成り下がるかもしれない。ジルはいつも泣いている猫に変わるかもしれない。そう思った時、ソラの気持ちは固まった。
「わかりましたぞ。必ずや、仲間や家族を説得して見せます。私たちはひざかり公園と同盟を結べるように努力させていただきます」
返事を聞いて、スシとジルは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
大空公園の静かな一角で、スシとジルの感謝の声が響き渡った。
その頃、レミ、ルル、肉まんは、けんぼく公園にある長老会へと向かっていた。晴天ではあったものの、三匹の心中は穏やかではなかった。それでも、長老会への連絡は必須だ。ついてないことにテチハを逆上させてしまったことは失敗としか言いようがない。
この日のけんぼく公園にはマンチカンが受付をしていた。しかし、おおよそ状況は察しているようで、三匹の姿を見るなり、少しだけため息をついていた。
「こんにちは、リクさん」
「どうも、ご用件でしょうか?」
マンチカンのリクは、落ち着いて対応を取り始めた。厄介ごとであることは既に知っていたが、今一度確認を取るしかない。
「テチハの一件についてはご存知ですよね?」
「はい、最近はトラブルの中心には彼ら三匹がいますからね。私たちも知っていますよ」
長老会は、主に大空公園とこみちの公園から情報を得ていた。一応、絹の道公園からも情報を得ていたが、あちらは周囲の猫が少ないこともあってか静かな公園だった。結果として、長老会のネットワークはこの住宅街の半分ほどを勢力下としている。
「今日、テチハとの交渉がありましたが、完全に決裂してしまいました」
「どんな交渉でしょうか?」
「襲撃を止めるから、レミさんと付き合いたいと言う内容です」
説明はルルが行なっていたが、ここでレミが声を上げた。
「私がレミです。申し訳ないんですが、テチハは嫌いです」
「いえ、それは仕方ないですよ。テチハは評判が最悪ですからね。無理もありません」
「はい」
ここから、ルルが説明を続けた。
「それで、交渉が完全に決裂して、テツは襲撃を開始すると宣言したんです」
「それはまずいですね」
「はい、ターゲットは完全にひざかり公園の猫たちですが、レミさんが特に危険なんです」
「メス猫に復讐ですか? 普通の猫なら絶対にしない行動です」
「はい、でも、テツはやるかもしれません」
マンチカンのリクは再びため息をついた。事情を聞いてもやはり厄介ごとでしかなかった。少しだけ普通の申し出かと期待していたが、そんな期待は脆くも消えていった。
「わかりました。しかし、長老会は今の時点では積極的にフォローには回りません」
「どうしてですか?」
リクの言葉に、ルルは少しだけ驚いてしまった。
「今までも、この閑静な住宅街では勢力争いは何度もありましたよ。今回は酷い方に入りますが、単刀直入に言えば、よくあることです」
「でも、テチハは明らかに問題があります。私たちが危険なんですよ」
「……わかりました。では、念のために、あらかじめ言っておきます。私から何か不幸なことがあった場合、長老会が動くように説得させていただきます」
「不幸なこと……とはなんでしょうか?」
「怪我や病気、あるいは事故ですね」
「どれも致命的じゃないですか!」
「はい、それはわかっています。でも、テチハはそこまでやりそうなんでしょうか?」
「ええ、どう考えても、ひざかり公園の猫を徹底的に叩くつもりです」
リクは理解が遅い猫ではあるものの、それも普段から陳情が多いため、こうした訴えに脳が麻痺していたためだ。しかし、テチハが場合によっては究極的な行動に訴える可能性が高いと、ここでようやく理解した。
「……わかりました。どうやらかなり深刻なようですね。いい加減、長老会が動くように説得するかもしれません。詳細な経過を全て教えていただけますか?」
ルル、レミ、肉まんの三匹は、テチハのトラブルを語り始めた。
一方のテチハはこもれび公園で会議を続けていた。こもれび公園は完全にテチハの勢力下にあるため、テチハ以外の猫の姿はない。
「それで、テツ……お前どうするつもりなんだ? 俺は参加しないとあらかじめ言ったよな?」
「……わかってる。猫の契約は本当に厄介だな」
テツは大きくため息をついた。今は落ち着いて襲撃の準備をしなければならない。
「いいか? 俺たちは数で負けている……なら?」
「人数を増やすのか? 俺たちは、この一帯の猫を襲撃しすぎた。絶対に俺たちの傘下に入る猫なんていねぇよ」
「それでも、やるしかない。いざとなれば脅迫すればいいだけだ」
「しょうがねぇな。でも、何か説得の材料を作るべきだ。ただ単に話しかけても逃げられるだけだからな」
ハスの提案を受けて、テツは頭を回し始めた。
『材料? 俺たちと組めばモテるぞ……だめだ。フラれた直後で説得力がない。俺たちとこの住宅街を支配しよう……これも無理がある。大体、長老会が動き始めている可能性すらある。……なら?』
ハスがここで口を挟んだ。
「いいか? テツ。俺たちの得意技はなんだ?」
「……得意技? 脅迫か?」
「そうだ。攻撃を受けたくなければ、傘下に入れ。これだけで十分だ」
テツはハスの言葉を深く考え始めた。どう考えてもイヤイヤ組むだけになるだろう。でも、たくさんいれば相手は脅威を覚えるはずだ。ハッタリだけでも十分かもしれない。
「強引に猫の契約を結ばせるのか?」
チルからすると、もう襲撃自体やめるべきだと言いたかった。でも、言葉にはならない。
「強引に結ばせることはできないだろうな。でも、雑兵だとしてもいないよりマシだ。それにテツ次第では、士気はあげられるかもしれない」
「わかった……そのプランで行こう」
すぐにテチハは志願兵集めへと奔走した。周囲の猫たちが散歩に出かける時間はおおよそわかっている。かつて脅迫のために調べたからだ。猫は通常、散歩の時間は毎日同じ時間にする傾向があった。そのため、順番に回れば、いけるかもしれない。
テチハは、住宅街を順番に回っていく。ただし、脅迫して相手を引き込む必要があるため、三匹が同時に行動した。
「おい! お前! 今度からこもれび公園に顔を出せ!」
残念ながら、相手の猫はテチハを見るなり、全力で逃げ出してしまった。ジャパニーズボブテイルの猫だった。
この反応にテチハは少しだけ傷ついたが、無理もない。かつては全力で潰そうと試みた猫たちに声をかけているのだから、嫌がるのも当然の話だ。
しかし、めげずに次の猫へと向かった。
「おい! 動くな! 絶対に動くなよ!」
相手の三毛猫は全力で逃げ出した。言葉を聞く以前にテチハの姿を見た瞬間に逃げ出してしまった。
「……俺たち、嫌われすぎだろ……」
チルの想像通りの反応ではあったものの、いざ目の当たりにすると、心が痛くなりそうだ。
「くそ! アイツら! 逃げることはねぇだろ!」
「いや、逃げるのは当然だ。テツ、お前バカだと思われるから、しっかりと気づいておいた方がいい」
「次だ! 逃げられないように道を全部塞ぐんだ!」
次の相手はベンガルだった。虎の模様が少しだけ勇ましい。ちょうど、キャットドアから出てきたところだ。テチハが三匹でドアの周りを囲んでいる。
「こんにちは!」
ベンガルはテチハの姿を見るなり、キャットドアから家の中へと静かに戻っていった。
「……くそ……」
もはやテツも現実を受け入れるしかないのかもしれないと思い始めた。
この後、テチハは三匹で色々な勧誘を試みたが、上手くいかなかった。囲い込みを仕掛けて逃げ道を塞いでも、相手の猫はラグビーでも始めたかのようにかわしてしまう。
「……テツ……残念だったな」
ハスは当てが外れてため息をつきながら言った。今も目の前で逃げられた直後だ。最後の猫も全力で逃げ出してしまった。
「……くそっ! 逃げてんじゃねぇよ!」
三匹は収穫なしでこもれび公園への帰路についた。懸命にテツは報復について考えを巡らせているが、全く答えは見つかりそうにない。
こもれび公園へと到着しても答えは出なかった。思いついたのは、チルを抜いた二匹で一匹を襲撃するしかない……と言うプランだった。
「ハス……二人で襲撃するしかない……」
ハスはこのテツの言葉を聞いて、大きくため息をついた。
「かなり不利だな……大丈夫か?」
「いや……やるしかないだろうな」
ハスはこの言葉を聞いて、考え込んだ。おそらく、今日の勧誘のようにひざかり公園の猫たちは全力で逃げ出すはずだ。それに、追跡しても仲間に合流されて報復されるだろう。
「こちらから攻めるのは難しいだろうな。なら、敵を誘い込むのはどうだ?」
ハスは思いついたプランをテツに話し始めた。
ロイたちとテチハが事態の対策へと急ぐ中、大空公園のサイベリアン、ソラは親友のルイとマロンに状況を説明していた。
「今回のトラブルについてはわかったか?」
ソラは大まかなロイたちの状況について説明を終えたところだった。
「あぁ。つまり、俺たちは巻き込まれる前に襲撃を行なって、予め脅威を取り除くわけだな」
「その通りだ」
ルイからすると、今回の襲撃はかなり危険なものになるだろうと見ていた。テチハの能力が高いためだ。単純に襲撃しても、本気の抵抗を受ければ、一匹くらいは大怪我を負うかもしれない。
「今日中に家族には一言言っておいてくれ。多分、問題は起こらないはずだ」
「わかった。明日プランを検討しよう」
「あぁ」
ルイとマロンはその言葉を聞いて、自宅へと戻っていった。
大空公園の会議が終了するなり、ソラも自宅へと帰宅した。自宅には、ソラ以外にも猫が飼われている。ソラと同じ、サイベリアンのメス猫だった。
「スズさん……ちょっと話があるんだけどいいかな?」
「ええ、何か用?」
「実は……」
ソラの話を聞いているうちにスズはソラが襲撃をするとおおよそ察していた。同時に心配の種が心の中に植え付けられていく。
「……だめ。絶対に襲撃はやめてほしい」
「いや、俺たちだけの問題じゃないんだよ。みんなの問題なんだ。俺たちも襲撃に加わらないとみんなが大変になっちまう。だから、俺たちがやるしかないんだ」
「……だめ。絶対にだめ」
スズさんは必死に抵抗した。スズさんは妊娠中で、しばらくすれば子供が生まれる予定だった。スズさんは子供たちに父親がいた方が絶対に良いと信じていた。当たり前の話ではあったものの、絶対に引くことはできなかった。
「悪いな……スズさん……俺はマロンとルイで襲撃をしてくる。今回だけだ。猫の契約を交わしたら、それで終わるからな」
ソラはスズに寄り添うように体を横たえた。少しだけ前足がスズのお腹に触れた。どうやら、子供が無事に産まれてくるように祈っているようだ。
翌日、スズは食事を残してしまった。心配の種はスクスクと成長し、不安で潰れそうになっていた。
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